会敵
豪炎が立ち上る。
紅く、鮮やかな炎はティファの体を灼いていく。
「無謀な……」
ティファの口から炎が零れる。骨は軋み肉は裂け、血は瞬く間に蒸発する。
「魔道を焼いているのか……それで何秒持つんだ?」
「さぁな…!」
ティファはぐっと体勢を沈める。その踏み込みは石畳を割り、瞬時に男の懐に飛び込んだ。
突進から縦回転の連撃を繰り出す。男は微動だにしない。
それでもティファは怯まない。続けて横に、回転の斬撃。
だがそれも届かない。
スピードも、パワーも、自分でも制御しきれないほど跳ね上がっている。
なのに男は指一本動かすだけで全てを弾いていた。
圧倒的に、絶望的なまでに、差は歴然だった。
ティファの吐く息までもが、炎に変わる。熱はさらに上昇し、ティファの体を蝕んだ。
焼けた内臓が、悲鳴を上げる。
「ティ……ファ……ッ!」
弱々しいトリューの声がした。男はトリューに目を向ける。
「哀れな……楽にしてやろう」
指先が再びトリューに向く。
ティファはそれを許さない。
「どこを…ッ、見てる…っ!」
ティファは飛び上がる。頭上から双剣を振り下ろすが、男は片腕でそれを防いだ。
一度トリューに向けられた指先は、ティファの腹へと向けられた。
ティファは反射的にマナを集中させ、貫通を防いだ。
しかし、そのまま石壁に激突。がらがらと岩が崩れ落ちる。
「ゲホ…ッ、ハァ…!」
血を吐きたくとも、上がり過ぎた熱がそれを奪っていく。
内部から燃える炎は、皮膚までも侵食を始めていた。
「……ッッ!」
ゴウ。
一際激しい炎が、左眼を呑み込む。ティファの眼球が自身の炎に灼かれていく。
「あああぁァァァ!!!」
痛烈な悲鳴が響き渡る。
どんな状況でも冷静だったティファの叫びは、激痛を察するに十分だった。
「……もういいだろう」
憐れむような声だった。男は再び指を構える。
「ま…だ…ッ!」
左眼を失ってなお、ティファは倒れない。
体中の骨が折れ、肉は裂け内臓は今なお燃えている。
「……なぜだ」
男の声に、初めて困惑が滲んだ。
それまで無感情だった瞳が、わずかに揺れる。
「なんなんだ……貴様……」
男の目に、明確に殺意が宿った。
(クソ…ッ、まだ終わんねえのか…!)
トリューの治癒は、順調に進んでいた。それでも、一度失った内臓を再生するのは、簡単ではないようだった。
呼吸ができる程度まで、傷は再生した。それでもまだ、千切れかけた胴体がやっと繋がった状態だった。
(早く…早くしねえと…!)
ティファが死ぬ。トリューは確信していた。
男の危険度以上に、ティファは戦うことをやめない。
自分がここで動けずにいる限り、ティファは戦う。
ティファの咆哮が響く。普段、あんなにも冷静な奴が、形振り構わず剣を振るっている。
(クッソ…! 肝心な時に…俺が…!)
左手で抉れた腹を抑える。出血はカーバンクルのマナで止まっているが、まだ動けるだけの筋肉まで再生していない。
「頼む…! 早く…!」
カーバンクルは微動だにしない。ただ無機質に、込められた命令を実行している。
トリューはなんとか無事だった右手で槍を探す。
しかし、槍は最初の攻撃で真っ二つに折れてしまっていた。
トリューの治癒を待たず、ティファの猛攻は続く。
──ティファの眼が燃える。悲鳴が響く。ティファの死が、間近に迫っている。
男の眼にも、明らかな変化が見えた。
次は殺しにくる。確実に。
男は初めて、指以外の構えを見せた。その手の平をティファに向け、禍々しいほど強大なマナが集まっていく。
ティファは震える体を踏み止め、双剣を握り締めている。
「ティ…ファ…!」
名前を呼んでも、止まってはくれない。男がマナを解放すると同時に、ティファは飛び込む。
──パキン。
二人がぶつかり合った瞬間。ティファの双剣は砕けて折れた。
「……チ」
男は忌々しげに舌を打つ。魔法が放たれることはなかった。
「……時間切れか」
集められたマナが収束し、霧散する。男は苦々しく呟いた。
「……運が良かったな」
黒服をはためかせ、男の体は徐々に薄くなっていく。黒い霧のようだった。
「──…」
消える直前、最後に何か言っているようだったが、うまく聞き取れなかった。
(助かった…?)
トリューは息を吐いた。
直後。全身が燃えたティファが倒れる。
「ティファ!」
トリューは体を引き摺り、ティファの元へ這い寄った。
「ティファ! しっかりしろ!」
返事はなかった。
ティファは、呼吸をしていなかった。
「カーバンクル!」
トリューはティファを抱え、カーバンクルを見る。しかし、カーバンクルは今も無機質に、トリューの治癒を続けている。
「……!」
ティファが死ぬ。全身の骨が砕け、裂傷だらけ。内臓は焼けて皮膚も爛れている。
既に息がない状態で、村に戻っても延命できるとは思えなかった。
「イチかバチか…!」
トリューは、自分の腕を噛み、ティファの口に自らの血を注いだ。
しかし、ティファは動かない。
こうなったら、とトリューは自分の血を口に含み、直接口移しで飲ませた。
直後、ティファの体に異変が起きる。
一度収まった血が再び吹き出し、骨が軋む。
「〜〜ッッ!!」
焼けた喉は声も上げられず、苦しんでいるようだった。
(頼む…! 適合してくれ…!)
トリューは願うしかできない。ひとひらの願いで、血を分けた。
しかし、ティファの体はさらに裂ける。出血が酷くなっていく。
(ダメか…!)
トリューが諦めかけたその時。ただ無機質に命令を実行していたカーバンクルが、ティファの横に立った。
トリューの治癒は、まだ終えていないのに。
カーバンクルは静かにティファに鼻を寄せると、柔らかなマナで包み込む。
その光はティファの裂傷を癒やし、苦しみを和らげたようだった。
「おまえ…」
カーバンクルはゆっくりと鼻を離すと、じっとトリューを見詰めた。
そして、額の魔石が砕けると共に、その姿は霧散して消滅した。
トリューはティファを見る。
──僅かに、呼吸を始めている。
トリューはすかさずティファを背負った。腹の傷が再び血に塗れる。
「ありがとう! 絶対ぇ無駄にしねえから!」
地を蹴り、トリューは走った。




