異世界からの訪問者 8
<Earth Side>
サーシャさんと一緒に、私に与えてくれた部屋へと戻った。
皇帝陛下と一緒の晩餐会、絶対食事美味しかったはずなのに、緊張していて何を食べたかよく分からなかった。
だから、サーシャさんが、「何を食べたの?」と聞いてくれたけれど、首を傾げて、「茶色いソースが掛かった、何かの肉と、白いお魚と、スープと……」って伝えると、サーシャさんはおかしそうに笑った。
「あんたが説明すると、あんまり美味しそうじゃないわねぇ」
なんて言って、私の額を突いた。
全然痛くなかったけれど、思わず突かれた箇所に手を当てた。そして、ちょっとくすぐったくなって、フフッと笑ってしまった。
「あらやだ、痛かった? ごめんごめん」
慌てるサーシャさんが、失礼ながら可愛くて、ますます笑みが零れてしまう。
だから、内緒にしよう。
きみ、じゃなくて、あんた、って呼ばれたのが、ちょっとくすぐったくて嬉しかったなんて。
サーシャさんが、私のことを出会った時よりも、近くに感じてくれている気がしているなんて。
言葉にすると、恥ずかしいから私だけの秘密。
「痛くなんてないですよ。ねえサーシャさん、ベランダに行きましょう」
「え、あ、そうね。じゃあちょっと待ってね」
そう言ってサーシャさんが部屋から出てしまうと、すぐに戻ってきた。
手には、二つのマグカップがある。
一つを手渡されたので中を覗けば、湯気が出ていて温かそう。
「夜は冷えるからね。膝掛けあったかしらねぇ」
そう言ってマグカップを手に、タンスを器用に片手で開いて、折りたたんだ膝掛けを見つけてくれた。
私とサーシャさんは、明るいうちに外を眺めていた窓の隣にある、もっと大きな窓からベランダに出た。
そこには小さなテーブルと、椅子が二つ並んでいる。
向かい合って座り、テーブルにマグカップを載せると、サーシャさんが両手で大きな膝掛けを広げ、私にふんわりと肩から被せてくれた。
暖かいそれを、胸元で合わせると、なんだかホッとする。
「ありがとうございます」
「いいのよぉ。あ、ほら。本当によく見える」
サーシャさんの目線を追うように、夜空を見上げた。
星が降るようだ、とはこのことを言うのだろうか。
怖いくらいの数の星が、天に瞬いている。
「すごい……綺麗……」
「そう、やっぱりリノの感覚だと、この夜空を『綺麗』って思うのねえ」
しみじみと言うサーシャさんは、これだけの星を見上げても、『綺麗』とは思わなかったようだ。
何だか不思議な気持ちになった。
それが、当たり前。それが、異世界の感覚。
「そっかぁ……」
「けど、そうね。リノが、これを『綺麗』なんだって教えてくれたから、あたしも今後はそう思えるかもね」
くすりと笑ったサーシャさんの髪が、――銀色に近い金髪が、星の瞬きを受けて、更に輝いて見えた。
『綺麗』なのは、サーシャさんもだよ。
そう思ったけれど、私の視線を受けて小首を傾げたサーシャさんに、私は違うことを口にした。
「私の住んでいる地域では、地上の光が眩しすぎて、星がほとんど見えないんです」
「へぇ、そうなの」
「はい。でも、星が好きな人は、地上の光が届かない場所まで出掛けるか、お金を払って施設で見るとかしていたんですよ」
「えっ、わざわざこれを見るのに、お金払うの!?」
驚いたサーシャさんに、思わず嬉しくなって頷いた。
私の話、少しは楽しんで貰えるかな。世界が違い過ぎて、気味悪がらないといいけど。
そう思いながら、マグカップを両手で包んで続けた。
「はい。プラネタリウムといって、大きな建物の中を真っ暗にして、映像で星を映し出すんです」
「えいぞう……」
そっか、そこも分からないか。
どう伝えればいいのか迷っている間に、私はぽつりと意識外で呟いていたようだ。
「本当は、映画とか見に行ってみたかったのにな……」
「ん? えいが?」
私の言葉を聞き洩らさなかったサーシャさんの問いに、私は足元が何となくおぼつかなくて、もじもじしてしまった。
言って、いいのだろうか。
今日、初めてあったばかりの人に。
私の、こんな気持ちを。
「あの、あの、ええと……。私の両親、とっても厳しい人で……」
私が言いにくそうにしているのに気付いたはずなのに、サーシャさんは何も言わずに私をじっと見つめている。
その栗色の大きな瞳に応援されているような気になって、勇気を振り絞って、言葉にしていった。
「私、子供のころから、親に言われたことしかやってはいけないと躾けられてきて。幼稚園、受験して、大学までエスカレーター式だけど、外部入学の人に負けるなって勉強三昧で」
私の言っていること、きっと半分も分からないだろう。
それでもサーシャさんは、遮ることなく、促すこともなく、ただ私を見つめ続けていた。
「習い事も、本当は水泳とか絵画教室とか興味あったのに、毎日家庭教師は来るし、指先を使うと脳にいいからってピアノとかも習わされて」
「……」
「部活だって、本当は演劇部とかもやってみたかったのに、くだらないの一言で茶道部に入れられてしまうし……」
サーシャさんは、まだ私を見つめている。
止まらない。
こんなこと、言うつもりなんて無かった。
だけれども、この星空とサーシャさんの優しい眼差しが、私の黒い部分を引き出してしまう。
だからだろう。
止まれ、この口、もう止まれ。
そう頭の端っこで思うのに。
私はマグカップを握りしめたまま、俯いて言ってしまった。
「私は、私はお父さんとお母さんの道具じゃない!」
そして、ハッとした。
サーシャさんの眼差しは、変わらない。
なのに、途端に途轍もなく恥ずかしくなった。
なんてことを、私は……。
自分の言動を自覚した私は、恥ずかしさとやり切れなさで、思わず涙が零れてしまった。
こんな、一人で喚きたてて、挙句に泣きだすなんて。
サーシャさん、困ってしまうに違いない。
ごめんなさい、サーシャさん、あなたの優しさに甘えてしまった……。
止まらない涙を何とかしようと、マグカップをテーブルに戻そうとした、その瞬間。
私の手から、マグカップをもぎ取った手のひら。
そしてコトンと音がした、と思ったら。
私は、温かいものに包まれていた。
ぎゅう、と私を抱きしめる温もり。
頬に触れる、銀糸。
ふわりと漂う、優しい香り。
目を見開いたまま、私は硬直してしまった。
私の頭を抱き込んだサーシャさんは、手を私の後頭部から、背中を、ゆっくりと撫でた。
その優しい動きに、また泣けてきた。
「ふ、ふっぇっ……」
「いいよ。泣いていい。辛かったんだね。良く頑張ったね」
ずるい。
ずるいよ、サーシャさん。
私の言葉の意味なんて、絶対分からないはずなのに。
なのにどうして。
私の欲しい言葉、くれるの。
私は堪らず、サーシャさんに全力で抱き付いてしまった。
そして私が抱き付いた力の分、抱きしめ返してくれるその腕の中。
こんなに心地よくて、安心できる場所なんて知らない。
知らないからこそ、余計離れたくなくて涙が止まらない。
私は時折涙の向こうに揺れる星の光と、サーシャさんの手のひらと。
濡れるのを厭わずに寄せてくれた頬を感じて、身を預けてそっと瞳を閉じた。
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