炭鉱踏査② 噛み合わない二人
炭鉱調査に入って、しばらくの時間が経過した。
暗い坑内では、昼も夜もわからない。
体感では昼前だろうが、時計でも借りてくればよかったな、とティファは零した。
進行方向を照らしながら、ティファが前を歩く。トリューは少し後ろを、耳を澄ませながらついてきている。
ふと、トリューが立ち止まる。何かに気づいたらしい。
「なにか気づいたか?」
「…音がする」
トリューは音の元を辿って、更に耳を澄ませた。
「なんだ? この音…」
「どんな音だ」
「なんか…時々カサカサって這うような…」
カサカサ。這う。
聞いている魔物は、ゴーレム、石コウモリ、鉱石スライム。他には、石喰いというアナグマに似た魔物がいるとも聞いているが、そいつだろうか。
「どこから聞こえる?」
「いや、今は聞こえな──…」
言いかけて、トリューは青ざめた。
ふと、上を見る。その表情は引き攣り、恐怖に満ちていた。
「…ティファ」
「…うん」
ティファも上を見る。そこには、巨大な蜘蛛が口を開けてこちらを覗いていた。──鉄蜘蛛だ。
姿を確認すると、蜘蛛は硬い糸を飛ばして攻撃してきた。
ティファは弓を構え、矢をつがえる。
「トリュー、私が矢で牽制するから…」
ティファの言葉を聞いているのかいないのか、トリューは槍を構えたまま動かない。
「トリュー!」
「無理!!」
「はぁ!?」
ティファが一瞬トリューを見た隙に、鉄蜘蛛が襲って来る。
回避はしたが、足元の地面は抉れていた。油断すれば致命傷では済まない。
「お前…真面目に…!」
「無理無理無理! 気色悪い!」
なにを乙女のような事を。
ティファのこめかみの青筋が音を立てて浮き出る。鉄蜘蛛はなおも二人への攻撃をやめない。
「おっまえ…! 死にたいのか!」
「無理なもんは無理なんだって! 雪国にあんな虫いなかったんだよ!」
「ここは雪国じゃない!」
「わかってら!」
言い合いながらも、ティファは飛んでくる爪を弾く。
しかし、徐々に奥へと追い込まれてきている。
「〜〜〜ッ!」
苛立ったティファは避けながら双剣に持ち替え、半ば強引に前脚を2本斬り落とした。
しかし、残った手脚がティファの背中を突き刺そうとしている。
その爪がティファに届く直前、飛び上がったトリューの槍が横合いから鉄蜘蛛の脚を貫いた。
トリューは苦々しい顔をしている。
「戦えるんじゃないか!」
「あぶなかったろ! もうヤケだよ!」
開き直ったトリューが残りの脚にも槍を突き刺す。鉄蜘蛛の体液が飛び、トリューはまた悲鳴を上げている。
(あと三本…!)
機動力は削いだ。脚も今ならトリューに任せられる。
ティファはその場に深く身を沈めた。その筋力をバネに、勢いよく突進。
何度も、何度も練習した、先代の技。
「旋廻刃」
縦方向の回転撃が、鉄蜘蛛の頭部を深く斬りつける。
嫌な汁が四方に飛ぶ。それでも、ティファは見逃さなかった。
割れた頭部から、赤い魔核が僅かに見えた。
「トリュー!」
「これ…だな!」
トリューは飛び上がり、魔核に向かって深く深く槍を突き刺した。
鉄蜘蛛は雄叫びを上げると、その場に倒れて絶命した。
「ふう…」
ティファは一つ息を吐いて、剣についた体液を払った。
「うあああ…ベタベタする…気持ちわりぃ…」
トリューはまだ泣きそうな顔で体についた体液を払っていた。
そんな様子を見て、ティファはもう一つ嘆息した。
「大体、虫なんか森にだっていただろうに…」
「あいつらは小せえし! 襲ってこないし!」
虫嫌いというのは理不尽なものだな、とティファは肩を竦めた。
昔、アンナも似たような事を言っていた気がする。
「まぁ…でもありがとう」
怖いものでも立ち向かってくれたのだから、そこは感謝しておこう。
自分だって幽霊とか、殴って倒せるかわからないものは苦手だ。
改めて弓を背負い直し、先に進もうと踵を返す。
しかし、今度はティファにもわかるほど、何か異様な音がしている。
「もー…次はなんだよ…」
「気づかなかったのか?」
「蜘蛛でいっぱいいっぱいだわ」
トリューは肩を落とし、槍を構える。ティファも双剣を握り直し、音に備える。
しかしその音は、進行方向からは聞こえない。後ろからでもない。
「まさかな…」
ティファは壁を見遣る。トリューも音を捉えようと耳を澄ませている。
そして、ティファの予感は的中したらしい。
壁がボゴンという音を立てて陥没した。同時に、石喰いが飛び掛かってきた。
ティファは剣で止めようとするが、足元の鉄蜘蛛の体液で滑り、体勢を崩した。
「あぶね!」
トリューに引っ掴まれ、後ろ手に投げられる。おかげで回避はできた。
実物の石喰いは、聞いていたより大きかった。狼くらいのサイズはある。
──こんな図体であちこち掘り回られたら、たまったもんじゃない。
「トリュー、こいつは大丈夫だな?」
「おう、虫じゃなきゃ余裕!」
槍を構え、突きを繰り出す。──だが素早い。
当たっても、背中に生えた鉱石で弾かれてしまう。
「こんにゃろ!」
トリューは持ち前の素早さで、石喰いを追い込む。だが、決定打に欠ける。
ティファは矢で援護しようと再び武器を持ち替えた。
──本体に当たらなくてもいい。トリューが仕留められるよう、動きを牽制すれば…
石喰いとトリューの距離が僅かに開いた時、狙いを定めた矢を放つ。
──しかし。
「うおお!?」
矢は石喰いではなく、一気に距離を詰めたトリューの足を掠めた。
「あっぶねえな! どこ狙ってんだ!」
「お前こそ! なんでそこにいるんだ!」
普段穏やかなトリューにさえ、苛立ちが見えた。ティファの額にも、青筋が刻まれている。
「動いた先撃てよ!」
「お前の動きなんかわかるか!」
正確に狙おうとしても、トリューは素早いし動きにも規則性がない。
このまま手を出さずにいようかとも思ったが、ここは先の鉄蜘蛛との戦闘跡現場。更に石喰いが開けてきた穴もある。
早く片付けないと、崩落が起きる。
ティファはもう一度矢をつがえる。
今度は慎重に、トリューに当たらないように。
次は石喰い本体を狙った。だが、石喰いは背中の鉱石で矢を弾くと、後方へ退いてしまう。
そこにトリューが追撃するが、石喰いには当たらない。
「だから! なんで逃すんだ!」
「弾かれたんだ! 動きは一瞬止めただろうが!」
そこを狙えよ! とティファはがなる。トリューもトリューで、急に獲物の位置を変えるなと怒鳴っている。
最悪だ、とティファは思った。
今までは、本当に運が良かっただけなのだろう。
二人の戦闘スタイルは、それほどまでに噛み合っていなかった。
「もーーあったまきた!」
トリューは短気を起こしたのか、槍を放り素手で石喰いに向かう。
「バッ…!」
トリューは左腕を噛まれる。鋭い牙が深く肉に突き刺さる。
すると右手で思いきり首を掴み、高々と掲げる。
石喰いはトリューから逃れようと、必死に暴れている。
「こいつ斬れ!」
ティファは返事もせず駆け出した。双剣を片方握り、踏み込む。
そして首を一閃。離れた胴がべちゃりと下に落ちる。
トリューは石喰いの頭を離し、左手を振った。
「うい〜〜ててて」
「見せろ」
随分強く噛まれたようだが、出血量の割に傷自体は深くない。骨も無事のようだ。
ティファはトリューの腕を癒しながら尋ねる。
「なんであんな無茶したんだ」
「だってティファの矢危ねえし…後で治してもらったほうがいいと思って」
再び、ティファのこめかみがピキリと鳴る。
下手くそと、確かにそう言われた気がした。
言いたい文句は次々浮かんでくるが、自分の腕が未熟なのは承知の上なので、とりあえずは引っ込めた。
それでも。
「トリューだって鉄蜘蛛に怯えてただろうが」
「あれはまじで無理! 二度と戦いたくねえ!」
「ダメだ。戦え」
トリューは「うう〜」と青い顔で唸っている。
ひとまず応急処置を終え、今度こそ進もうと奥へと足を向けた。
しかしまだ、なにか嫌な予感がする。
「トリュー」
「なんだ?」
ティファは周囲を見渡している。
──石喰いが空けた穴。鉄蜘蛛に抉られた地面。そして、親方の言葉。
『崩落に気をつけろ。穴にもな』
地盤が緩んでいる可能性は、十分にある。
「崩れるかもしれないから、足元は慎重に…」
「あー、こういうとことか?」
トリューは足元の地面を、槍の柄でコンコンと叩いた。
「確かにこの下、空洞っぽ──」
「だから触るなって…!」
ピシ。地面が鋭い音を立てた瞬間、その亀裂は瞬く間に広がった。
そして、崩れた地面は岩と共にトリューを飲み込んでいく。
「あああァァァァァ──……」
「だから言ったのに!!」
トリューがいた場所は崩落した穴だけが残った。
「トリュー! 生きてるか!?」
声が反響する。下もかなり広い。
「ティファー!」
下からトリューの声がする。どうやら無事のようだ。
ティファはホ、と胸を撫で下ろした。
続けて更にトリューが叫ぶ。
「なんか下着いたー!」
返ってきた能天気な言葉に、ティファは頭を抱えた。
生きてただけ良かったと思うべきか…殴るべきか…。
「今降りる。そこを動くな」
「わかったー!」
戦闘や索敵では、割と頼りになるのに。
──蜘蛛以外は。
そう付け足して、ティファは更に地下へと降りて行った。




