三者三夜
クーホルムの群れを一掃してからしばらく進んだ頃、小さな町が見えてきた。
中央都市に近づいている影響なのか、今までの村とは造りが違うように感じる。
建物は煉瓦や石造りが増え、人の往来も多い。屋根の色も赤や青と様々で、遠目にも賑やかな彩りを放っていた。市場らしき通りからは、香辛料の匂いと呼び込みの声が混じり合って漂ってくる。初めて見る種族もたくさんいた。
「動物の耳…?」
失礼だとは思いながら、すれ違う女性の頭部をじっと見る。猫…もしくは犬だろうか。柔らかそうな獣毛に包まれた尖り耳が、頭部から突き出している。
「ウーレ族だ。初めてか」
ガジに尋ねると、そう答えてくれた。他にも、マハトと同じサマラ族──それから、どう見ても頭から葉が生えている生物が、荷車で仕分けをしている。
小さい。サマラと同程度だ。魔物…ではないのだろうか。害はなさそうに感じる。
「ガジ…」
ちょい、と腕をつつき、その生物に視線を送る。暗に何かと尋ねてみた。
「ああ、ゾアか。ヒトじゃねえが人類だ。襲うなよ」
ゾア。確か、本で読んだことがある。ヒトと同じ知性種だが、体構造と生態系が異なる種族──だったような。
「いろんな奴がいるなぁ」
トリューが感嘆を上げる。辺りをきょろきょろと見渡して、楽しそうだ。
「あいつはドライアド族だ。商人が多いから、都市に行きゃあ山ほどいる」
そう言って、ガジは町中へと足を進めた。ティファとトリューも、その大きな背中についていく。
「どこ行くんだ?」
「まだ昼過ぎだ。町を抜けて夜営すりゃあ、明日には都市に着ける」
「思ったより早いんだな」
「荷馬車乗せてもらったもんな」
活気のある町は魅力的だったが、先へ進めばさらに大きな中央都市へ着く。
魔法収納具という便利な道具も早く欲しい。期待に胸を膨らませ、一行は先を急いだ。
町の門を抜けると、喧騒は嘘のように遠のいた。石畳が土の道に変わり、香辛料の匂いの代わりに、乾いた草の匂いが風に混じる。
やがて日が暮れる。空の端がじわりと橙から紺へ変わり、周辺の明かりもなくなったところで、街道を外れ夜営をすることにした。
クーホルムの襲来はあったものの、比較的治安のいい街道だとは聞いていた為、狩りに頼る必要はないと判断していた。予め食料は調達を済ませておき、ロッカルプでもらったサンドイッチも残してある。
ティファ達は焚き火を囲み、それぞれ食事の準備をした。パチ、と薪が爆ぜる音がして、火の粉が夜空に舞い上がる。
「この辺でも夜は冷えるな…」
「風を塞ぐモンがねえからな」
「ティファー、木杓子ー」
「はい」
鍋は、ガジが大きい物を持っていたのでそれを使用した。トリューは買った野菜や調味料を煮込んで、スープを作っている。ぐつぐつと立ち上る湯気が、冷え始めた空気に甘い匂いを溶かしていく。
ティファは鞄から食器類を取り出しながら、ふと手を止める。ガジの鍋があるなら、この小型の鍋はもう必要ないのでは。
旅の同行者が増え、一緒に食事をする以上、一度荷物の整理を考えなくてはならないかもしれない。
しかし、せっかくノノアや村のみんなが用意してくれた物だ。必要ないからと簡単に切り捨てたくもない。
うーんと首を傾げていると、ガジから声が掛かる。
「どうした」
「あー…実は…」
事情を話すと、ガジは「そうか」と頷いた。トリューは「ティファって物持ちいいんだな」と感心していた。
「じゃあそれ寄越せ。溶かして別のなんかに作り替えてやる」
「いいの?」
「構わねえ。物を大事にする奴ァ嫌いじゃねえ」
ガジの口元は優しく緩んでいた。ティファは心から安堵して、礼を述べた。
そしてそれなら、ともう一つ頼みごとをしてみる。
「じゃあ、弓はどうだ。矢がもうないんだ。耐久力も落ちてる」
「見せてみろ」
はい、とマント裏のベルトに括った弓を手渡す。自分が獲った鹿の角を使って、ザウロが作ってくれた弓だ。メイン武器は双剣だが、これも幼い頃から積み上げてきた技術であり、ティファの宝物である。簡単には手放せない。
「木製か…木は命そのものだからな。溶かして差し替えりゃいいってモンでもねえ。ちと厳しいな」
「やっぱ無理か…」
「できねえとは言ってねえ。俺に預けろ」
ガジは自信を持ってどん、と胸を叩いた。さすが一流、とティファは顔を綻ばせた。
「もういいかな。できたぞー」
トリューの合図で、スープが皿に注がれる。相変わらず、いい匂いだ。一口含んだガジも感心していた。
「ほう。うめぇもんだな」
「だろー? 先に炒めるのがコツ」
「へえ」
ただ突っ込んで煮ればいいと思っていた。その一手間でこんなにも違うものか。自分では絶対にやらないが。
「誰かに教わったのか?」
「かーちゃん。ガキん頃に叩き込まれた」
「エルデールではみんなそうなのか?」
「他は知らねえ。俺の村はそう。雪山に狩りに出て、何日も山にこもるとか普通にあるし。保存食をうまく食うのは死活問題」
過酷な環境だったんだな、と食べながら聞いた。そんな環境で育って、なぜ荷物を持たないのかは面倒だから聞かないでおいた。
店主のサンドイッチとトリューのスープ。おいしく腹を満たしたところで、眠りに就く。
雨季が近いというのに、天候には変わらず恵まれている。時折雲がかかる星空を見上げながら、ティファは毛布に包まる。
やがてうとうとと眠りに落ちる時、髪がなびいた。湿気を帯びた風が頬を撫でていく。ティファは顔まで毛布を被り直し、再び微睡む。
しかし夜が深くなるほどに、外側から毛布が冷えていく。焚き火はとうに小さな熾火となり、頼りない赤い光が地面を薄く照らすだけだった。ついには、寒さで目を覚ましてしまった。──これはダメだ。
もぞりと起き上がり、反対側で寝息を立てるトリューの隣に座る。足音に気づいたのか、ガジも目を覚ます。
「どうした」
「……さむい」
半分寝惚けた頭で答える。大の字になっているトリューの腕を枕代わりに、無遠慮にぼすん、と横に転がった。反動でトリューも目を覚ましたようだ。
「びっ…くりした…なに…?」
「……さむい」
「ああ…」
トリューは何事もなかったように、再び目を閉じた。寝息が程なく聞こえてくる。ティファもトリューの体温を奪い、ようやく眠りに就いた。
その様子を一部始終見ていたガジは、若いなと一言呟いて草むらに体を倒した。
星が瞬いている。厚い雲にぶら下がった月だけが、三人を穏やかに眺めていた。




