↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やどりび  作者: ファット爺
第一章
PR
11/82

六度目の春

 雪解けの水が流れる。顔を出した土から草花が目覚め始めた。

 山と積まれた衣服に、布。なめし皮の匂い。

 その奥でノノアの母、アミルは機織りを続けている。

「ほら、動かない」

「動いてない」

「手を下げないの」

 鹿を納品に来たティファを、ノノアが採寸している。両手を上げたままじっとしていると、カカシになった気分だ。

「これ、今必要?」

「必要よ」

「まだ背伸びるつもりだけど」

 教会で過ごした1年で、随分背は伸びた。食べない期間も長かったので、まだ貧相といえるが。

「もちろん想定してるわよ。でも旅装って特別でしょ? 試作はしておかないと」

「無駄にならない?」

「ならない!」

 寸法をメモしながら、ノノアはぴしゃりと言い放つ。

「別にいつものでいいのに…」

「あんたね、旅をなめちゃいけないよ」

 機織りをしていたアミルも割って入る。

「森と家を往復するのとは訳が違うんだ。今までだって、よくそんな防具もなしに熊や猪を狩ってこれたもんだよ」

 ノノアはうんうん、とアミルに同意している。

 確かに、狩りに行くならと渡された胸当てなど、もったいなくて返してしまったが。

「そんなに?」

「そんなに」

 機能性や耐性など、普段着とは比べ物にならない事を切々と語られる。大変そうだという事は理解したので、半分ほどは聞き流した。

「お、ティファじゃねえか」

 からん、という音と共に店の扉が開く。工具屋のザウロだった。木屑の匂いが、開いた扉から流れ込む。

「鹿の角取りにきたぜ」

「ご苦労様。そこの棚においてあるわ」

 ノノアは棚の木箱を指差す。ザウロは木箱の中を確認し、感嘆を漏らす。

「また立派なもん獲ってきたなぁ。助かるぜ、ティファ」

 箱を抱えてにっと笑う。ティファは照れ臭くて、少し目を逸らした。

「これならいい弓が作れそうだ」

 その言葉にティファは目を見開いた。

「最初は…厄介なガキ共が増えやがってとか思ってたけどよ。いい仕事にはいい仕事で返さねえとな」

 ザウロは苦く笑って、頭をかいた。ノノアはくすくすと笑い、アミルは呆れたように嘆息している。

「シスターにも、ガキ共にも世話になった。いい弓作ってやるから、楽しみにしてろ」

 じわり、じわりと胸が熱くなる。堪えていないと、涙が溢れそうだ。

「…ありがとう」

 何度も、何度も折れかけた。凍りそうに痛む心臓に、世界は冷たい。

 それでも、その度に胸を熱くしてくれる人がいる。

 それは、蝋燭に火を灯すように。



 ティファが帰宅した後も、ノノアは大忙しだった。

 作業台に座り、紙を広げる。ランプの灯りが、書きかけの図案をぼんやり照らしていた。

「基本は…丈夫な混紡布ね。洗濯もしやすいわ。あの子は寒がりだから…マントも必要ね。雨の日でもティファを守れるような…」

 あれやこれやと、デザインを描き散らす。素材の厳選も、抜かりない。

「靴は…悩むわね。猪は丈夫だけど重いし…やっぱり鹿かしら。でも…山羊も悪くないわね」

 あの子は絶対に水場にもそのまま入るわ。

 ティファの性格を考え、思い出し、笑みが零れる。

 元気なティファが、未知の土地を駆け回る。きっと、仲間にも出会う。運命の人だって、見つけるかもしれない。

 そんな未来が、たまらなく嬉しかった。

「おっと。これは外せないわね」

 紙にひとつ、デザインを描き足す。パールがティファを守ってくれたように、きっとティファを守ると願いを込めて。



 ──そして、六回目の春。

「支度はできた?」

「うん」

 旅装に着替えたティファが、教会の扉を開ける。柔らかな春の光が、白銀の髪を淡く縁取っていた。

 美しく伸びた白銀の髪。鍛え続けたしなやかな体。

 もう誰も守れないと泣いていた小さな子供はいない。立派に成人したティファの姿がそこにあった。

「良かった、よく似合ってるわ」

「驚くほどぴったり」

「ふふん、プロだもの」

 鼻を高々にノノアは胸を張る。ティファは「そうだな」と困ったように返した。

 そしてどちらからともなく、歩き始める。踏みしめる土は柔らかく、若草の匂いが足元から立ち上った。

「…ねえティファ。ヤドリギの話、覚えてる?」

「ああ、アンナが言ってたやつ」

「ヤドリギの下で交わした約束は、神様でも破れないって」

「…うん」

 花々が揺れる。風が遊んで、祝福のよう。

「マントの襟、見てみて」

「?」

 襟をめくって裏を見る。そこにはヤドリギの刺繍が刻まれていた。

「これ…」

「本物じゃないけど、お守りよ」

 ノノアがふわりと笑う。赤茶色の髪が風になびく。

 ノノアはそれ以上、何も言わなかった。

 墓前に着いて、二人で手を合わせる。

 シスター、パチャ、ルキ、カイル、アンナ。皆安らかに眠っている。

 墓石の前に置かれた花が、風に揺れて首を傾げた。ティファは深く風を吸い込む。

 ノノアと顔を合わせて、ティファは歩き出した。

「いってきます」

「いってらっしゃい!」

 さぁ、旅を始めよう。

 小さく芽吹いた火を、胸に宿して。

 託された答えを探して。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。