即席の刃
レフテオの村を立ってから、十日が過ぎた。
風がやけに冷たい。見上げれば、屍山と呼ばれるその山は、灰色の雲を纏うように高くそびえ、麓からでも不気味な気配を漂わせていた。木々のざわめきさえ、どこか警告めいて聞こえる。
途中農家の荷馬車に乗せてもらい、ようやくその麓の村まで到着したところだった。
「いかにも魔物の巣窟って感じ…」
「本当にこの山に住んでるのか…?」
マハトにもらった地図を取り出す。地図には、はっきりと目の前の山に印が描かれている。
ひとまず村で情報収集をしようと、いつものように宿を探した。
酒場で食事を摂りながら話を聞くと、山の頂上付近に変わり者の鍛冶師が住んでいることは間違いないようだった。
「嬢ちゃん達、山を登る気かい」
「うん。用があって」
「悪いことは言わねえ、やめときなよ」
話しかけてきたのは、隣のテーブルに座る商人だった。
「何人も行方不明になってる山だぞ。その頂上に住んでるって鍛冶師だって、怪物だって話だ」
「へえ…」
風の音が、ふと窓の隙間から入り込んで揺れる。灯りの届かない山肌を思い浮かべ、ティファは小さく肩をすくめた。そこに好き好んで住んでいるのなら、怪物だという話もあながち大げさではないのかもしれない。
「まぁ、でも腕がいいなら」
「オイオイ、俺は危険だって話をしてるんだぞ?」
「それはまぁ…見ればわかる」
商人は呆れた様子で首を振った。そこで年老いた店主が料理を運んでくる。
「お嬢さん方、ガジに用だそうだね」
「がじ?」
「鍛冶師の名前だよ。ガジウス・ジン・グリウス。そりゃあ、腕の立つ鍛冶師だったよ」
「だった…」
含みのある言い方に、ティファは眉をひそめた。トリューも料理を頬張りながら店主を見ている。
「昔はねえ…変わり者だがいい鍛冶師だったんだよ。あの子が山に住み着いてから、魔物の被害もめっきりなくなってね」
店主は昔を懐かしむように、天井を仰いだ。
「旅に出ていた時期もあったんだ。君たちのように、世界を回ったと旅先から手紙をもらったよ」
店主はふふふ、と嬉しそうに笑っている。しかしその手はふと止まり、拭いていた皿をゆっくりと置いた。目はすぐに伏せられ、重たく影を落とす。
「…四年ほど前さ。ガジが帰って来たのは。その時には、すっかり人が変わったようだった」
店主の声は重い。たくわえられた白い髭をなで、はぁ、と溜め息を吐いた。
「これ以上は…私から話すのは野暮ってもんだろうね。旅人さんや。ガジに会ったら、酒場の店主がよろしく言っていたと伝えておくれ」
店主はそう言って、カウンターの奥に丸い背中を引っ込めて行った。
「…ただの怪物ってわけじゃなさそうだな」
「いい奴かもしれねえな!」
トリューは最後の肉を口に含んで、ごちそうさまと元気に手を合わせた。
「それより、問題は武器なんだよなぁ…」
ティファはぐん、と背もたれに寄りかかって腕を組んだ。
現在、手元にある武器はティファの弓だけ。矢は残り数本しかない。
「まぁ、俺は木の棒でもあればいいよ」
「どっかで聞いたような装備だな…それで魔物と戦えるか?」
トリューはうーんと、唸って、黒麦茶を手に取る。
「疲れるけど…氷とかマナで分厚く補強すればまぁ…」
「なるほど」
今までも武器が破損しないよう、戦闘時にマナで覆うことはしていた。それをさらに厚いマナで補強──疲労は今までの比じゃないが、それならば例え木の棒であってもそうそう壊れない。
「すんげえ疲れそうだけどなー」
「ま、修行にはなりそうだ」
たん、とグラスを置き、ティファとトリューは立ち上がった。
目指すは屍山の頂上。ガジウスという鍛冶師に会いに、山を登る。
******
山道は予想よりずっと険しかった。
獣道ほどの幅しかない斜面には、絡み合った木の根が容赦なく足を取ろうとしてくる。
息は上がり、背中に汗が伝う頃には、麓の村はどこにも見えなくなっていた。
「きっついなー」
「歩きづらい…」
文句を言っても言っても道は優しくはならない。
はぁ、と汗を拭ったトリューは、手近な枝に手を掛けた。
「お、ちょうどよさそう」
折り取って感触を確かめている。長さも手頃な、槍代わりの棒だ。
「よし、こいつでやってみっか」
ぶん、と振ってみて、マナで覆う。トリューは早速「疲れる」と弱音を吐いている。
「私も探しておくか…」
この険しい山道で弓だけでは心許ない。ティファは適当な枝を二本拾い、手に持った。
「早速きたな」
先に気づいたのはやはりトリューだった。茂みが不自然に揺れている。
次の瞬間飛び出してきたのは、猪型の魔物だった。牙が異様に発達している。
トリューは突進を上に避け、棒をマナで覆う。
「おら!」
振り下ろした一撃は、猪の額を直撃した。──しかし。
「あれ」
──パキ。
乾いた音と共に、棒は真っ二つに折れてしまった。
(あの量でダメか)
見ていたティファは、トリューよりさらに多くのマナで棒を覆った。次いで、トリューに気を取られている魔物の横腹から斬りかかる。
しかし、それもバキ、という音を立てて二本とも折れてしまった。
「これでもダメか。難しいな」
「お前意外と呑気だな!」
冷静ではある。棒を覆うマナは、量が多ければいいというわけでもないらしい。
トリューは次の棒を拾い、今度は先端に氷の刃を形成して突き刺した。雄叫びを上げる魔物。しかし、致命傷にはなっていない。
魔物はトリューを睨みつけると、前肢で土をかき、突進の準備を始めた。
「氷のほうが疲れるけどもつな」
トリューは再び交戦の構えを見せた。
──氷。ティファは炎魔法しか扱えない。木の棒を炎で包めばたちまち消し炭になってしまう。
さてどうしたものか、と新しい棒を手に取る。トリューが纏う氷の刃を見つめるうち、ふと、その透き通った硬さに目が留まった。同じ量の水でも、氷になれば刃を作れるほどに硬くなる。──量ではない、何かが違う。
(なるほど、密度か)
ティファは手に持った棒をマナで包み込む。
(これを…量を変えずに…圧縮…!)
棒を覆ったマナがギュギュギュ、と小さくなっていく。しかしその存在感は、依然強力なままだ。
「留めるのきっついな…!」
あまり長期戦はできない。ティファはだん、と踏み込み、上から魔物に二対の棒を振り下ろした。
衝撃を叩き込まれ、魔物は地面にめり込む。その隙に、トリューが氷の刃で頭部を貫いた。
魔物は力なく倒れ、息絶えた。
「やるなぁティファ。すげえ威力じゃん」
トリューは汗を拭い、棒を担ぎ直した。ティファは手に持った棒を見ている。
「氷がヒントになった。覆うマナを増やすより、密度を濃くしたほうが強度が上がる」
トリューは「へえ」とティファの手元を見た。
「俺もやってみよ」
「バカみたいに疲れるけどな」
「それなー」
マナ消費は体力に直結する。二人ははぁ、と溜め息を吐いた。
木々の合間から見上げた山頂は、まだ雲の向こうに霞んでいる。
頂上はまだ遠い。




