先客
マハトの話を聞いた二人は、その後宿を取り、一日休息を取ることにした。
魔獣から逃げ延び、治癒にマナを消費し、装備もボロボロだった。
宿の裏にある洗い場で洗濯をしたり、武器を磨いたり、各々の過ごし方で回復に務めた。
そして翌朝。二人は最小限の装備でマハトの元へ向かう。
マハトは遺跡の前で、数人の学者と共に二人を待っていた。
「ほっほ。準備は万端のようじゃな」
遺跡の入り口は木々に覆われ、洞窟のようになっていた。
「ここ?」
「案外小さいんだな」
「なに、小さく見えるのは入り口だけじゃ。中は見た目より広く深い。元は祭祀場じゃから防衛機構もないが…十分に気をつけるんじゃぞ」
それと、石碑はなるべく壊さんようにな、と付け加えた。
ティファは頷き、注意すると返した。
「では、健闘を祈る」
マハトら学者に見送られ、ティファとトリューは遺跡の中に足を踏み入れた。
中は薄暗かったが、途中まで学者達が探索を進めていたおかげなのか、照明は確保されていた。
古めかしい石壁に、木の根が侵食されている。
──不気味なほど静かだ。
「魔物の気配…するか?」
ティファは尋ねるが、トリューは感覚を研ぎ澄ませたまま首を振った。
「いや…少なくとも、この辺に気配はしねえな」
そうか、とティファは先へ進む。どうにも不気味な雰囲気が背筋を撫でた。
ふと、トリューが何かに気づいたようだ。
「…血のニオイだ」
──学者達を襲った魔物だろうか。
ティファは双剣を構え、注意深く辺りを観察した。トリューも、いつになく慎重に足を進める。
やがて匂いの元に辿り着く。そこには、大型の魔物が血まみれで転がっていた。
「…おかしいな」
「…うん」
学者達に、戦闘技術はない。だからこそ、自分達が派遣された。
しかしこの魔物は、一撃で腹を射抜かれている。
「これ、魔法の跡…だよな」
「…たぶん。見たことないやつだけど」
魔物の傷痕に触れる。傷の周りがやや焦げている。だが、炎の痕跡は見当たらない。
そして、遺体はまだ新しいようだ。
「他にもいるってことかな」
「わからない。でも、やばそうだったら引き返す」
もし、山で遭遇した魔物と同等、またはそれ以上だったら。マハトには悪いが太刀打ちできない。
二人は自然と足音を殺し、遺跡内を歩いた。
「…まただ」
トリューがまた何かを見つける。その先には、さらに大型の魔物の死体があった。
──それも、複数。
「どうなってんだ?」
「…わからない」
腕の立つ冒険者が、先に探索に来ていた。そう考えれば辻褄は合う。
だが、遺跡の異様な静けさと、風の抜ける音がなぜか胸を騒めかせる。
「もうすぐ、最深部だ」
なにもなければ、それで。安全だとマハトに報告ができる。
最深部の確認だけしようと、ティファとトリューは祭壇の間へ足を踏み入れた。
ティファは後に、この時の判断を死ぬほど後悔する。
祭壇の前には、黒服の男が立っていた。
その背中はどこか哀愁を含み、消え入りそうに儚い。
しかし、その存在感は重く、二人の足を地に縫いつけて離さない。
冷や汗がこめかみを伝う。──強い。それだけは理解できた。
「……また盗掘者か…」
男の黒髪が揺れる。低く、穏やかな声だった。
男は気怠そうに振り向き、指を向けた。
──その瞬間だった。
光線か雷光か。何が起きたかわからない。
ただ、次の瞬間には、トリューの左半身が抉れていた。
「…は」
トリューが倒れる。抉れた体さえ、血を吹き出すのを躊躇っている。
「カーバンクル!!」
ティファは咄嗟に、ポケットの魔石を取り出した。ティファのマナを受けた魔石は形を得て、カーバンクルが形成される。
「トリュー!!」
「……ッ!」
肺、腸まで抉れている。呼吸ができていない。カーバンクルはトリューをマナで包み、治癒を始める。
「……カーバンクルの魔石か…運のいいことだ」
男が独り言のように呟く。ティファは男を見る。
──殺意を、感じない。それがまた恐ろしかった。
心音が耳をつんざく。汗が止まらない。呼吸の仕方さえ忘れた。
それでも、まだ。トリューが治るまでは。
「……一応聞くけど。見逃してはくれないのか?」
「……盗人に慈悲はない」
「依頼で調査に来ただけなんだけど」
「私には関係のないことだ」
取りつく島もない。男の目は暗く、目の前の全ては瞳に映っていないようだった。
しかし、一瞬。ティファを視界に映した瞬間だけ、男はやや眉をひそめた。
「……まさかな」
それは瞬きのいとま。男は再び暗い眼をティファに向けた。
「お前も眠るがいい…」
男の指先が、ティファに向く。──死ぬ。
ティファは横目でトリューを見た。
トリューはカーバンクルの光に包まれ、なんとか命を繋いでいる。原理はわからないが、抉れた内臓も徐々に再生している。
ティファはゆっくり立ち上がった。
心臓は痛い。汗もまだ止まらない。
それでも不思議と、恐怖は消えていた。
「じゃあまあ。足掻いてみるとするか」
ティファの眼差しに、迷いはなかった。
男はじっとティファを見ている。
「……勝つ気でいるのか」
「無理だろ。勝てるわけない」
「……足掻くほど、苦しむぞ」
「そうだろうなぁ」
ティファはふ、と笑いながら双剣を構えた。
「だからって諦める理由には、ならないんだわ」
たくさん、たくさん救われた。
今度は自分が守ろう。命を、賭けて。
ティファは一つ、大きく息を吸う。
次の瞬間、体から大きく炎が立ち上った。
「限界突破ってやつだ」
逃げられないなら、足掻くだけ。




