依頼をください
青年は悩んでいた。
暖かい陽気が、起き抜けの思考を更に鈍らせる。
大きなバンダナを巻き直し、草を払う。森での野宿にも、慣れたものだ。
長い槍を担ぎ、村の酒場へと足を進める。
「よーおっちゃん。依頼ある?」
「おうトリュー。今日は遅かったな」
「あったかくてさ…寝坊しちまった」
トリューと呼ばれた青年は、慣れた様子でカウンターに腰掛ける。
体格のいい店主はグラスを磨いている。
「依頼こなして来るからツケで食わしてよ」
差し出された水に口を付けながら、食事をねだる。店主は呆れたように嘆息した。
「残念だが今日の依頼はもうねえ」
「は!?」
ガタン、と椅子を倒して立ち上がる。グラスは無事のようだ。
「なんで! 昨日は結構残ってたろ!?」
「今朝早くにな。若い嬢ちゃんが全部引き受けてっちまった」
「うっそだろぉ…」
トリューは力無く崩れ落ち、頭を抱えた。
「また文無しかよ…先に進めねえじゃねぇか…」
「組んだ相手が悪かったな」
「やめろ…」
トリューは顔をしかめた。今思い出しても腹が立つ。
数日前に出会った男の顔が浮かぶ。腕が立つと言って、合同調査依頼を申し出てきた男。
『任せとけ! 換金してくる!』
そう言って報酬袋を抱えた男は、そのまま戻って来なかった。
「まさか全財産持ってかれるとは…」
「槍は残って良かったじゃねえか」
「そうだけど!」
逆立った金髪を更に立てて、トリューは喚く。店主は哀れむようにひとつ息を吐いた。
「今から探せば、あの嬢ちゃん見つけられるんじゃねえか?」
「えっ?」
「まだ昼前だ。交渉次第では、依頼を譲ってくれるかもな」
「…ッ! それだ!」
トリューは立ち上がり、急いで槍を担いだ。同時に喧しく店を飛び出す。
そして数秒後にまた戻ってくる。
「待って! その嬢ちゃんってどんな奴!?」
「銀髪に黒マントの若い娘だ。双剣と弓を持ってたな」
「ありがとう!!」
トリューは再度駆け出した。
店主は呆れたように笑って、グラスを拭いていた。
隣村。草原。丘。森。
トリューは駆けずり回った。槍を持った男が少女を探していると、村人に警戒されるほど。
日が傾いてきた。夕暮れが近い。長く伸びた影が、街道に何本も重なっていた。
「どこだ〜…銀髪ってそうそういねぇと思うんだけど…」
朝から何も食べていない。空の胃袋も喚き始めた。
注意深く辺りを観察しながら、更に隣の村へと向かう。
街道を走っていると、遠くに人影が見えた。
「あれか…?」
速度を上げて近づく。その輪郭を捉えた時、トリューは一気に距離を詰めた。
銀髪。黒マント。間違いない。
「いたーーーーー!!」
突然の大声に、少女は肩を震わせた。恐る恐る振り向くと、トリューと目が合う。
「お前だろ! 依頼全部持ってった奴って!」
「え…酒場の…? だったらそうだけど…」
トリューはぱん、と手を合わせ、頭を下げる。
「頼む! 依頼譲ってくれ! 俺もう金ねえの!」
食事代がかかっている。必死に頼み込むと、一瞬少女がたじろぐのが見えた。
「いいけど…残り三つしかないぞ?」
依頼書の紙を手渡される。残った依頼は、移動距離が長いものだけだった。
「えっ、これだけ?」
トリューは依頼書を見る。内容は、届け物、荷運び、調達のみ。
「まじで?」
昨日は魔物討伐の依頼も何枚か貼られていたはずだ。それがもう終わっている。
「あ」
ふと、転がっている大型の魔物に気づく。交渉に夢中で、気にしていなかった。
「これもお前が?」
「そうだけど…」
少女は怪訝な顔でこちらを見ている。
「で、どうするんだ」
「あ、いや。わりぃ。譲ってくれ。しかし参ったな…また飯抜きになりそうだ」
トリューは頭を掻いた。先に進めないどころか、今日の食事もままならない。
「あの…」
「なんだ?」
トリューが困っていると、少女が少し申し訳なさそうに口を開いた。
「残りの依頼を片付けてくれたら、報酬は私が払う。晩飯代くらいでよければ…それでどうだ?」
「ほんとか!?」
少女の提案にすかさず食いついた。願ってもない。
「ほんとにいいのか?」
「うん」
「騙してねえか!?」
(騙されたんだな…)
「行ってくる!!」
トリューは一目散に駆け出した。夕焼けに染まる街道を、砂埃を巻き上げながら遠ざかっていく。
その場には、唖然とした少女だけが残された。




