捜索と巻き狩り
似顔絵が載った依頼書の写しを貰うため、三度目のギルドを訪れる。さらに現在わかっている情報を職員から得て、改めて捜索へと出立した。
盗品は遺跡から発見された古代の剣。目撃情報があったのはつい昨日のことらしい。まだ潜伏している可能性は十分にある。
トリューは広場から西、ティファは東を担当した。
まずは手当たり次第に声を掛けてみるが、そう上手く目撃者など見つからない。無視されることの方が多いくらいだ。
「都会だもんなぁ…」
忙しそうに行き交う人々を眺め、思案を巡らせる。──そもそも、指名手配犯がなぜこんな人が多い都会に?
「……売りに来たのか」
たっ、と踵を返し、市場へ向かう。武器屋、鍛冶屋、骨董屋。関係がありそうな店を手当たり次第に回る。
「こういう奴来てないか?」
「いやぁ、知らないねえ」
「そうか。もし古代の剣を売りに来た奴がいたら教えてくれないか」
「お嬢ちゃん賞金ハントかい? 盗品ならこういう店にはまず売りにこないだろうねえ」
「そうなのか?」
何件目かの骨董屋が、キセルを吹かしながらそう話してくれた。
「そうさ。俺達だって商売だ。怪しいもんには注意を払う。盗品なら、必ず裏で買人と取引するはずさ」
「なるほど…」
考えてみればそうかもしれない。普通の店に売れば、必ず足が着く。専門の取引業者がいるわけだ。
「その業者の心当たりとかある?」
「うーーん…仲介屋なら知らなくもないが…ギルドも手ぇ焼いてる連中だぞ? お勧めしないねえ」
「大丈夫。頼む」
どのくらいの規模なのかはわからないが、いざとなれば逃げるくらいはできるだろう。
店主に話を聞き、その仲介屋の拠点らしいという場所に向かう。
ガジが宿屋に向かう途中、「近道だ」と入った裏路地に似ていた。大通りとは違い、薄暗く湿っぽい。古びて所々崩れた建物が点々としている。日中だというのに、光が届く範囲は驚くほど狭い。自分の足音だけが、やけに大きく響いた気がした。
「どれだろう…」
枝葉から落ちる雫がぴちゃん、と音を立てる。喧騒から離れた静けさが、妙に不気味だ。
しばらく歩いていると、男達が数人、建物の前でたむろしていた。粗野な服装で、人相は悪い。いかにもという様相だ。
「ちょっと聞いていいか」
「ああん? なんだオメエ」
「こいつを探してる。古代の剣を売りに来なかったか」
じろりと睨みつける割には、依頼書の似顔絵をじっと観察している。他の連中もじろじろとねぶるような眼光をティファに向け続けているが、それ以上は近づいてこない。
「いいや、ウチの取引相手じゃァねえな。まぁ、客なら知ってても教えねえが。こいつなら他にも聞きに来た奴がいたなァ」
ふんぞり返り、男はティファを見下ろす。
なるほど。既に他の冒険者も探しに来てるわけだ。競争率は高そうだな。
「そうか。わかった、ありがとう」
依頼書をしまい、マントを翻す。別の業者を探そう、としたところで、肩を掴まれる。
「まぁ待ちなァ。嬢ちゃん、キレーなツラしてんよなァ。その眼帯は洒落かい」
男の顔が一変する。後ろで睨みを効かせていた子分らしい男達も、それを合図ににたにたと笑い始めた。
「…なるほど」
それがどういう視線か、よく知っている。人を値踏み、価値を計り、命を命と見てない者の眼だ。
キン、耳鳴りがした。視界の端が白く滲む。
マルコ夫妻の元に訪れた、ローブの男達。胸元のブローチが印象的だった。
──自分が初めて、人を殺した夜だった。
「まぁ大人しくしてれば悪いようには──」
ティファは振り向かない。微動だにしない。
しかし、ティファの肩を掴んでいたはずの男の腕は、手首から先がない。
「──は?」
瞬間、思い出したように男の腕から血が吹き出す。男は痛烈な悲鳴を上げ、退いた。
「ぎゃあああああ!!」
「兄貴!!」
「な、なにしたお前!!」
ティファは背を向けたまま、僅かに視線を向ける。冷たい、冷たい眼だった。
「次は首を跳ねる」
それだけ言って、路地を後にした。
路地裏を抜けると、大通りの喧騒が嘘のように戻ってくる。呼び込みの声、雑踏の足音。だが、耳の奥ではまだあの日の雨音が鳴っていた。
──嫌なことを思い出してしまった。とても気分が悪い。結局その後の収穫もなく、日は暮れた。
仕方なく宿に戻り、トリューと合流する。ちょうど同じ頃、ガジも宿に戻ってきた。
二人の顔を見て、ティファは心が丸くなるのを感じていた。
「おう。どうだった、そっちは」
「ぜーーんぜんダメ。手当たり次第に聞いてみたけど、だーーれも知らねえ」
疲れたぁ、と両手両足を投げ出し、ベッドに転がっている。余程走り回ったのだろう。
「ティファはどうだった」
「ちょっとずつ情報集めたけど、決定打なし」
店で聞いたこと、裏取引であろうことを報告する。その仲介業者が、まだ見つかっていないことも。
「おー。さすがティファ、頭いいな」
「まぁそのセンが妥当だろうな。トリューはずっと聞き込みしてたのか?」
「途中から面倒になって『こいつ知ってる人ー!』ってやってた」
トリューはベッドに座り、依頼書を掲げて見せた。ガジの、工具を磨く手が固まっている。ティファはゆっくり額を押さえた。
「それ…ずっとやってたのか…?」
「? うん」
「一日?」
「うん」
「指名手配犯を追ってる奴が目立ってどうすんだ」
バカだな、とガジは再び工具を磨き始める。トリューは「えー」と不満そうにしている。
ティファは溜め息を吐くが、トリューの突拍子もない行動を考えに入れていなかった。先に注意をしなかった自分が悪い。
「なんで目立ったらダメなんだ?」
「向こうは追われてんだぞ。お前が先に見つかったら逃げるに決まってんだろ」
「あー…」
ガジに諭されるとトリューは眉を寄せ、上を向いた。「狩りみたいなもんか」と納得したようだ。
「──狩り」
その言葉に、ティファは、はたと思い立った。
「それ、使えるかもしれない」
ティファはベルトのポーチから、残り少ない金で買った街の全体図を広げた。
「トリュー、今日それどこでやった?」
「えー…どこだっけ…」
「よく思い出せ」
「ん~~なんか鹿っぽい像の前と~…」
「ガジ、その場所わかる?」
「エルクヴァルの像じゃねえか。ここだな」
ガジが指差した先に、ペンで丸を描く。その後もトリューが叫んだであろう場所に、印をつけていく。
「だいぶ絞れた」
「なんなの? それ」
「これが狩りで、ノイルが獲物だとして。明確に自分を探してる敵がいる場所で、取引なんかするか?」
「…しねえな」
地図を眺めながら、ガジは顎髭を撫でる。トリューは「巻き狩りみたいだ」と言っていた。
「もしこの周辺に取引場所があれば、待ち合わせは変えるはず。明日、トリューは指定した位置で今日と同じことしてくれ」
「大樹の中心に近づくほど、軍の警備も厚くなる。やるならこの辺だ」
「助かる」
ガジに当たりを教えてもらい、さらに地図に印をつける。トリューの突拍子もない行動がヒントになるとは思わなかった。ティファならば、例え思いついても実行には至らないだろう。
方針が決まり、一行はそれぞれの明日の為に休息を取る。
「じゃ、風呂行くか」
「いってらっしゃい」
「オメェら行かねえのか」
「ガジが先に行くんだろ?」
水が貴重な世の中では、宿屋の風呂は総じて狭い。桶に湯を入れてもらい、体を拭いて髪を絞るのが精一杯だ。他は川や泉で水浴びをする程度。清潔を保つのも一苦労だった。
教会の大きな浴室が懐かしい、とティファはやや肩を落とした。
「この宿は湯船あるぞ。ちゃんと男女別だ」
「えっ」
ガジの言葉に思わず振り向く。──今なんと。
「都会だからな。水源設備も整ってる。まぁ、その分値は張るが」
「~~~ッ」
「すげー! さすが都会」
湯船に浸かるなど、いつ振りだろうか。一行は喜んで浴場に向かい、存分に都会の恩恵を堪能した。
強張っていた肩が、湯の中でゆっくりと解けていく。ティファはやや湯中りするまで出てこなかった。




