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やどりび  作者: ファット爺
第三章
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23/79

手放せないもの

 翌朝。

 二人は山頂付近の岩場を越え、反対側へと下り始めた。

 高所特有の荒々しい景色は徐々に姿を消し、代わりに緑が増えていく。

 山腹には木々が根を張り、所々には獣道らしき跡も見えた。

「やっと山らしくなってきたなー」

「じゃあ今までは何だったんだ」

 そんな軽口を交わしながら、二人は遺跡を目指して歩みを進める。

 さらに下って行くと、木々は深く生い茂り空を覆う。反対側とは、険しさも異なるように思えた。

「時間がわからなくなるな」

「腹が減ったら夜だよ」

「雑か」

 だがわからないではない。湧き水を見つける時間もあるのだし、早めに野営の準備をしようとティファは足を止めた。

「…」

「どうした?」

 トリューは何かを察知したかのように、木立の奥を見ていた。

「…なんかいるな」

「獲物か?」

「わからん。ついでに見てくる」

 トリューが水を探しに行く間、ティファは双剣で草場を切り開き、焚き火を作る。

 ついでに何か獲物でも見つけてくればいいが、と淡く期待しながら火を付けた。

 ──パチパチと音を立てる木の音が心地良い。

 鍋の準備でもしておこうかと、鞄に手を掛ける。そこで、遠くから声が聞こえた。──トリューだ。

「──…!」

 遠い。何か言っているが、聞き取れない。

 さらに耳を澄ませると、慌ただしく走って来る音がする。

 ──何かを、壊しながら。

(魔物か!)

 ティファは双剣を構えた。

 破壊音は、すぐそこまで近づいている。


 ドォン!


 木立を突き破り、トリューと共に熊より巨大な魔物が現れる。

 木屑が舞う。一瞬ティファを認めた魔物の視線を縫い、トリューが振り向き様に横腹を薙ぐ。

 しかし、厚い毛皮に覆われた皮膚に刃は届かない。

「ふっ!」

 ティファも回転撃を与えるが、ダメージは与えられないようだった。

「かったいな…!」

「こいつなんのウサギ!?」

「こんなでかいウサギいてたまるか!」

 長い耳だけは妙にウサギに似ている。だが太く鋭い爪と牙は、獲物にするには凶暴過ぎる。

 ティファはもう一度連撃をくわえようと踏み込むが、自分よりも早く魔物の爪がティファに迫っていた。

「ち…!」

 毒づきながら後方へ飛び退く。その隙に、トリューは魔物の頭上へ飛んでいた。

 ──しかし。

「あだ!」

 トリューは太く伸びた木の枝に激突した。

「なにやってんだ!」

「〜〜〜! 木ィ邪魔!」

 文句を吐いたところで、木が避けてくれるわけでもなし。

 炎で燃やせばあるいは──とも考えたが、山火事になったら取り返しがつかない。

 ティファは急いで二人分の荷物を担ぎ、地を蹴った。

「トリュー! 走れ!」

 ティファの声を聞き、トリューも走った。

 魔物は、迷わず二人を追ってくる。

「どこ行くんだ!?」

「とりあえず広い場所!」

 ──正直、そんなものがあるかは怪しい。

 しかし、足場も悪く木々に遮られる山中では、消耗戦になる。トリューの機動力も活かせない。

 半ば、賭けだった。

 ティファは記憶を頼りに、目的の村がある方角へ下った。

(既に中腹まで来てる…! 急げば…!)

 山さえ降りれば。そう思い、必死に走った。

 追って来る魔物の爪は、トリューがなんとか防いでいる。

 だが、魔物は痺れを切らしたように咆哮を上げる。木々を薙ぐ腕は一層強まり、徐々に距離を詰められる。

「こんの…!」

 迫る爪を槍で弾いた先。魔物はさらに間合いを詰めた。

 ──攻撃が、届く。

「トリュー!」

 トリューは横方向に弾き飛ばされた。勢いは強く、激突した太い幹がへし折れる。

「いって…」

 トリューは腹を押さえた。腕からは血が流れている。

「こいつ…!」

 ティファはトリューの荷物を片手に、双剣を構える。

 しかし、対峙する間もなくトリューは叫んだ。

「ダメだ! 走れ!」

 魔物の腕が飛んでくる。爪は剣でガードしたものの、ティファも後方に吹き飛ばされた。

 体勢を立て直したトリューはティファの襟を掴み、引き上げて走る。

「あいつゴーレムよりかてェ! 早ェし強ェし、まず逃げるぞ!」

「…わかった…!」

 ティファもやられた脇腹を押さえ、必死に走る。

 そのうち、前方の木々が不自然に途切れているのが見えた。

(開けた場所か…!)

 足場の悪い山中よりは戦いやすいはず。信じて足を走らせた。

 しかし、あと一歩のところで魔物の爪がティファを襲った。

 ティファは吹き飛ぶ。投げ出された体は木々を抜け、広い場所への着地を待つ。

 ──はずだった。


「──やば」


 眼下の地面は、遥か遠く。深い森のせいで、土さえ見えない。

 ティファは、崖から放り出されていた。

「ティファ!!!」

 トリューが叫ぶ。しかし、ティファの体は重力に逆らうことなく、落下していく。

(これは…死ぬな)

 妙に冷えた頭だった。

 無重力。風を切る音。どれも穏やかで、心地良くさえあった。

(なんか…覚えがあるな)

 なんだったか。霞がかった脳裏に映像が過ぎる。

 冷たいアスファルト。曇った空。サイレンの音。

 ──そう、そうだ。私は前にも、死んでいる。

 疲れた。そう、疲れたんだ。生きることに。


『いつか、あなたの答えを聞かせてちょうだい』


 ──ごめんシスター。約束、守れそうにない。

 ティファは静かに目を閉じる。

 死は、優しい。

 神様いるんなら、もう地獄には堕とさないでくれ。

「──…!」

 声がする。私はこの声を、知っている。

「ティファ!!!」

 ティファは目を見開いた。トリューが一緒に、落ちてきている。

「トリュー…!」

 トリューはティファを抱えると、崖に向かって槍を突き刺した。

 槍の先端は、大きな音を立てて岩肌を削っていく。落下速度は、変わらない。

「止まれ…この…!」

 トリューは一段強く、力を込める。

 しかし飛び出た岩に槍が弾かれ、二人はそのまま崖下の大樹へと叩き落とされた。

 視界が反転する直前、トリューが強くティファを抱き寄せ、自らの背中を地面へと向けたのを最後に、ティファの意識は途絶えた。



「──ファ! ティファ! おい! 生きてるよな!?」

 ティファが目覚めると、トリューが顔を覗き込んで名前を呼んでいた。

「…生きてるな」

「良かったーー! びっくりしたまじでー!」

 トリューはどさ、と後ろに手を突き、脱力した。

 どのくらい気を失っていたのだろうか。もう辺りはすっかり暗くなっている。

 起き上がると、体に鈍い痛みが走った。

「…どうやって助かった?」

「さあ? 運が良かったんじゃね」

 トリューは何でもない様子で、けらけらと笑っている。

 ──そんなはずはない。

「背中見せろ」

「え」

「いいから見せろ」

「おわっ」

 トリューの肩を掴み、無理矢理体を捻る。──トリューの背中は服が裂け、血まみれだった。

「…」

 ティファはほとんど無傷だった。なのに、どこかもわからない場所が痛む。

(私を…庇ったんだな…)

 傷を見ても、何も言えない。言葉が見つからなかった。

 トリューは気まずそうに、背中を丸めている。

 ティファはトリューの背中に手を当て、マナを集中させる。

 優しい光は、少しずつ傷を塞いでいく。

「…ごめん」

 ぽつり。零れるような声だった。梟の鳴き声が静けさを際立たせる。

 ──言わないほうがいい。トリューはそんなこと思わない。

 短い付き合いだが、それくらいはわかる。

 心臓がちくりとする。棘が刺さったような痛みだ。

 それでも、腹に居座った燻りが口を突く。

「私は…ついてこないほうが良かったな…」

 元々、自分にとって〝便利〟だったから同行したようなものだ。

 利用した。結果、救われた。そして、失いかけた。

 ──強くなったつもりでいた。守れるようになったつもりでいた。

 自分は、あの雪の日から、何一つ変わっていないのかもしれない。

 俯き、トリューの傷を見る。痛々しい。

 ふと、視線に気づく。トリューは首を傾げ、こちらを見ていた。

「なんで?」

 トリューは眉を曲げ、心底「わからない」という顔をしていた。

「いや…私が一緒じゃなければトリューは…」

「俺ティファと一緒じゃなかったら、炭鉱で死んでたと思うぞ?」

 きっぱりと。迷いのない声でトリューは述べた。

「俺虫嫌いだし、地図も読めねえし、あのゴーレムは一人じゃきついだろー」

 あと飯も宿も奢ってくれたし、とティファの行動を指折り数える。

「それにほら、今も怪我治してくれるし」

 トリューはにっと笑った。背中の傷は、とりあえず塞ぎきった。

「…腕もだよな」

「おー、ありがとー」

 トリューは無邪気に血に濡れた腕を差し出した。──骨は痛んでいないようだ。

「俺は頑丈なほうだけど、怪我は治せねえし。俺ができねえこといっぱいできるティファがいてくれると助かる」

 鍋も持ってるしなーと笑いながら、トリューは続けた。

 ティファはふ、と眉を下げる。

 ──なんだか、悩んでいるのが馬鹿らしくなってくるな。

「じゃあ、村に着いたらトリューの皿も買うか」

「お、いいの?」

「売ってたらな」

 夜が更ける。血は止まった。

 どうやら、棘も外れたようだ。

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