三人目
屍山を降りて、一週間が経っていた。二人は酒場のテーブルに腰掛け、昼食を摂っている。
窓の外はどんよりと曇り、重たく雲がのし掛かっている。もうじき雨季だろうか。灰色の空とは対照的に、店内は暖炉の熱気と料理の匂いで満ちていた。
「あのオッサン引き受けてくれたんかね」
大きめのバケットサンドを頬張りながら、トリューがぼやいた。ティファが双剣を置いて去ってから、山は登っていない。
「さぁな。でもやることはやったし」
「大事なもんなんだろ? 預けっぱなしでいいの?」
「そこは心配してない」
ティファもパンを頬張りながら答える。トリューは咀嚼しながら首を傾げた。
「工房にあったハンマーとか工具が、異様に綺麗だった。鍛冶師をやめたって言ってる割に、作る為の道具は一切手放せてない。そんな奴が武器を雑に扱うとは思えない」
パンを飲み込んで、コーヒーを口に運ぶ。温かい。トリューは「ふうん」と感心したように聞いていた。
すると、店主がポットを持ってやってくる。
「ガジを説得してくれたんだってね。ありがとうよ、お嬢さん」
店主は「サービスだよ」と言ってティファのカップにコーヒーを注いだ。トリューはコーヒーは苦手だと言って断っていた。
「子供め」
「ミルクと砂糖あれば飲めるし」
「子供じゃん」
「別に飲めなくたって困らねえからいいの!」
「おやおや。じゃあお兄さんには温かいミルクでもお出ししようかね」
そんな軽口を言い合っていると、バタバタと忙しない足音が酒場の扉を開いた。
「あっ! ここにいらっしゃいましたか! ティファさん、トリューさん!」
「レンじゃねえか。どうした」
おお、とトリューが手を上げる。レンは大荷物を抱えて店主に軽く会釈をすると、嬉しそうに駆け寄って来た。
「出来ました…出来たんです! お二人の新しい武器です!」
ゴトン、とテーブルに二つの大きな布が置かれた。
「すげー! 見せてー!」
「随分早かったんだな…もっとかかると思ったのに」
「へへ…親方張り切ってましたから!」
レンは得意そうに笑った。そして、大きいほうの布をトリューに手渡す。
「開けていい?」
「もちろんです!」
布を剥ぎ取ると、以前とは比べ物にならないほど立派な槍が現れた。
矛先は、もはや爪だ。槍というより薙刀のような──いびつな曲線が根本から先端へと這い上がり、その先端だけが鋭く尖って光を弾いている。
この武器は突くだけに収まらず、薙ぐ、斬る、叩くといった使い方にも適応するだろう。トリューらしい、型に嵌まらない相棒になりそうだ。
「え…っと、この槍はグレイヴという型でして。トリューさんの戦い方がわからないので、全方面に対応した形にしたそうです」
「すげえ…長さも太さもバッチリだ。ちょっと振ってみていいか!?」
「店の外でな」
トリューは店の外に駆け出した。長い得物を軽々と振り回し、楽しそうに跳ね回っている。
「すげえ! でもちょっと重てえ!」
「それは親方が…『このくらい使いこなしてみやがれ』って…」
レンは気まずそうに頬を掻いた。トリューはガジウスの挑発を嬉しそうに受け取った。
「おうよ! やってやらぁ!」
高々と掲げられた槍は、曇天によく映えた。
「それから、こちらがティファさんのです」
まずこちらを、と渡されたのは、小さな木箱だった。
「義眼をご所望でしたので…ただ、もう片方の視力がわからないのと、精密な素材と作業が必須な代物ですので…うちの工房で作れるのはこれが限界でした」
受け取って箱を開ける。中には瓶に入った目玉が一つ。精巧に作られているのに、不思議とおぞましさは感じなかった。
「十分だ。これもうつけていいのか?」
「一応、お医者様の元で着けてもらってください。安全第一です」
「わかった。で…双剣は直せたか?」
「はい! それが…こちらです!」
レンから布を受け取る。丁寧に布を取ると、銀色に磨き抜かれた双剣が顔を出した。窓から差し込む薄曇りの光を受けて、刃が鈍く白銀に光る。
「すごいな…よくここまで」
「実は、完全復活ってわけじゃないんです。折れた部分はどうにもならなくて…前の刀身を溶かして打ち直して、差し替えました」
「いや…十分だよ。ありがとう」
鍛えられた刃を撫でる。透き通るような輝きの中に、確かな強さを感じる。間違いなく、シスターが愛した先代の魂だ。
「あと、それから! 柄尻同士を合わせてみてくれませんか!」
「ん? こう?」
言われた通りに柄尻を合わせる。少し違和感を覚えた。
「そこで、マナを流してみてください」
疑問符を浮かべたまま、マナを流す。すると、柄尻がガチャリと音と立てた。
「…くっついた」
「連結機構が壊れたままだったので、それも直しました! もう一度マナを流せば外れます!」
──技の記憶にあった型。どうやるんだと思っていたら、こういうことだったのか。
連結した双剣は一本の大刀──ツインブレード型の剣に形を変えた。戦術の幅が広がる。
「ありがとう。ガジウスにもよろしく言っといてくれ。代金持ってくる」
「はい! あ、あの──ティファさん達はいつ、旅立つんですか?」
「ん? まぁ武器も手に入ったし、もうここに用事ないしな」
新しい槍で遊び終わったらしいトリューを見る。気がついたトリューは、じゃあ次の町に行くかと槍を担いだ。
「あの! それなら…一日だけ待ってもらえませんか! どうか…お願いします!」
レンは深々と頭を下げた。理由はわからないが、特に急ぐ旅でもない。頼まれた通り、その日は宿で過ごすことにした。
そして翌日。昨日とは打って変わって、晴れた朝だった。雲一つない空に、洗い立てのような清々しい風が吹き抜けている。必要品の買い出しも済ませ、義眼の装着も終わった。慣れない作り物の眼には違和感があるが、久々に開けた視界は清々しかった。
「すげー。ほんとにコレ作りもん?」
トリューが顔を覗き込んで、まじまじと見ている。
「ちょっと視力は偏ってるけど…ふつうに見える。すごい技術だな」
「鍛冶師ってなんでも作れちゃうんだなー」
トリューが左眼をこじ開けようとするので頭を叩いた。レンには一日待ってくれと言われたが、まだ現れる様子はない。先に朝食を済ませてくるか、といつもの酒場に向かう。すっかり常連だ。
いつもの店主に迎えられ、いつもと同じ料理を注文する。トリューはこの店のバケットサンドがお気に入りのようだ。
食べ終わってしばらくのんびりしていると、扉の外から重い足音が近づいてくるのがわかった。木の床がぎしり、と軋む。新たな客がやってくる。──大きい。
その大男はぬっと鴨居を潜ると、全貌を現した。ガジウスだった。
乱雑だった黒髪は短く後ろに流されている。伸び放題だった髭も小綺麗に整えられ、以前とは別人のようだ。
「あれっ、オッサン?」
「おお、ガジ…ガジじゃないか…!」
店主が懐かしそうに駆け寄る。目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「ああ…迷惑かけちまったな」
「いいんだ…いいんだよ…ああ、ガジよ、立派になって…」
まるで息子のようにガジウスの手を取って、店主は再会を喜んだ。一通り挨拶を済ませたのか、ガジウスはサンドバッグのようなベルトリュックを担ぎ直してこちらを向いた。
「武器はどうだった」
「最高だよ。ありがとう」
「ちゃんと使いこなしてやるからな!」
「そうか。義眼のほうは」
「まだちょっと違和感あるかな…でも十分だ」
「そうか…」
ガジウスはうんと腕を組んで、僅かに俯いた。そして一つ息を吐くと、こう続ける。
「まだ調整が必要だ。武器もまだ完成じゃねえ。だから俺も連れてけ」
腕は組んだまま。大きな体で二人を見下ろしたまま、ガジウスは告げた。ティファとトリューは目を丸くしている。
「どーいう風の吹き回し?」
「レンの奴にせがまれちまってな…」
前日の様子が思い出される。それは、レンが武器の受け渡しから帰った後のことだった。
「親方…このままでいいんですか?」
「なにがだ」
レンは思い詰めたようにガジウスに向かっている。ガジウスは既に身なりを整え、ガラクタを処分して工具の手入れを行っていた。炉の火は落とされ、工房には金属の冷えた匂いだけが漂っている。
「あの人達、明日旅立つそうです」
「そうか。静かになって清々すらぁ」
レンの拳にぎゅっと力がこもる。ぽつりと何か呟いた気がしたが、よくは聞こえなかった。
「親方、一緒に行ってあげてください」
その言葉に振り向くと、レンはじっとガジウスを見詰めていた。眼差しは強く、炉のように燃え煌めいている。
「一緒に行きたいんでしょ、親方」
「…バカ言え。オメェに教えることも山ほどある。忙しくなるぞ」
「俺を言い訳にしないでください!!」
ガジウスの手がぴたりと止まる。レンの声が工房に反響して、静まり返る。
「…おう、俺に口答えとはいい度胸じゃ──」
「いくらでも言いますよ! 俺は親方の一番弟子です! 足枷じゃない!」
レンの拳は未だ強く、強く握られている。反して瞳は揺れ、今にも涙が溢れそうだ。
「俺はずっと…親方に何もできなかった! エレノアさんを失った時だって! 悲しかったのは俺だって一緒です! 俺も怖かった! でも今は違う! ティファさんに勇気をもらいました!」
小娘の顔が甦る。殴られても、殴られても顔を腫らして向かって来る、往生際の悪い小娘。あの冷たい蒼い瞳の奥。澄んでいるとは言い難い、濁った眼だ。──あの若さで、どれほどの地獄を見たのだろう。
「あんな無茶する人達ですよ! あの人達絶対また武器壊しますよ! ティファさん達には、親方の力が必要です!」
折れた双剣を思い返す。刀身全体に、最近ついたと思しき酸化の跡と、柄に染み込んだ血の跡があった。そんな痕跡を残す奴は、確かに長生きはしない。
「護ってあげてください…! 今度こそ!」
ゴトン、とハンマーを置いてレンと向き合う。レンは真っ直ぐにガジウスを見ている。──随分大きくなったものだ。
「オメェ一人で、どうやって食ってくつもりだ」
「やだなぁ、今までだって生活を支えてたのは俺ですよ!」
「…ちげえねえ」
ガジウスは困ったように頬を掻いた。自分が腐っている間に、レンはすっかり一人前になってしまったようだった。
「工房のことなら、ご安心を。小さくたって、俺はガジウス・ジン・グリウスの一番弟子です!」
そう言って、レンは飛びきりの笑顔を見せた。
そして、現在。
「──ま、そういうわけだ。オメェらの武器もまだ完成じゃねえ。これから戦い方に合わせて改良してやる。使いこなしてみせろよ」
ティファとトリューは顔を見合わせた。同時に、ふ、と表情を崩す。
「そういうことなら」
「よろしくなガジウス!」
「ガジでいい」
「もう殴んなよ!」
「生意気言わなきゃな」
窓から差し込む朝日が、三人の影を長くテーブルに落としていた。旅の仲間に、頑固な職人が加わった。また賑やかになりそうだ。




