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やどりび  作者: ファット爺
第四章
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山頂の鍛治師

 ──もう、どれほど歩いただろうか。日が落ちたのか、昇ったのかさえわからなくなっていた。

 途中で休憩をしたくとも、魔物は休む間もなく襲いかかって来る。深い木立は変わらず二人の道を塞いでいる。

「ゼェ…もう…マナねぇよ…」

「足が…ハァ…棒みたいだ…」

 疲労も空腹も限界だった。泥や血で汚れた服さえ重い。二人はなんとか足を引き摺り、それでも山を登った。

 そのうち、重なり合う木立が途切れ始めるのが見えた。──頂上だ。

 期待を胸に足を早める。登りきった先には、一軒の工房が建っていた。

「やっと…着いた…!」

 息せききらせたトリューが感嘆を漏らす。ティファも感動はひとしおだった。

 だが、その工房は人がいるとは思えないほど静かで、山の雰囲気に似つかわしく不気味だった。

 それでも足を止めるわけにはいかない。工房脇にある家に近づき、ドアを叩く。──応答はない。

「…いないってオチ?」

「それは困るな…」

 ティファは仕方なくドアノブに手をかけた。鍵は開いていた。

「お邪魔しま──うわ」

 中に入ると、異様な光景が広がっていた。

 店のような佇まいではある。だが、並べてあるのは棘の檻、鎖の椅子、意図がわからない金具──拷問器具にしか見えない代物ばかりだった。

「趣味悪過ぎじゃね…?」

 トリューは器具を一つ手にとって、苦そうに舌を出した。

 ──店主の言葉を思い出す。

『昔はね、いい鍛冶師だったんだよ』

 今は違う、ということなんだろう。こんな悪趣味な物ばかり作るくらいには。

 ティファはぐるりと中を見渡す。すると、奥の扉がガチャリと開いた。

「えっ!? お、お客さん…!?」

 ひょっこりと顔を出したのは、茶髪の少年だった。

「い…いらっしゃいませ! どんな物をお探しで!」

 少年は人懐っこそうな顔で駆け寄って来る。──まさかとは思うが、この子供がガジウス、なのだろうか。

「一応聞くけど…ガジウス…ってお前か?」

「あ、俺はレンって言います。ガジウスは俺の師匠です」

 よかった。こんな子供が無邪気に拷問器具を作っていたとしたら、別の意味で胸が痛む。

「武器の修理依頼で来たんだけど…その師匠っているのか?」

 ティファがそう言うと、レンと名乗った少年はあからさまに顔を曇らせた。胸を押さえて、苦しそうだ。

「どうした?」

 ティファが首を傾げていると、トリューが心配そうに声をかけた。

「…すみません。親方は今…武器は作っていなくて…」

 レンは悲しそうに俯いた。目元は暗く、寂しさも滲んでいる。

「でも…俺も親方に立ち直ってほしいと思ってて…親方が作る武器は…本当に世界一だから」

 レンは、ぎゅっと服を握った。

「あの…断られるかもしれないけど…親方に会ってみてくれませんか…?」

 元よりそのつもりだ。ここまで来て、手ぶらで帰る気はない。

 レンに案内され、奥の扉へ足を運ぶ。

「親方…武器修理の依頼だってお客さんが…!」

 扉の奥──居間のような部屋には、二メートルはあろうかという大男が背を向けて座っていた。

 髪は乱雑に伸び、酒瓶がそこかしこに転がっている。男の前にあるのは、遺品棚だろうか。汚れた部屋に似合わない、立派な杖だ。

 男は振り向かず、酒を煽りながら答える。

「…帰れ。武器はもう作らねえ」

 それだけ発すると、男はまた酒を煽った。

「大切なものなんだ。修理してほしい」

「…なおのこと他所に頼め」

 男はそれ以上、何も答えなかった。

 レンは俯き、ぐっと服の裾を握り締めている。

 どうにかしてやりたい気持ちはあるが、現状自分にできることはない。ティファは一つ息を吐いて、踵を返した。

「もういいのか?」

「本人に作る意思がないんじゃ、どうしようもないだろ」

 他を当たるよ、とティファは店を出る。そこでレンに呼び止められた。

「あの…すみませんでした…無理言って…」

「いいよ。力になれなくて悪いな」

「それよりさ、お前このままあのオッサンのとこいんの? 師匠って言っても、今武器作ってないんだろ?」

 あんなもん売れねえぞ、とトリューは続ける。

 もっともだ。ただでさえ誰も寄りつかない山の頂上。ガジウスがレンの面倒を見ているとはとても思えない。

「たまに山を降りて、村の人達の農具の修理とかをやらせてもらってるんで…生活はなんとか。それに俺は…親方がいいんです」

 レンはそう言って、腰のナイフを取り出した。その刀身は蒼く、美しく輝いている。ティファはその刀身に、既視感を覚えた。

「親方が初めて俺に打ってくれたナイフです。──俺の宝物です」

「…そっか」

 トリューはぽん、とレンの頭を撫でた。その手は大きく、レンの頭を包むようだった。

「待て。そのナイフ見せてくれるか」

 何かに思い至ったティファはそう告げる。レンは「どうぞ」と手渡すと、ティファはナイフを掲げて刀身を見た。

「…やっぱり見たことあるな。これ、ブルーレニウムってやつじゃないか?」

「ご存じなんですか?」

「なにそれ」

「シスター…私の恩人が使ってたナイフと一緒だ。加工が難しいから…扱える職人は世界に数えるくらいしかいないって言ってた」

「そう! そうなんですよ!」

 レンは興奮した様子で目を輝かせた。急変した態度に、ティファは一瞬たじろぐ。

「ブルーレニウムはそもそもがすごい貴重で、融点が高いから溶かすのも一苦労だし頑丈さは数ある鉱石の中でも──」

「あー、わかったわかった」

 長くなりそうな話を強引に打ち切る。レンの知識と、ガジウスの腕が一流なことだけわかれば十分だ。

 そんな貴重なナイフを、シスターがイモの皮剥きに使っていたことは黙っておこう。

「で、そこまでの腕を持ってたのに武器作りをやめたのには? 理由があるんだろ?」

「そ…れは…」

 レンは一瞬口をつぐんだ。ティファ達が言葉を待っていると、意を決したように言葉を紡ぎ出す。

「エレノアさんが…亡くなったからです…」

 レンの声が薄暗い部屋に溶ける。

 ティファとトリューは、静かにレンの言葉を待っていた。

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