次の依頼まで
翌日、親方は目覚めた二人に報酬を渡そうと声を掛けた。
しかし、ティファとトリューは律儀にも「まだ魔物残ってると思うから」と受け取りを断る。
その代わり、坑内を案内できる炭鉱夫の同行を求め、親方もそれを許可した。
「仁義のある奴は嫌いじゃねえ」
「そんな堅いもんじゃないよ」
「仁義ってなに?」
案内には親方が同行した。坑道を知り尽くした親方の案内と、トリューの五感で魔物は二日で掃討された。
炭鉱内のランプにも発光石を補充し、作業再開も間もなくだ。
「さあ、いよいよ報酬の話といこうか」
村に戻ると、二人は親方の家に招かれた。大きなテーブルを挟み、どん、と構えた親方の前に座る。
「待ってましたー」
トリューはパチパチと手を叩き、楽しそうに笑っている。
探し物をしている、と言っていた。その割には、あまり喜んでいないようにも見える。
親方はずい、と小さな木箱を差し出した。蓋を開けると、中には青い宝石のような石が入っていた。
「これが秘宝…?」
「綺麗だけど…石にしか見えないな」
「ただの石じゃねえ。カーバンクルの魔石だ」
親方はふん、と得意そうに鼻を鳴らした。ティファとトリューは首を傾げている。
「昔会った旅人にな。賭けで勝って貰ったんだ。どんな重症でも──たとえ腕が吹き飛ぼうが内臓をやられようが、一回だけ完全に治してくれる使い魔が封印されてるらしい」
「へえ…」
ティファは石を手に取って眺める。
この中に使い魔が。カーバンクルという響きから、なんとなくモコモコした魔法生物を想像した。
──見たいかもしれない。
「どうやって呼び出すんだ?」
「マナを流して、名前を呼べばいいらしい。俺はマナを扱えねえからよ。宝の持ち腐れだった」
親方はそう言って、コーヒーの入ったマグに口をつけた。
「売っても良かったが…今となっちゃあ持ってて良かった。お前らが来てくれたからな」
に、と細い目をさらに弓形にして、親方は笑う。──最初の威圧感はとうに感じない。
「トリューの探し物はこれか?」
ティファは隣に座るトリューを見る。トリューは難しい顔で石を見ていた。
「いや…違う。んー、初めから当たるわけねえかぁ」
トリューは脱力して頭を掻いた。
秘宝──あるいは、それに近いものを探しているのだろうか。
「もう一つはこれだ。遠慮なく受け取れ」
親方はさらに古びた布袋を取り出した。どさり、とテーブルに置かれた袋からは、金属が擦れる音がする。
毛羽だった口紐を緩めると、中からは大量の金貨が顔を出した。
「うお、すげ」
「こんなに貰っていいのか?」
「もちろんだ」
親方は大きく太い腕を組み、うんと頷く。
「お前らが持ち帰ってくれた魔核だがな。ありゃ発光化した結晶石だった」
「「けっしょうせき?」」
声を揃えて疑問符を浮かべる。聞いたことがない名前だ。
「高純度のマナが蓄積されて、結晶化したもんだ。ゴーレムの腹ん中で、発光石が長いこと蓄積されて結晶化したんだろうよ。石とは比べ物にならねえ価値がある」
「へえ…」
親方の話を聞きながら、そんな物もあるのかと感心した。見つければ一攫千金だろうな、とティファは他人事のように考えた。
「うちは石で飯を食ってるがな。石ってのは無限に湧いてくるもんじゃねえ。資源が底を尽けばこの村は終わる。だから…この結晶は村の為に大切に使わせてもらうつもりだ」
親方は、村の未来を見ていた。何年、何十年と先。例え石を掘り尽くしたとしても、村が終わらなくて済むように。
「うん。そうしてくれ」
報酬目当てで立ち寄った村だった。結晶石の価値はよくわからない。
それでも、親方が大事そうに語る未来だけは少し理解できた。
ティファはなんとなく胸が温かくなって、口元を緩めた。
それはトリューも同じようだった。
「あ、それはそうとおっちゃん」
トリューは飲みかけのお茶を置き、口を開く。
「竜の眼って知らない?」
りゅうのめ。ティファはトリューに顔を向けた。
なるほど、それが探し物か。
「なんか、伝説の秘宝とかいろんな呼ばれ方してるらしいんだけど」
「竜の眼か…」
親方は天井を仰いで、腕を組み直した。
「いや、悪いが心当たりはねえな。聞いたこともねえ」
「そっか〜」
トリューはがくん、と肩を落とした。大切な物なのだろうか。
「だが、山向こうに古い遺跡があったはずだ。学者も何人か滞在してる。そいつらなら何か知ってるんじゃねえか?」
「ほんとか!」
トリューはガタン、と親方に向き直った。
「山向こうってどっち!?」
「ここからだと北西だ。魔獣も出る険しい道だから、行くんなら気をつけろよ」
「わかった!」
トリューはお茶を一気に飲み干すと、槍を担いで立ち上がった。
「教えてくれてありがとな! 行ってみる!」
「もう行くのか。忙しねえこった」
トリューは旅包みを槍に縛ると、大きく手を振って親方の家を後にする。
ティファは親方に礼をいい、報酬の魔石と金貨袋を受け取ると慌ててトリューを追いかけた。
「待て! トリュー!」
「ん?」
さっさと先に進んでいたトリューに、ようやく追いついた。
「あ、そうだ。ティファにも礼言ってなかった。一緒に来てくれてありがとな! 俺、山向こう行くから!」
「いやそうじゃなくて…! 分け前!」
あっさりとした別れで清々しくはあるが、分配はきちんとしなくてはならない。
「お前…報酬受け取ってないだろ」
「ああ。いいよ探しもんじゃなかったから」
ティファにやる、と言ってトリューは笑っている。
高価な物ではあるはずだ。金銭に頓着がないのだろうか。
「じゃあせめて金貨。半分受け取れ」
「えー。でも最初に言ったろ? 金貨のほうはティファにやるって」
律儀なのかなんなのか、トリューは報酬を受け取ろうとしない。
「この先も無一文でどうする気だ」
「まぁなんとかなるだろ」
なるだろう。確かに。この男なら。
戦闘能力は申し分ない。くわえて人柄の良さもある。次の村人とも自然に打ち解けそうだ。
だが、しかし。
「…また手ぶらで山越えするのか?」
「あー…」
トリューはぴたりと足を止め、空を仰いだ。
山越えにどのくらいかかるか聞いてなかった。そういや地図も持ってねえな。あっても読めんけど。
野宿は別にいいけど…また味のない肉焼くだけかぁ。
ふと、トリューは目の前にいるティファの鞄に目をやった。
(そういやこいつ…いろいろ持ってるんだよな)
戦闘では合わない。痛感した。強いのは認めるが、正直言って邪魔だった。
それでも、炭鉱踏破はティファがいないと確実に不可能だった。それだけはわかる。
視線に気づいたティファは、怪訝そうに眉をひそめた。
ティファには特に目的地がない。移動に馬車を選べるほど、金は貯まった。
それでも、今後の旅で野営は避けられないだろう。
(こいつ飯はうまいんだよな…)
ティファの脳裏に野営時の食事が過ぎる。ただの猪肉があんなに美味くなるとは思わなかった。
地図を読めない。常識もあやしい。
戦闘の相性は最悪だったことも忘れてはいない。勝手に動き回る味方は非常に厄介だった。
それでも身体能力、戦闘力の高さ。森の中で湧き水を見つけた聴覚や、暗闇で獲物を捉える五感の鋭さは認めざるを得ない。
二人はしばし見つめ合う。互いに、品定めをするような目で。
先に口を開いたのは、ティファのほうだった。
「…次の依頼までなら、付き合ってもいい」
「なんで上から目線」
トリューは半目で返した。しかし、利害は一致している。
「じゃあ次の依頼まで」
「次の依頼までな」
相性は最悪。ただ、一緒にいると少しだけ便利。
そんな建前を抱えて、二人は次の村へと歩き出した。




