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やどりび  作者: ファット爺
第二章
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15/82

旅包みとサッチェル

 出発の旅路。ティファは頭を抱えていた。

「…その袋、なにが入ってる?」

 トリューが担いだ槍。その先に結ばれた風呂敷包みのような袋を指差す。

 どう見ても、この先宿無しで二日も歩く旅装には見えない。

 トリューは自分の旅包みを見て、「これか」と呟く。

「えーっと、水と着替え」

「…他には」

「? ない」

 信じ難い。金がないとは言っていたが、とても一ヶ月先に旅を始めた人間とは思えない。

 ティファの呆れをよそに、トリューは「あ、干し肉もあった!」などと呑気に笑っている。

「まぁ…行けなくはないか…」

「なんか言った?」

「なんでも」

 ティファはミィデ達とのサバイバルを思い返した。

 当時は本当に大変だったが、今は昔より狩りの腕も上達した。炎魔法も、多少の治癒も使えるようになった。その気になれば、自分だって手荷物など無くても生きてはいける。

 あとは、トリューの腕次第。

「とりあえず、行こうか」

「おう!」

 ティファは半ば諦め気味に。トリューは楽しそうに。

 相反する二人は、揃って宿を後にした。



 街道を真っ直ぐに進み、やがて夜が来る。

 もう半分ほどは歩いただろうか。

 酒場の店主は「二日ほど」と言っていたが、この調子なら明日にでも炭鉱近くの村に到着できそうだ。

「この辺で野営するか」

「もう歩かないのか?」

「夜に活動する魔物もいるだろ」

 トリューは「そっかー」などと、相変わらず呑気だ。危機感が薄いのだろうか。

「トリュー狩りはできるか?」

「ん? なんか食う?」

 街道を外れ、森付近まで近づく。トリューは包みを下ろし、ティファに尋ねる。

「いいぞ。なに獲ってくる?」

 ──自信はあるようだ。よく見れば、かなり鍛えられた体をしている。

 ほとんど手ぶらで旅をするだけの実力はあるのだろう。

 任せても良かったが、ティファは一抹の不安を拭い切れなかった。

 ──この男は、ここに戻って来られるのだろうか。

「…私も行く」

「おー。じゃあなんか獲物探そうぜ」

 結局、後者を選択した。トリューはティファの心配も知らず、けらけらと笑っていた。

 トリューはもう一度包みを槍に結び、ティファについて行く。



 森は案外暗かった。夜の狩り経験は少ない。勝手知ったる森でもない。

 ティファは慎重に草を分けて歩いた。

 一方で、トリューは遠慮もなくずかずかと森を踏み歩く。

「おい」

「ん?」

「あんまり先に行くな」

「なんだー。怖いのか?」

「勝手に先行するなと言ってるんだ!」

 つい声を荒げてしまった。頭上のカラスが羽ばたいて行く。

 ティファのこめかみには、再び青筋が浮かんでいる。

「大丈夫だって。あっちになんかいるし」

 トリューは特に気に留めてもいない様子で、進行方向を指差す。

 ティファも指の先に目を向けるが、何も聞こえないし、何も見えない。

「本当にいるのか?」

「いるいる。たぶん猪じゃねえかな。魔物かもしんねえけど!」

 食えるやつだといいなーと笑いながら、トリューは再び足を進める。

 ティファは少し驚いて、目を見張った。半信半疑のまま、トリューについて行く。

「お、いた」

 トリューが足を止める。ティファも草陰に身を隠す。

 暗闇に目を凝らすと、遠くで何かが動いているようにも見えた。

「あれが見えるのか?」

「うん。そんなでかくねぇけど猪だ。当たりだな」

 トリューは立ったまま、闇の先を見ている。ティファは再び目を見開いた。

 こいつ、この距離で見えるのか。

 その眼差しは、尊敬のような、畏怖のような。

「でも、この距離じゃさすがに矢は当たらないな」

 ティファは立ち上がり、弓を構える。近づこうとすると、トリューは制止した。

「待て待て、これ以上は気づかれる」

「じゃあどうするんだ」

 ティファは一旦弓を下ろす。

「ちょい持ってて」

 トリューは槍の先の旅包みを、ティファに預けた。

「え」

 槍を担ぎ直すと、軽やかに森を駆けて行く。

(はや…)

 それはまるで、風のようで。

 ティファが呆気に取られていると、遠くで声がした。

「ティファー!」

 トリューの声は、暗闇の中でもよく透った。

「獲ったー!」

 戦果を掲げる子供のような、明るい声だった。

 ティファはふ、と眉を下げて、声の方へ向かう。

 トリューは高々と、猪を掲げて笑っていた。



 猪の解体は、ティファが担当した。もう、とうに手慣れたものだ。

「おーすげえ。職人みてえ」

 トリューはティファの手捌きを見ながら、感嘆を漏らしている。

「トリューも、狩り上手いんだな」

 ティファは手を止めずに、感想だけ述べた。

 事実、トリューの素早さは見事だった。

「へへー。ガキん頃からやってたしなー」

 適当に草場を開いた森の中。トリューは足を伸ばして座っている。

 それは自慢げでもあり、当然のようでもあり。トリューの人柄が、一段見えた気がした。

 解体を終えたティファは、集めた薪に指先で火を点けた。

 トリューはまた「おー」と感動している。

「ティファは火出せるんだなー」

「トリューは魔法使わないのか?」

「んー、ちょっと氷出せるくらい。あんま役に立たねえ」

 氷も十分凄いけど。とティファは呟く。自分は炎しか覚えられなかった。

 トリューを横目に見ながら、ティファは肩に掛けたサッチェルを下ろし、鍋を取り出す。

 続いてナイフ、食器、カトラリーに木杓子、小型のまな板。手拭き用の布に、革製の水袋。

 塩も旅人には欠かせない。

 次々に出てくるティファの持ち物を見て、トリューは目を丸くしている。

「ティファの鞄って、魔法の鞄かなんか?」

「ふつうの鞄だよ」

 幼馴染が作ってくれた、と付け加えて、地図やランプも取り出す。寝る用の毛布も。

「めっちゃ出てくるじゃん」

「整理して入れてるんだよ」

 旅の準備は念入りに、と持たされた物達だが、思い返してみれば自分も軽装で旅立とうとしていた。

 割とトリューと似た部類だったのかもしれない。

「待って、鍋あるんなら水入れて」

 トリューが立ち上がる。「水を」と言われたが、飲み水はあまり消費したくない。

 そう伝えると、「じゃあ俺の使って」と水袋を渡された。

 ティファが声をかける間もなく、トリューは夜闇に溶けていった。

 仕方ないな、と言われた通りトリューの水を使い、猪肉を煮て待つ。

 しばらくすると、トリューは木の実や草を抱えて戻って来た。

「これ入れて。香草はちょい刻んで」

 渡された草は、鼻を擽るいい香りがした。

 トリューは採ってきた木の実を鍋に放り込む。ティファも、まぁ味が良くなるなら、と香草を刻んで鍋に入れた。

「トリューの水、使って良かったのか?」

「ん? うん。あっちに湧き水ある。明日汲みに行くよ」

 あっち、と指差された方角は、猪を仕留めた方角とは違っていた。

「なんでわかる?」

「水の音するじゃん」

 当然のようにトリューは言うが、ティファには全く聞こえない。

 ティファは、トリューを見て少し戦慄した。

 こいつ、恐ろしく耳がいい。

 耳だけじゃない。暗闇で猪を捉えた目も。異常と言っていいほど、五感が鋭い。

「お。そろそろいいかな」

 ティファの表情には気づく様子もなく、トリューは「木杓子貸してー」とねだる。

 鍋の蓋を開けると、食欲をそそる香りが広がった。

 トリューは中身を混ぜ、ティファの皿に煮込まれた肉と木の実を注ぐ。

 食器は一人分しかないので、トリューは鍋のまま木杓子で食べ始めた。

 皿によそわれた食事をスプーンで拾う。──いい匂いだ。

 そのまま口に運ぶと、柔らかく煮込まれた猪肉と、木の実の旨みが口一杯に広がった。

「…うま」

「だろー?」

 トリューは得意そうに笑う。豪快に肉を頬張る様は、見た目の年齢より随分幼く見える。

「料理できるのに、なんで鍋持たないんだ」

「え。だって邪魔じゃん」

 荷物増やしたって失くすし。そう続けて、トリューは最後の一口を頬張った。

「…」

 ある程度のサバイバルを覚悟していたティファは、トリューの意外な特技にも驚きつつ食事を進めた。

 これは、明日も鍋を貸してやってもいいかもしれない。


 やがて火を消して眠りに就く時。

 さっさと寝息を立てるトリューの寝顔を見て、昨日の件は帳消しにしてやろうと決めた。

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