前途多難
第十四話 前途多難
「あいよ。これが炭鉱までの地図だ」
「ありがとう」
酒場の店主から一枚の羊皮紙を受け取る。表には、簡易的な地図が記されていた。
「ここから歩いて行くには二日ほどかかる。しっかり準備して行け」
「わかった」
「ありがとなおっちゃん!」
ティファは軽く会釈をし、トリューは大きく手を振って酒場を後にした。
外はすっかり夜が更け、梟に似た鳥が鳴いていた。
「出発は明日にするか…」
「え? 今から行かないのか?」
ティファは眉をしかめた。トリューは不思議そうに首を傾げている。
「本気で言ってる?」
「? うん」
夜道を歩いて行こうというのか。明かりもない街道を。魔物が出るかもわからないのに。
ティファは目で訴えてみるが、トリューは心底「わからない」という顔をしている。
「…とにかく、出発は明日」
「えー。別にいいけど」
トリューは少し肩を落とした。まるで遠足が延期されたかのような口振りだった。
「じゃあ明日の朝ここで待ち合わせでいい?」
もう気持ちを切り替えたのか、トリューはけらっと待ち合わせを口にした。
今度はティファが首を傾げる。
「宿屋に行かないのか?」
「俺金ねえもん」
そうだった。この男は無一文なのだった。
「じゃあどこで寝るんだ」
「適当に。森とか」
森。村から近い森の事か。
ティファは景色を思い浮かべる。同時に、今日こなした依頼を思い返す。
あの森で、割と大きい魔物を討伐した。獣もいたはず。
改めて目の前の男をじっと見る。トリューは相変わらず、きょとんとしている。
…不用心が過ぎる。任務前に負傷されても困る。
そう思い至ったティファは、大きく溜め息を吐いた。
「…今日だけ泊めてやる」
「まじで!?」
トリューは目を見開いた。驚きと、喜びと、嬉しさが混じったような顔をしていた。
「お前ほんっといい奴だな!」
「依頼前に怪我されても困るからだ!」
調子が狂う。ティファは額を押さえ、がっくりと肩を落とした。
宿屋に着いたトリューは、一目散に風呂へ駆け込んで行った。早々と上がって来ると、大きく伸びをした。湯気の匂いを纏った髪が、まだしっとりと濡れている。
「助かったー。頭気持ち悪かったんだー」
「そら良かった」
半ば諦め気味に嘆息し、自分も浴室へ向かう。
髪を洗いながら、本当に面倒な奴と組んでしまったと少し後悔した。
それでも任務が終わるまでだし、と自分を慰めるように奮い立たせる。これも経験のうちだ、と。
部屋に戻ると、トリューは先にベッドで眠っていた。それを見たティファのこめかみに、青筋が浮かぶ。
(まだ…耐えられる…!)
殴りたい衝動と拳を握り締め、懸命に引っ込めた。鞄から毛布を引っ張り出し、包まって床に寝転ぶ。板張りの床は硬く、冷たさが背中から染みてきた。
(大丈夫…屋根と壁があるだけ全然まし…!)
その日は寝付くのに時間がかかった。
******
翌朝。暖かい陽射しと鳥の声で目が覚める。とてもいい夢を見た気がする。
あくびをしながら起き上がると、銀髪の少女が長い髪をといていた。
トリューは寝ぼけた頭を整理する。やがて覚醒した脳は、それがティファだと認識した。
「おはよー」
「…」
ティファはやや睨むようにこちらを見る。目の下には、うっすらと隈ができている。
「あれ? 昨日寝れなかった?」
「…お前のせいでな」
ティファは深呼吸のように大きく息を吐いた。
なんか怒ってる? 朝は機嫌悪いタイプか?
思ったままを口にすると、ティファは昨夜の出来事を説明した。
「まじか! ごめん!」
トリューは驚いて飛び起き、同時に謝罪する。
悪気はなかった。久しぶりの布団に感動していたら、そのまま眠ってしまった。
とはいえ、ティファはなぜ自分を起こさずに床で寝たのだろうか。
「どけてくれて良かったのに」
服を着ながら、そのままを口にする。髪をとき終えたティファは、後ろできゅっと髪を束ねる。
「…ずっと野宿だったんだろ」
トリューは目を丸くした。ティファはこちらを向かず、荷物を整理している。
意図を感じたトリューはへらりと表情を崩す。
「やっぱお前いい奴だ」
「そらどーも」
ティファは笑わない。愛想もない。ついでに口も悪い。
でも約束を守る。困っていた自分を無下にしなかった。
それはトリューにとって、言葉より何より信頼できる証だった。
「ダンジョン頑張ろうな」
「…足は引っ張るなよ」
「任せとけって!」
古びた槍を担ぐ。気合いは申し分ない。
未知なる冒険へ、いざ。
「で、荷物それだけ?」
「? うん」
それは、気合いの鼻を折られるような。ティファは呆れたようにまた嘆息している。
「現地まで、二日かかるのに?」
「??? うん」
正直、なにが言いたいのかわからない。言いたい事があるならハッキリ言ってほしい。
トリューの思考をよそに、ティファはまた頭を抱えている。
どうやらダンジョンの前にも、困難は待ち受けているらしい。




