サマラの学者
崖から落ちたその日。ティファ達はそのまま森の中で夜を過ごした。
翌朝地図を確認し、改めて村に出発。
しばらく進むと、すぐに森を切り開いた集落が見えた。奇しくも、大きく迂回するはずだった山道は省略されたらしい。
「怪我の功名ってやつ?」
「死にかけたけどな」
森の中に佇む小さな村には、村人にしては高価そうな衣装を纏った人物が複数見受けられた。
「あれが学者かな」
「遺跡調査してるって言ってたな」
竜の眼について何か聞けるといいな、とひとまず宿を探した。
散策していると、村の中で一際大きな建物を見つける。そこは食堂と宿が一体となっていた。
食事も済ませようと中に入る。昨日から何も食べていない。空腹も限界だ。
「好きに頼め」
「やったー!」
炭鉱での報酬も含め、金銭には余裕がある。ティファも適当に何品か注文し、ついでに店員の若い女性に尋ねた。
「遺跡ってなんのことか知ってるか?」
「あら、お客さんも遺跡の調査に? あそこは大昔からあって…神樹を祀った遺跡なんですよ」
「しんじゅ?」
初めて聞く単語に、トリューと揃って首を傾げた。女性はさらに続ける。
「神樹っていうのは、古代に世界を支えていた樹だそうで。その遺跡は、神樹の恵みに感謝して建てられたって聞いてます」
「へえ…」
女性は話し終わった後、店主に注文を読み上げた。ティファはテーブルに視線を落とし、トリューは肘を突いた。
「神樹かぁー。面白そうだけど竜の眼とは関係なさそうだな」
「次の村まで行ってみるか?」
オーダーを終えた女性が再びティファとトリューに顔を向ける。
「お客さん達探し物? 今遺跡調査でたくさん学者さんが集まってるから、聞いてみるといいかもしれないですよ」
ほら、あそこに。と女性は指差す。その指の先には、随分と小柄な──どう見ても幼い男児が座っていた。
「あの方がリーダーだそうです。よければお食事もあちらにお持ちしますね!」
「あ…ああ…」
女性は明るい笑顔で、爽やかに店内へ戻って行った。
残されたティファは、トリューと共に困惑する。
「…どう見ても…子供だよな…」
「うん…でもまぁ、聞くだけ聞いてみるか」
そう言って、トリューは立ち上がった。ティファも荷物を持って続く。
「あんたが学者のリーダー?」
トリューは疑うように、男児に声を掛ける。ティファから見ても、五歳前後──しかし、近くで見ると妙に顔は老けて見える。
「いかにもそうじゃが? おんしら何用かな?」
男児はお茶を飲みながら、静かに答えた。──確かに、子供の風格じゃないな。
「遺跡調査してるんだって?」
「ほほう。いかにも。興味がおありかな?」
「いや…遺跡っていうか、竜の眼を探してんだけど、なんか知らねえかなと思って」
学者を名乗る男児は目を丸くした。カップを置き、まぁ掛けなさいと促されたので、二人は席に腰掛ける。
「はて、そんな物騒な物を欲しがるおんしは何者かな?」
「探して持ってこいって言われてんだ。それがないと故郷に帰れねえ」
「ふむ…」
学者は短い腕を組んで天井を仰ぐ。そしてチラリとティファに目を向けた。
「そちらさんも同じかな?」
「いや。私はただの連れだ」
学者は、そうかそうか、と再びカップに口を付けた。
「まず自己紹介をしておこうかの。わしはナルタ・マハト。マハトと呼ぶがよいぞ」
「ティファ」
「トリュー・バルモア。トリューでいい」
同じように続けて名乗る。マハトはふむふむ、とにこやかにお茶を飲んでいる。
自己紹介が終わったところで、注文した皿が運ばれてきた。トリューは喜んで食べ始める。
「ほうほう。若いモンは食欲も旺盛じゃのう」
妙に達観した口振りだった。ティファも食事を口に運びながら、気になっていた質問をぶつける。
「あの…マハトはいくつなんだ? 子供にしか見えないけど…」
「む? わしはこれでも七十過ぎじゃよ」
「七十!?」
「なんじゃ。サマラ族を見るのは初めてか? まぁ、この辺では少ないかもしれんの」
「さまらぞく?」
大きな頬袋を作ったトリューも尋ねる。頭には疑問符が浮かんでいる。
──サマラ族。確か長命で…外見は子供のような小柄な種族、だったか。
知識としては知っていたが、本物を見るのは初めてだ。
「おんし、姓をバルモアと言ったか。エルデールの出身じゃな」
「わかんの?」
「知識を集めるのが趣味でな。確かに、サマラに限らずあの地を好んで居着く者は少ない。知らんのも当然じゃな」
ほっほ、とマハトはにこやかに笑う。
「して、何故竜の眼を求める? エルデールは長く竜と人とが争う地じゃ。得れば破滅さえ招きかねん。易々と教える訳にもいかんの」
その言葉に、トリューは押し黙った。ティファはトリューをじっと見ている。トリューは俯き、ぐっと何かを堪えているようだった。
「…理由は…言えない。でも、必要なんだ」
トリューはマハトに視線を向ける。その眼差しは強く、決意と覚悟が伺えた。
「そうか…」
マハトは飲み干した紅茶を置き、女性におかわりを注文した。
「しかし、期待させてすまんがの。竜の眼についての情報は、わしも詳しくは持っておらんのじゃ」
「えー! なんだよもったいつけて!」
「ほっほ。まぁ焦りなさんな」
マハトはそう言って、分厚い手帳を取り出した。中を開くと、乱雑な文字がびっしりと書き込まれていた。
「今調査しておる祭祀遺跡じゃがな。遥か昔、神話の時代からある貴重な遺跡じゃ」
「神話…」
「石材の年代だけでも気が遠くなるほど古い。神話がただの作り話とも思えなくなる場所じゃよ」
「そんなに古いのか?」
「うむ。だからこそじゃ」
マハトはゆっくりと頷いた。
「竜も古いものは神話から登場しておる。何か手掛かりがあるかもしれんの」
トリューは「へえ…」とマハトの手帳を覗き込んだ。ティファも覗いてみるが、何が書いてあるのかはさっぱりわからない。
「字ィ汚すぎだろ」
「わしが読めればいいんじゃ」
マハトはパタン、と手帳を閉じ、追加された紅茶を手に取る。
「さて、じゃが問題もまだあっての」
「まだあんのか」
「実は祭祀場の奥に魔物が住み着いておってな。調査の手が止まっておる。そこでじゃ」
マハトは二人を見て、にっと口角を上げた。
「そやつを討伐してくれんかの? もちろん報酬は出すし、竜の眼に関する情報があれば教えよう」
「ほんとか!」
マハトはにこにこと茶を啜った。トリューはぐりん、と首を回し、ティファを見る。
「ティファ!」
「…無茶はしないぞ」
「しない!」
「…本当か?」
「ほんとう!」
「まぁ…報酬も出るしな」
「よっしゃ!」
トリューは固く拳を握った。先程の真剣な眼差しはどこへやら。
「行くのはいいけど、ちゃんと準備してからだからな」
「わかった!」
マハトは終始、にこやかに茶を啜っていた。




