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やどりび  作者: ファット爺
第三章
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先客

 マハトの話を聞いた二人は、その後宿を取り、一日休息を取ることにした。

 魔獣から逃げ延び、治癒にマナを消費し、装備もボロボロだった。

 宿の裏にある洗い場で洗濯をしたり、武器を磨いたり、各々の過ごし方で回復に務めた。


 そして翌朝。二人は最小限の装備でマハトの元へ向かう。

 マハトは遺跡の前で、数人の学者と共に二人を待っていた。

「ほっほ。準備は万端のようじゃな」

 遺跡の入り口は木々に覆われ、洞窟のようになっていた。

「ここ?」

「案外小さいんだな」

「なに、小さく見えるのは入り口だけじゃ。中は見た目より広く深い。元は祭祀場じゃから防衛機構もないが…十分に気をつけるんじゃぞ」

 それと、石碑はなるべく壊さんようにな、と付け加えた。

 ティファは頷き、注意すると返した。

「では、健闘を祈る」

 マハトら学者に見送られ、ティファとトリューは遺跡の中に足を踏み入れた。


 中は薄暗かったが、途中まで学者達が探索を進めていたおかげなのか、照明は確保されていた。

 古めかしい石壁に、木の根が侵食されている。

 ──不気味なほど静かだ。

「魔物の気配…するか?」

 ティファは尋ねるが、トリューは感覚を研ぎ澄ませたまま首を振った。

「いや…少なくとも、この辺に気配はしねえな」

 そうか、とティファは先へ進む。どうにも不気味な雰囲気が背筋を撫でた。

 ふと、トリューが何かに気づいたようだ。

「…血のニオイだ」

 ──学者達を襲った魔物だろうか。

 ティファは双剣を構え、注意深く辺りを観察した。トリューも、いつになく慎重に足を進める。

 やがて匂いの元に辿り着く。そこには、大型の魔物が血まみれで転がっていた。

「…おかしいな」

「…うん」

 学者達に、戦闘技術はない。だからこそ、自分達が派遣された。

 しかしこの魔物は、一撃で腹を射抜かれている。

「これ、魔法の跡…だよな」

「…たぶん。見たことないやつだけど」

 魔物の傷痕に触れる。傷の周りがやや焦げている。だが、炎の痕跡は見当たらない。

 そして、遺体はまだ新しいようだ。

「他にもいるってことかな」

「わからない。でも、やばそうだったら引き返す」

 もし、山で遭遇した魔物と同等、またはそれ以上だったら。マハトには悪いが太刀打ちできない。

 二人は自然と足音を殺し、遺跡内を歩いた。

「…まただ」

 トリューがまた何かを見つける。その先には、さらに大型の魔物の死体があった。

 ──それも、複数。

「どうなってんだ?」

「…わからない」

 腕の立つ冒険者が、先に探索に来ていた。そう考えれば辻褄は合う。

 だが、遺跡の異様な静けさと、風の抜ける音がなぜか胸を騒めかせる。

「もうすぐ、最深部だ」

 なにもなければ、それで。安全だとマハトに報告ができる。

 最深部の確認だけしようと、ティファとトリューは祭壇の間へ足を踏み入れた。

 ティファは後に、この時の判断を死ぬほど後悔する。


 祭壇の前には、黒服の男が立っていた。

 その背中はどこか哀愁を含み、消え入りそうに儚い。

 しかし、その存在感は重く、二人の足を地に縫いつけて離さない。

 冷や汗がこめかみを伝う。──強い。それだけは理解できた。

「……また盗掘者か…」

 男の黒髪が揺れる。低く、穏やかな声だった。

 男は気怠そうに振り向き、指を向けた。

 ──その瞬間だった。

 光線か雷光か。何が起きたかわからない。

 ただ、次の瞬間には、トリューの左半身が抉れていた。

「…は」

 トリューが倒れる。抉れた体さえ、血を吹き出すのを躊躇っている。

「カーバンクル!!」

 ティファは咄嗟に、ポケットの魔石を取り出した。ティファのマナを受けた魔石は形を得て、カーバンクルが形成される。

「トリュー!!」

「……ッ!」

 肺、腸まで抉れている。呼吸ができていない。カーバンクルはトリューをマナで包み、治癒を始める。

「……カーバンクルの魔石か…運のいいことだ」

 男が独り言のように呟く。ティファは男を見る。

 ──殺意を、感じない。それがまた恐ろしかった。

 心音が耳をつんざく。汗が止まらない。呼吸の仕方さえ忘れた。

 それでも、まだ。トリューが治るまでは。

「……一応聞くけど。見逃してはくれないのか?」

「……盗人に慈悲はない」

「依頼で調査に来ただけなんだけど」

「私には関係のないことだ」

 取りつく島もない。男の目は暗く、目の前の全ては瞳に映っていないようだった。

 しかし、一瞬。ティファを視界に映した瞬間だけ、男はやや眉をひそめた。

「……まさかな」

 それは瞬きのいとま。男は再び暗い眼をティファに向けた。

「お前も眠るがいい…」

 男の指先が、ティファに向く。──死ぬ。

 ティファは横目でトリューを見た。

 トリューはカーバンクルの光に包まれ、なんとか命を繋いでいる。原理はわからないが、抉れた内臓も徐々に再生している。

 ティファはゆっくり立ち上がった。

 心臓は痛い。汗もまだ止まらない。

 それでも不思議と、恐怖は消えていた。

「じゃあまあ。足掻いてみるとするか」

 ティファの眼差しに、迷いはなかった。

 男はじっとティファを見ている。

「……勝つ気でいるのか」

「無理だろ。勝てるわけない」

「……足掻くほど、苦しむぞ」

「そうだろうなぁ」

 ティファはふ、と笑いながら双剣を構えた。

「だからって諦める理由には、ならないんだわ」

 たくさん、たくさん救われた。

 今度は自分が守ろう。命を、賭けて。


 ティファは一つ、大きく息を吸う。

 次の瞬間、体から大きく炎が立ち上った。

「限界突破(リミットブレイク)ってやつだ」


 逃げられないなら、足掻くだけ。

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