規格外の野良
新しくガジをパーティーに迎えたティファとトリューは、次の目的地について話し合っていた。
酒場の店主が弁当を持たせてくれると、嬉しそうに準備をしている。
「で、お前らどこに向かってんだ」
「トリューが探し物してるんだって」
「ガジ、竜の眼って知ってる?」
ガジは「うーん」と唸り、短く揃えた顎髭を撫でながら天井を仰いだ。
「名前は聞いたことあるが…場所までは知らねえな。ギルドには聞いたのか?」
「「ギルド??」」
ティファとトリューは揃って首を傾げた。そういえば、レンの話にも出ていた。重要な場所なのだろうか。
「まさか知らねえのか…お前ら旅に出てどのくらいだ」
「えーっと…大体二ヶ月くらい…?」
「俺ティファよりちょっと先輩」
「そこ引っ張るな」
「先輩は先輩だもん」
「大差ないだろ。地図も読めない癖に」
「あー、わかった。もういい、つまり素人なんだなオメェら」
ガジは「はぁー」と頭を掻いて、大きく嘆息した。一旦荷物を置き、テーブルに地図を広げる。ティファが持っている地図よりも大きい。大陸の全体図だった。
ガジは広げられた地図の、右端を指差す。
「俺らが今いるのはここだ。スコーグスローの南西、ロッカルプ。周辺は全部スコーグスローの国土だ」
「それくらいは知ってる」
「結構広いんだなー」
「そんでここから北上すると、スコーグスロー最大の中央都市、ヴァルモンスがある。そこでお前ら、まず冒険者登録しろ」
「冒険者登録…?」
「ヴァル…舌噛みそう」
ベ、と舌を出すトリューを横目で見る。肘を突いて地図を眺めているが、すぐに飽きたようだ。座ってホットミルクに口をつけている。
「登録するとなんかいいことあるのか?」
「行きゃあわかる。野良のままじゃ情報収集も覚束ねえ」
野良。その言葉に引っ掛かりを覚えたが、話は道中で聞くことにした。
店主からたくさんのサンドイッチを受け取り、ガジは固く握手を交わして別れを惜しんだ。
いよいよ、中央都市ヴァルモンスへ向けて出発だ。
ロッカルプの村を出ると、すぐに大きな街道に差し掛かった。屍山を背面にすると、随分と穏やかな景色が広がって見える。
なだらかな丘が緑を揺らし、少し湿った風が髪を撫でた。遠く見える厚い雲は、近く雨季を予感させる。あれほど険しかった山道が嘘のように、街道は平坦で歩きやすい。
途中、干し草を引いた馬車を見かけたので、後ろに乗せてもらうことにした。
「ヴァルモンス…だっけ。そこまではどのくらいかかるんだ?」
「町を一つ経由したら三日程度だ。すぐに景色も変わる」
「へえー。中央都市っていうくらいだから、栄えてんだろーな」
「交易の中心地だからな。ティファの義眼も、そこで調整する」
「助かるよ」
慣れない左眼にそっと触れる。視力にはまだ違和感が残るが、これでようやく弓も引ける。両の目があるということに、これほど感謝をしたことはなかった。
遠ざかる屍山が、もはや懐かしい。風になびく髪を、そっと耳にかけた。
「なぁガジ。そういえばさ、〝野良〟ってなに?」
向かいに座るガジに声を掛ける。大きな体は、干し草に埋もれて狭そうだ。
「ああ。ギルドに登録してねえ冒険者のことだ」
ガジは積まれた干し草に肘をかけ、ティファに答えた。トリューは干し草の上に寝転がり、二人を見下ろしている。
「よく、酒場に依頼が貼ってあるだろ。あーいうのは、ギルドが仲介してねえ民間でやり取りするクエストだ。個人間でのやり取りだから、依頼主は格安で依頼できる代わりに、リスクも自分で負う」
「リスク?」
上からトリューが尋ねる。干し草を寝床にして、気持ち良さそうだ。
「極端に言やあ、ギャンブルだ。誰が来るかわかんねえんだからよ」
「なるほど。危険度に応じた実力者が来てくれるとは限らないわけだ」
「そーいうこった」
事実、マハトの件がそうだった。あの時は成り行きで応じたものの、自分達の実力に見合った難易度ではなかった。
もちろん、黒髪の男がいたことも想定外だったし、マハトに責任はないのでほとんど事故だと認識している。
「こっちからしても、達成後に報酬を値切られることもある。ギルドの仲介があったほうが、幾分安全ってこった」
「あー、あったなーそーいうの」
ごろん、とトリューは寝返りを打った。怠そうに足を伸ばしている。値切られたんだな、とふと思った。
「まぁ、そういうギルドを仲介してねえクエストやら冒険者なんかを一括りに〝野良〟って呼んでんだ。ギルドに登録すりゃあ、信用も跳ね上がる」
「なるほど」
一種の身分証だと、ティファは理解した。情報も手に入りやすくなるだろうし、登録は決定だ。
うん、と納得したところで、荷馬車が音を立てて揺れた。上からトリューが落ちてくる。
「なんだ?」
馬が怯え、暴れている。農夫が慌てて馬を落ち着かせているが、様子がおかしい。
「なにかあったのか?」
荷馬車を降りて尋ねると、農夫は困ったように口を開いた。
「いやぁ、すみませんね旅人さん。もしかしたらクーホルムかもしれねえです」
「くーほるむ?」
同じ単語を聞き返す。ガジは意味はわかったようで、荷馬車を降りて馬をなだめている。
「魔物か?」
同じようにトリューが尋ねると、ガジは「ああ」と短く頷いた。
「牛みてえな角を持った四足歩行の魔物だ。群れで動くことが多い。道を塞がれちゃあ、蹴散らすしかねえな」
それを聞いたトリューは「よっしゃ」と旅包みを下ろし、槍を担ぎ直した。
「新武器の初陣だな!」
「試したい技もあるんだ。ちょうどいい」
「おう。じゃあ行ってこい」
街道の先へ向かおうとする二人を、ガジは腕を組んで見送る。少し進んだところで、何かがおかしいと気づいた。
「いやお前も来いよ!」
トリューががなるが、ガジは平然としている。
「俺まで行ったら、誰がこの爺さん守るんだ」
「それはそう」
納得してしまった。仕方がないので、戦闘は二人で行うことにした。
怯えた馬はガジが手綱を引き、そのまま街道を進む。やがて街道を阻む影が蠢いているのが見えた。低い唸り声が幾重にも重なって聞こえ、土埃が薄く舞っている。
「あれかぁー」
「確かに邪魔だ」
道幅の広い街道を横断するように、クーホルム達が陣取っている。どかせれば事なきを得るのだろうが、魔物は総じて気性が荒い。人肉も容赦なく食すため、放置すれば被害も出てしまうだろう。
「とりあえず威嚇してみるか」
ティファは双剣の片方を構え、マナを溜め始めた。炎に怯えて逃げてくれれば、それに越したことはない。
マナが集束する。かつて石コウモリにそうしたように、広く、強く放てるように。
「よっ」
ドコォォォン──……
ティファが放った炎は、特大の火球となってクーホルムの群れを撃ち抜いた。
「……」
放った本人が剣を構えたまま固まった。そんなに威力を込めたつもりはなかった。そもそも、こんなに威力が出るとは思っていなかった。
「…やりすぎじゃね?」
トリューが土煙の奥を指差す。半ば呆れたような顔が見えた。土煙の向こうでは、クーホルム達が土を蹴り怒りを露にしている様子が窺えた。
「あーあ…」
怒らせちゃった、とでも言いたげにトリューは槍を構える。ティファは内心(仕方がないだろ)と口を尖らせた。
「まーやるしかねえか」
トリューは地を蹴り、高く飛び上がる。今まで見たことがない高さだった。その脚力に、自分でも驚いている様子だった。
そのまま空を蹴るように、群れに突撃する。整えられた街道はめくれ上がり、陥没していた。
「あれえ?」
自分で放った威力に、トリュー自身も困惑しているようだった。
「ガジ、この槍やばくない?」
「やばくねえ。さっさと次やれ」
正直なところ、トリューと同感だった。──武器が軽すぎる。
重量、という話ではない。マナの拡散、収束──今まで武器の補強に回していた分が、極端に上乗せされている。
「トリュー、武器補強しないほうがいいかもしれない」
「みたいだな」
トリューも気づいていたらしい。
考えてみれば当然だ。一流の鍛冶師が作った武器。今まで有り合わせで使っていた木の棒とは、訳が違う。
その分、身体強化にマナを回せる。
ティファはぐん、と踏み込み、地を蹴った。即座に一、二──群れの中を走り抜けながら、六体を斬り伏せた。
──体が軽い。風のような速さが心地好い。
ティファは双剣にマナを込め、柄尻を連結させた。大刀へと形を変えた双剣で、舞うようにクーホルム達を薙ぐ。
隣ではトリューが軽々と宙を駆け、クーホルムを叩き潰していた。
「ほー。やるじゃねえか」
戦闘に参加しないガジは、のんびりと顎髭を撫でながら二人を眺めていた。隣の農夫は、唖然として馬の手綱を握っている。
ティファとトリューの二人で次々と数を減らして行くが、撃ち漏らしたクーホルムが農夫とガジに狙いを定めた。
「ガジ!」
ティファが気づいた時には、届かない距離だった。それはトリューも同じだった。
ガジは武器を持っていない。巨体に見合う怪力だったのは身を以て知っているが、素手で魔物とやり合うのは危険だ。
咄嗟に剣をガジの方向に向ける。炎を放とうと試みるが、火力の調整に自信がない。先程の威力のままだったら、ガジと農夫ごと焼き殺してしまう。
逡巡の間に、クーホルムはガジの元に到達しようとしている。
「しょうがねえな」
特に慌てる様子もなく、ガジは短く嘆息する。そして首に掛けた首飾りを掴むと、首飾りの石から光が放たれる。その光はやがて、巨大なハンマーへと形を変えた。
「おらよッ!」
ボゴォォォォン──……
振り抜かれたハンマーは、クーホルムの巨体を遥か空まで吹っ飛ばした。青空に一瞬、黒い影が弧を描いて消えていく。
「……すげー。牛って空飛ぶんだぁ」
「……翼ないのになぁ」
妙なことを言っている自覚はあった。それでも、目の前の光景と規格外の強さに思考を放棄した。
気づけば、クーホルムの群れは一掃されていた。
その後、とりあえず荷馬車が通れるだけの道を作り、遺体の処理はこの先の町に頼むことにした。クーホルムの角は薬剤にもなり、皮も素材になるそうだ。
辺りが腐臭で満ちる前に、さっさと現場を離れた。トリューは干し草の上を陣取り、また寝転がる。その場所が気に入ったようだ。
「なぁ、ガジ。あのハンマーどっから出したの?」
ぷらぷらと足を遊ばせながら、下に座るガジに尋ねる。ティファも気になっていた。
ガジは「これか」と言って首飾りを外して見せてくれた。
「格納魔法が刻まれた収納具だ。特殊な魔石を核にして、専用の術式を刻んである」
「へえー」
「便利…」
手に持って、まじまじと眺める。世界にはこんな便利な物があるのか。欲しい。
「昔苦労して買ったんだ。やらねえぞ」
「ええー。俺の分も持ってよ」
「オメェはそもそもほとんど荷物ねえだろうが」
「どのくらい入るの?」
「モノによって違う。ピンキリだ。ヴァルモンスに着けば売ってるから、見てみりゃあいい」
「うん。そうする」
もしかしたら、手ぶらで旅ができるようになるかもしれない。さらには、諦めていたテントまで持ち運べるかも。
街道の先、雲の切れ間から差す光が、遠くに霞む街並みをうっすらと照らしていた。中央都市。その響きに、ティファは年頃らしく胸を踊らせた。




