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やどりび  作者: ファット爺
第三章
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生還

 重い瞼をこじ開ける。

 ──左眼に強い違和感があった。視界の左側が真っ暗で、距離感が掴めない。

 木造の天井に覚えがある。宿屋だ、と気づいたのは、しばらく経ってからだった。

「ほうほう、目が覚めておったか」

 声のするほうに顔を向ける。左半面が覆われていて、視野が抜け落ちている。

 ぼんやりと、マハトだということはわかった。

「全く…トリュー君も大概じゃが、おんしも大した回復力じゃの」

 トリュー。その名前で遺跡での出来事が蘇る。

「トリュー…トリューは無事なのか…?」

 ティファは痛む体を起こし、マハトに問う。マハトはまぁまぁ、とティファを宥めている。

「安心せい。三日前に回復して、今は薬草の採集を手伝ってくれておるよ。後遺症の心配もない」

 そっか、とティファは胸を撫で下ろした。

 ──生きてた。その事実は、何よりもティファを安堵させた。

「しかし…すまなんだの。君らが太刀打ちできんほどの化け物が潜んでいようとは…迂闊じゃった」

「いや…私が弱かっただけだ。山で会った魔物だって…結局逃げただけだし」

 ティファはきゅっと胸を押さえた。

 ──自分は、弱い。改めて、それを痛感した。

「なんにせよ、調査は中止じゃ。番人か守り人かはわからんが…そんな危険人物がいるかもしれん場所に、易々と入れんからの」

「…悪いな」

「なに、この件は『鎖魄衆』に一任するつもりじゃ。奴らには専門家も多いでな」

「さはくしゅう…?」

 初めて聞く単語に、ティファは首を傾げた。耳馴染みのない言葉だ。

「あらゆるジャンルの専門家が集う秘密結社、といったところかの。まぁ、おんしが冒険者として名を上げたなら、いずれ出会うことになるじゃろ」

 マハトはそう結んで、薬草の調合を始めた。──苦い匂いが鼻を刺した。

 ふと、ドアの向こうから聞き慣れた足音が聞こえてきた。

「マハトー、言われた薬草採ってき──」

 トリューはティファを見て、一瞬固まった。その後すぐに表情を崩し、駆け寄る。

「ティファ! よかった…! 起きたんだな!」

 トリューはティファの手を握った。

 温度を確かめるように。生きていることを、実感するように。

「もう起きて大丈夫なのか?」

「うん。心配かけてごめん」

「ほんとだよ…このやろう」

 涙を堪えるような笑顔で、トリューは笑った。

「ほっほ、若いモン同士、積もる話もあるじゃろ」

 マハトはくすくすと笑って、調剤器具を手に部屋を後にした。

 椅子に腰掛けたトリューは、ティファの手を握り続ける。顔は俯き、包帯が巻かれたティファの腕をじっと見ていた。

「…体、なんか変わったとこねえか?」

 トリューの眼が、どこか切羽詰まったようにティファの全身を走る。

「うーん…痛い」

「いやそうだろうけど! そうじゃなくて! なんか…いつもと違った感じとかねえか!?」

「…? 別に…ないな」

 はぁー、とトリューは大きく溜め息を吐いた。

「なんも変わってねえなら…よかった」

 トリューはもう一つ息を吐いて、安堵の表情を浮かべた。

 意図はわからないが、変わったところ…と自分の体を探し、ひとつ気になった箇所を口に出した。

「強いて言えば…片眼がないの不便だな」

「ああ…それはマハト達でも治せなかったらしい。失くなった人体の再生はできねえって…カーバンクルももういねえし」

 トリューは残念そうにティファの顔を見た。顔の左半分は、未だ厚い包帯に覆われている。

「まぁ…あれだけの化け物と対峙して五体満足なら、十分以上だろ」

 命もある。そう続けて、ティファはぼすん、とベッドに横たわった。

 トリューは握っていたティファの手を外し、今度は自分の両手を握り込んだ。

 口元をきゅっと結んで、何か言いたそうに難しい顔をしている。

 ティファはじっと、トリューの言葉を待った。

 そして、ぽつり、ぽつりとトリューは言葉を紡ぐ。

「俺が…言えたことじゃねえんだけどさ…」

 弱々しい。掠れた声だった。

「俺…お前の『どうなってもいい』みたいな戦い方…きらいだ」

 拳を握る手が強くなる。ぎゅっと、堪えるような顔だ。

「助けられた俺が言えることじゃねえのはわかってんだけど…! お前は、もっと…自分が生き残ることも考えろよ…!」

 泣きそうな、震えるような声だった。

 ティファは黙ってトリューの言葉を聞いていた。

 ──生き残る。あのときは確かに、そんなこと微塵も考えていなかった。

 崖から落ちた時もそうだった。落ちた。そう理解した瞬間に、生きることを諦めていた。

 トリューはずっと、自分を生かし続けてくれていたのに。

 トリューだけじゃない。シスターも、ノノアも。みんな自分を生かそうとしてくれていた。

「──うん。わかった」

 ティファは小さく頷いた。暖かい何かが、胸に灯った気がした。

 その言葉を聞いて安心したのか、トリューは脱力して腕を伸ばした。

「まぁ、あんなバケモンには今後二度と会わねえだろうけどな」

「会うよ」

 ティファは間髪入れずに返した。

 トリューは「へ?」と目を丸くしている。

 自分でもなぜそう思ったのかはわからない。だが、確信に近い感覚をティファは持っていた。

「あーいう奴は、必ずまた会う」

「…絶対?」

「絶対」

 古びた天井に、男の姿が浮かぶ。

 黒い衣、波立った漆黒の髪。暗く、色のない瞳。

 できれば二度と会いたくない。

 だが、ティファの勘──前世の影響だろうか。それは、確かにティファに告げていた。

「あーいうのは因縁の相手になるって、相場が決まってる」

 次は負けない。

 生きて、勝たなくてはならない。

 ティファの旅に、明確な目標ができた。

 強くなる。

 胸の炎が、一段濃く燃え上がった。 

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