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アステリア外伝 ー異世界からの訪問者ー  作者: 沙莉


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9/15

異世界からの訪問者 9

<Asteria Side>



リノが、泣き出した。

しかも、悲痛な声で小さく叫びながら。


この震える声を、長い黒髪に隠れるように俯いた表情、零れる涙を。

俺は誰にも聞かれないように、彼女の身体を俺の両腕で包み込んだ。


……いや。色んな言い訳は、いらない。


ただ、抱き締めたほうがいい、抱き締めるべきだ……いや。


今、この子を抱き締めたい。


そう思った。





正直、リノの言っている言葉は、分からないことばかりだった。


ヨウチエンとか、ジュケンとか、エスカレーター? 理解出来ない単語だったけれど、俺はただ、リノの言葉を聞いていた。


最初は、落ち着いて話をしていたと思う。

独白のような口振りだったから、遮らないで話させた方がいいと判断した。

だけど、徐々にリノの感情が高ぶって来たようで、声の震えが大きくなっていった。


そして、リノは。


「私は、私はお父さんとお母さんの道具じゃない!」


震える手でマグカップを握りしめて、俯き、そう叫んだ。


ああ、そうか。

リノ、きみは、苦しかったのか。


オヤジとオフクロのしがらみに囚われて、逃げ道を失っていたのか。


そう思うと堪らなくなり、俺はリノの手からマグカップを奪い取り、テーブルに置き。

立ち上がり、リノの前に立ち、腰を屈めて。


その華奢な身体を両手で抱き締めた。


一瞬、びくりと震える。大丈夫だと伝えたくて、艶やかな黒髪に包まれた後頭部に手を添え、ぐっと俺の胸に引き寄せた。

その手を背中へ滑らせ、後頭部と背中をゆっくりと優しく撫でた。


大丈夫だ、リノ。

今、ここは安全だ。

少なくとも、俺の腕の中で、きみに危険なことは及ばない。


だから、安心して泣いていい。


心のたくさんの切り傷が、少しでも癒されますように。


その願いを込めて、涙に濡れる頬に俺の頬を摺り寄せるようにして、耳元で囁いた。


「いいよ。泣いていい。辛かったんだね。良く頑張ったね」


俺にしがみ付いたから、ぎゅう、と力が籠った。

それに応えるように、俺もまたリノを抱き締める力を少しだけ籠める。


お互いがお互いを抱き締めあい、体温を感じ合う。


不思議だな。


今日、出会ったばかりなのに。

俺もきみも、お互いに住む世界が違うのに。


それなのに、こんなにも愛おしい。

護ってあげたい気持ちが膨れ上がる。


だが、これは違う。

そういうことじゃない。


きっと、多分。


俺とリノは、どこか似ているんだろう。

根底の、どこかが。


そう思い、思うことにして。


リノの背中を撫でながら、嗚咽が収まるのを待ちながら。


この子が『綺麗』だと言った、星空を見上げていた。


朝になり、この星が地上から消えるように。

リノの悲しみも、朝になったらすっかりと消えているといいのにな。


そう思いながら。




*-*-*-*-*-*‐*




次の日の朝、自室で身支度を済ませた俺は待機部屋へと向かった。


隊長は朝早いから、もうすでにそこにいるだろう。

俺は今日一日を好きにしていいと言われたけど、一応予定を伝えてからの方がいいだろうと思った。


それから、リノの部屋に行って、朝食を共にとって、城内を案内してやろう。


きっと俺たちは毎日見慣れているものだけれども、地球人のリノにしたら珍しいものがあるかもしれない。

少しでも喜ぶ顔が見れたらいいな。


そう思いながら、ちょっとだけウキウキして、いつものように勢いよく待機部屋の扉を開く。


「おはよーっ……す」


扉の向こうには、思った通り隊長。他の『蒼の疾風』の隊員数名。


それから。


「おはようございます、サーシャさん」


にこりと笑って黒髪を揺らして微笑むリノが、そこにいた。


「え、えー!? 何でリノがここにいんの!?」


思わず声を上げると、隊長が手にしたカードのようなものを俺に見せた。

何だそれ。


「許可証。城内には一般が入れない箇所もある。誰かと一緒でも、リノだけは入れないのは困るだろうからと、レーリアが」


ほぇー……。さすがレーリア様。

でも、何でリノがここに。


その俺の疑問には、リノ本人が答えてくれた。


「侍女さんが、隊長さんが部屋に来ると前もって教えてもらったんですけど、ならご挨拶も兼ねて、私から取りに伺いますってお願いしたんです」


そっか、リノが草原で倒れていた時は『蒼の疾風』皆いたもんな。

リノは隊長から礼を言いながら許可証を受け取り、それを慎重に、スカートのポケットに仕舞った。

それを見て、隊長は思い出したように、「ああ」と呟いた。


「あと、レーリアからの伝言だ。後程、リノに合いそうな服を見繕って持たせるから、着替えに使えとのことだ」


「……何もかも、本当にありがとうございます。レーリアさんにも、どうかよろしくお伝えください」


丁寧にリノは礼を言い、他の隊員に挨拶をし、俺と二人で待機部屋を後にした。


部屋に戻りながら、リノはポケットから先ほどの許可証を取り出した。

来賓用と同じものなのかな。手のひらよりも少し大きいそれを、俺も隣から覗き込んだ。

すると、リノが少し身を離した。


……ん? 何だ?


「リノ?」


「あ、ご、ごめんなさい、ええと、今日もよろしくお願いします」


ぺこりと俺に頭を下げたリノを不思議な気持ちで見やりながら、――うーん、考えても仕方ない。

俺は気にしないことにして、フフッと笑って見せた。


「あらぁ、他人行儀ねえ。あたしとリノの仲じゃないの」


すると、リノは頬をさっと赤らめて、俯いてしまった。


おや、昨夜のことが恥ずかしかったのかな。少しからかい過ぎたかな。

そう思って、くすくすと笑って再び歩き出した。


外を見やると、今日も青空が広がっている。

いい天気だ。


こんな日は、そうだな。


「リノ、庭園に行ってみない?」


「庭園、ですか?」


「うん、レーリア様と隊長の、秘密の場所」


そう悪戯っぽく言うと、リノはぱあっ、と表情を明るくした。


「はい、行きたいです、行ってみたいです!」


やっぱり、女の子はこういう話好きだな。

込み上げる笑いを堪え、リノの手をするりと握った。


「さあ、じゃあまずは朝ご飯食べに行きましょ。今日は何かなー」


そうご機嫌で歩く俺は、隣のリノが顔を真っ赤にして俯いていたことに、この時全く気付かなかったのだった。




*-*-*-*-*-*‐*




リノの部屋に運んでもらった朝食を食べ終わった頃合いで、侍女がレーリア様からだというリノ用の着替えを持ってきた。


大きな包みを受け取って、テーブルにそれを広げるのを横から覗き込むと、何着もの服が入っていた。

あと、小さい袋もあったけれど、それはまあ、俺が見てはならないものなのだろう。


一旦部屋の外に出て、着替えを待っていると、扉が開いてリノが現れた。


「あらぁ、可愛いじゃないの!」


思わずそう言うと、リノは恥ずかしそうに笑った。


淡い桃色の薄手の長袖と、白っぽい膝丈スカート。

無駄な飾りが無くて、それが逆にリノの綺麗な長い黒髪が映えて見えた。


そのまま庭園に向かうと、途中であと数着の着替えが入っていたそうだ。

レーリア様は地球でお育ちになったから、リノの困っていそうなことを先回りして考えることが出来るんだろうな。

この分だと、さほど俺が出来ることはないかもな。


そう思って、思ったことに自分で首を傾げてしまった。

あれ、何で俺、そんなこと考えた?


自分自身でよく分からないまま、庭園に辿り着いた。


花に縁どられたアーチを抜けると。


「わぁ……!」


リノから、感嘆の声が漏れる。


昨日リノがいた草原にあった白い花が、ここ一面に群生している。

まるで、白いじゅうたんだ。


ここで、子供の頃の泣き虫隊長が、レーリア様に慰めてもらっていたんだよ。

そして、二人は運命の約束を交わしたんだ。


その話をしたら、きっとリノは頬を赤らめて喜ぶだろうな。


今から、それが楽しみで。

大きな瞳で庭園を見渡すリノを、俺は温かい気持ちで見つめていた。




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