旅包みとサッチェル
出発の旅路。ティファは頭を抱えていた。
「…その袋、なにが入ってる?」
トリューが担いだ槍。その先に結ばれた風呂敷包みのような袋を指差す。
どう見ても、この先宿無しで二日も歩く旅装には見えない。
トリューは自分の旅包みを見て、「これか」と呟く。
「えーっと、水と着替え」
「…他には」
「? ない」
信じ難い。金がないとは言っていたが、とても一ヶ月先に旅を始めた人間とは思えない。
ティファの呆れをよそに、トリューは「あ、干し肉もあった!」などと呑気に笑っている。
「まぁ…行けなくはないか…」
「なんか言った?」
「なんでも」
ティファはミィデ達とのサバイバルを思い返した。
当時は本当に大変だったが、今は昔より狩りの腕も上達した。炎魔法も、多少の治癒も使えるようになった。その気になれば、自分だって手荷物など無くても生きてはいける。
あとは、トリューの腕次第。
「とりあえず、行こうか」
「おう!」
ティファは半ば諦め気味に。トリューは楽しそうに。
相反する二人は、揃って宿を後にした。
街道を真っ直ぐに進み、やがて夜が来る。
もう半分ほどは歩いただろうか。
酒場の店主は「二日ほど」と言っていたが、この調子なら明日にでも炭鉱近くの村に到着できそうだ。
「この辺で野営するか」
「もう歩かないのか?」
「夜に活動する魔物もいるだろ」
トリューは「そっかー」などと、相変わらず呑気だ。危機感が薄いのだろうか。
「トリュー狩りはできるか?」
「ん? なんか食う?」
街道を外れ、森付近まで近づく。トリューは包みを下ろし、ティファに尋ねる。
「いいぞ。なに獲ってくる?」
──自信はあるようだ。よく見れば、かなり鍛えられた体をしている。
ほとんど手ぶらで旅をするだけの実力はあるのだろう。
任せても良かったが、ティファは一抹の不安を拭い切れなかった。
──この男は、ここに戻って来られるのだろうか。
「…私も行く」
「おー。じゃあなんか獲物探そうぜ」
結局、後者を選択した。トリューはティファの心配も知らず、けらけらと笑っていた。
トリューはもう一度包みを槍に結び、ティファについて行く。
森は案外暗かった。夜の狩り経験は少ない。勝手知ったる森でもない。
ティファは慎重に草を分けて歩いた。
一方で、トリューは遠慮もなくずかずかと森を踏み歩く。
「おい」
「ん?」
「あんまり先に行くな」
「なんだー。怖いのか?」
「勝手に先行するなと言ってるんだ!」
つい声を荒げてしまった。頭上のカラスが羽ばたいて行く。
ティファのこめかみには、再び青筋が浮かんでいる。
「大丈夫だって。あっちになんかいるし」
トリューは特に気に留めてもいない様子で、進行方向を指差す。
ティファも指の先に目を向けるが、何も聞こえないし、何も見えない。
「本当にいるのか?」
「いるいる。たぶん猪じゃねえかな。魔物かもしんねえけど!」
食えるやつだといいなーと笑いながら、トリューは再び足を進める。
ティファは少し驚いて、目を見張った。半信半疑のまま、トリューについて行く。
「お、いた」
トリューが足を止める。ティファも草陰に身を隠す。
暗闇に目を凝らすと、遠くで何かが動いているようにも見えた。
「あれが見えるのか?」
「うん。そんなでかくねぇけど猪だ。当たりだな」
トリューは立ったまま、闇の先を見ている。ティファは再び目を見開いた。
こいつ、この距離で見えるのか。
その眼差しは、尊敬のような、畏怖のような。
「でも、この距離じゃさすがに矢は当たらないな」
ティファは立ち上がり、弓を構える。近づこうとすると、トリューは制止した。
「待て待て、これ以上は気づかれる」
「じゃあどうするんだ」
ティファは一旦弓を下ろす。
「ちょい持ってて」
トリューは槍の先の旅包みを、ティファに預けた。
「え」
槍を担ぎ直すと、軽やかに森を駆けて行く。
(はや…)
それはまるで、風のようで。
ティファが呆気に取られていると、遠くで声がした。
「ティファー!」
トリューの声は、暗闇の中でもよく透った。
「獲ったー!」
戦果を掲げる子供のような、明るい声だった。
ティファはふ、と眉を下げて、声の方へ向かう。
トリューは高々と、猪を掲げて笑っていた。
猪の解体は、ティファが担当した。もう、とうに手慣れたものだ。
「おーすげえ。職人みてえ」
トリューはティファの手捌きを見ながら、感嘆を漏らしている。
「トリューも、狩り上手いんだな」
ティファは手を止めずに、感想だけ述べた。
事実、トリューの素早さは見事だった。
「へへー。ガキん頃からやってたしなー」
適当に草場を開いた森の中。トリューは足を伸ばして座っている。
それは自慢げでもあり、当然のようでもあり。トリューの人柄が、一段見えた気がした。
解体を終えたティファは、集めた薪に指先で火を点けた。
トリューはまた「おー」と感動している。
「ティファは火出せるんだなー」
「トリューは魔法使わないのか?」
「んー、ちょっと氷出せるくらい。あんま役に立たねえ」
氷も十分凄いけど。とティファは呟く。自分は炎しか覚えられなかった。
トリューを横目に見ながら、ティファは肩に掛けたサッチェルを下ろし、鍋を取り出す。
続いてナイフ、食器、カトラリーに木杓子、小型のまな板。手拭き用の布に、革製の水袋。
塩も旅人には欠かせない。
次々に出てくるティファの持ち物を見て、トリューは目を丸くしている。
「ティファの鞄って、魔法の鞄かなんか?」
「ふつうの鞄だよ」
幼馴染が作ってくれた、と付け加えて、地図やランプも取り出す。寝る用の毛布も。
「めっちゃ出てくるじゃん」
「整理して入れてるんだよ」
旅の準備は念入りに、と持たされた物達だが、思い返してみれば自分も軽装で旅立とうとしていた。
割とトリューと似た部類だったのかもしれない。
「待って、鍋あるんなら水入れて」
トリューが立ち上がる。「水を」と言われたが、飲み水はあまり消費したくない。
そう伝えると、「じゃあ俺の使って」と水袋を渡された。
ティファが声をかける間もなく、トリューは夜闇に溶けていった。
仕方ないな、と言われた通りトリューの水を使い、猪肉を煮て待つ。
しばらくすると、トリューは木の実や草を抱えて戻って来た。
「これ入れて。香草はちょい刻んで」
渡された草は、鼻を擽るいい香りがした。
トリューは採ってきた木の実を鍋に放り込む。ティファも、まぁ味が良くなるなら、と香草を刻んで鍋に入れた。
「トリューの水、使って良かったのか?」
「ん? うん。あっちに湧き水ある。明日汲みに行くよ」
あっち、と指差された方角は、猪を仕留めた方角とは違っていた。
「なんでわかる?」
「水の音するじゃん」
当然のようにトリューは言うが、ティファには全く聞こえない。
ティファは、トリューを見て少し戦慄した。
こいつ、恐ろしく耳がいい。
耳だけじゃない。暗闇で猪を捉えた目も。異常と言っていいほど、五感が鋭い。
「お。そろそろいいかな」
ティファの表情には気づく様子もなく、トリューは「木杓子貸してー」とねだる。
鍋の蓋を開けると、食欲をそそる香りが広がった。
トリューは中身を混ぜ、ティファの皿に煮込まれた肉と木の実を注ぐ。
食器は一人分しかないので、トリューは鍋のまま木杓子で食べ始めた。
皿によそわれた食事をスプーンで拾う。──いい匂いだ。
そのまま口に運ぶと、柔らかく煮込まれた猪肉と、木の実の旨みが口一杯に広がった。
「…うま」
「だろー?」
トリューは得意そうに笑う。豪快に肉を頬張る様は、見た目の年齢より随分幼く見える。
「料理できるのに、なんで鍋持たないんだ」
「え。だって邪魔じゃん」
荷物増やしたって失くすし。そう続けて、トリューは最後の一口を頬張った。
「…」
ある程度のサバイバルを覚悟していたティファは、トリューの意外な特技にも驚きつつ食事を進めた。
これは、明日も鍋を貸してやってもいいかもしれない。
やがて火を消して眠りに就く時。
さっさと寝息を立てるトリューの寝顔を見て、昨日の件は帳消しにしてやろうと決めた。




