異世界からの訪問者 7
<Asteria Side>
俺の目の前で、不安気な表情を浮かべたリノが、扉の向こうに消えていった。
衛兵によって扉が閉められた晩餐会場。
離れるのは心配だったが、ここには王族たちと、隊長がいるんだ。問題はないだろう。
ふう、と息をつき、今閉められたばかりの扉に、背中を預けた。
衛兵はおろか、この城の者はリノが異世界から来たことを知らない。
知っているのは、隊長、シェニム様とレーリア様、俺たち『蒼の疾風』、それからリノの部屋へと案内した侍女くらいだろう。あの侍女は、レーリア様付きだから安心していい。口は堅いはずだ。
これから、レーリア様が皇帝陛下とイスラン様に説明するんだろうな……。
リノ、怯えてないだろうか。
また、あの大きな瞳に涙を浮かべてないだろうか。
ちゃんと、自分のこと説明出来るだろうか。
俺は先立ち、リノと二人きりの時に彼女がどうやってアステリアに来たのかを聞いた。
驚くべき説明ではあったが、そんなことある訳ない、とは言えなかった。
なぜなら実際にここに、リノがいるからだ。
そんなことを考えながら、くだらない話を衛兵たちと喋っていると、不意に気配がして、顔をそちらに向けた。
黒髪の長身の男は、シェニム様の使い魔で黒龍の、ティロン。
長い銀髪を背中に垂らした、革鎧姿の女は、レーリア様の使い魔のポワンだ。
そして二人は、夫婦でもある。
「まあまあ、サーシャったら番犬みたいじゃないの。扉の前で見張り?」
番犬って、何だそりゃ。
訝しげな顔をしたであろう俺を可笑しそうに見ているのは、ポワンだった。相方のティロンは、隊長に負けず劣らず無表情だ。
「るせぇな。で、リノの来た道は見つかったのか?」
「まだよ。その報告に上がったの。まったくあんたもせっかちねえ。まるでラディみたい。いい、男はね、こうドッシリと構えていないと女から頼りがいがないなんて思われちゃうわよ。ラディにしてもあんたにしても、剣の腕前ばっかり上がって、女心はさっぱりと分かんないんだから。いいこと、不安気な彼女を慰めるにはね……」
「ポワン」
始まったポワンの弾丸トークを、ティロンが一言で止めた。
ポワンは途端に口を閉ざした。すげぇな、どうなってんだ。
「いくぞ、主がお待ちだ」
「はぁい」
先に扉を開くでもなく、その向こうに消えたティロンの後を追ったポワンは、ふいに俺に振り返った。
そして、にんまりと笑う。
「……何だよ」
「可愛いわねえ、彼女」
「……」
「あんたも、可愛いわねえ」
「……早く行けっ!」
ニマニマ笑うポワンにムッとして言うと、ポワンはくすくすと笑ってティロンに続いて扉の向こうに消えていった。
まったく……。
ふう、と息を吐いて再び扉に背を預けると、衛兵が困ったように眉を寄せていた。
「サーシャ殿も、大変ですねえ」
ホントにな。可哀そうな俺。
だけれども、一番大変なのは、異世界で独りぼっちのリノだ。
少しでも、安心して過ごせる空間を作ってやりたい。
そのために、この時間が、リノにとって実のある時間になっていることを祈った。
*-*-*-*-*-*‐*
やがて扉が開き、先立って皇帝陛下が現れた。
俺と衛兵は、跪いて出迎える。
陛下は、俺に気付くと「頼んだよ」と一言だけ告げた。
「はっ」
垂れた頭を深くすると、続いてイスラン様とシェニム様が出てきた。
ぽん、と俺の肩を叩いたのはイスラン様だった。
顔を上げると、腰を屈めたイスラン様は、
「思ったより、リノ、元気そうだったぞ」
「……そうでしたか」
「ああ。お前にも苦労掛けるが、よろしくな」
苦労、か。今のところ、そう思う余裕すらないっていうか。どうしてやればいいのか、分からないっていうか。
そんな俺にシェニム様は言葉を掛けることなく、ちらりと俺を見て歩いて行ってしまった。
何ともシェニム様らしい。
思わず苦笑を浮かべてしまうと、前を隊長が、その少し後ろにレーリア様とリノが歩いてきた。
レーリア様と話をしていたリノは、俺に気付くと、ぱぁっと表情を明るくした。
「サーシャさん、お待たせしました!」
その声に、本当だ、元気そうだと安堵した。
立ち上がりながら、三人を出迎える。
「ちゃんとメ……じゃなくて、ご飯、食べられたの?」
危ねぇ、メシって言いそうになった。
思わず咄嗟に言い直すと、幸いなことにリノは気付かなかったようで、元気に頷いた。
レーリア様は笑みをかみ殺しているから、しっかりとこの方にはバレたようだ。
ちょっと気恥ずかしくなり、誤魔化す様に隊長とレーリア様に頭を下げた。
「んじゃ、リノを部屋に送り届けてきます。そのあと、待機部屋戻りますんで」
待機部屋とは、俺たち『蒼の疾風』に与えられた、個室とは別の隊の部屋だ。
名前の通り、有事には命令が下されるまで待機するための部屋ではあるが、各々暇なときに集って適当に時を過ごすにも使ったりする。
他の連中も、ことの経緯が気になるだろうから、とそう言ったのだが、隊長は軽く手を振った。
「いらん」
「は?」
「今日明日、お前はいらん。好きに過ごせ」
隊長はそういうや、レーリア様に「先に戻っていて」と俺に対する声色と真逆の優しさで告げると、踵を返してそれこそ待機部屋方面に向かってしまった。
呆然とそれを見送っていると、レーリア様は肩を竦めて俺に微笑んだ。
「ごめんね、サーシャ。ラディったら言葉足らずで」
「……はあ……?」
「あのね、今日と明日は、梨乃ちゃんの傍にいてやれって。そういう意味だと思うわ」
はーい!?
あのな、あのなあ!!
言葉足らずにもほどがあんぞ!
何だよあれ、「いらん」って!! ちょっと傷ついちゃったじゃねぇか。
はー……。まったくもう。
一気に脱力した俺に、レーリア様は苦笑を向けた後、リノの両手を握って軽く振った。
「また明日ね。部屋は、気に入った?」
「は、はい、凄く広くて、凄く綺麗で!」
興奮したように言い募ったリノに、レーリア様は嬉しそうに笑った。
「そう、良かった。あの部屋のベランダから、星が綺麗に見えるから。地球よりも、ずっとたくさんの星が見えるから、驚くかもよ」
リノの表情が、途端に明るくなった。
ふうん、そっか。
俺にしてみれば、星空なんてあって当たり前、何なら夜明かりくらいにしか思わなかったけれど、見方を変えたら「綺麗」になるのか。
地球からじゃあ、ここまでの星空は見れないのかな。
そう思って、晩餐会場から漏れる明かりで、いつもよりも少なめに見えた夜空を見上げた。
そっか、ならば、
「んじゃ、リノ、部屋戻ろっか。んで、またおしゃべりしましょ」
「わあ、はい!」
嬉しそうなリノを連れ立って、レーリア様の前から退出しようとした俺の腕を、ついと引いた白い手。
「サーシャ」
小さく囁かれる声。
リノに、聞こえないように、俺の耳に流れる声は、いつもよりもずっと低く感じた気がする。
「分かってるわね? 梨乃ちゃんに何かしたら、わたし、あなたを許さないわ」
声の低さとにこやかな笑みが合っていません、レーリア様。
俺は少しビビりながら、何度も頷いた。
何か? する訳なんかない。
リノは、純粋に俺を女だと思ってくれている。だから、自分で言うのも何だか、早くも懐いてくれているんだと思う。
見くびられたもんだなぁ、俺も。
肩を竦めて、「もちろんです」と囁き返し、手を振って俺たちを見送るレーリア様の前から辞した。
リノを、大切に想う。
だけれども、それは恋じゃない。
今日出会ったばかりで、そんな気持ちが芽生えるはずなんてない。
多分、単純に言えば、「庇護欲」なんだろう。
庇護欲、か。そんなこと、今まで感じたこと、あったかな。
そっか、だから俺は今、自分のすべき行動に迷っているのか。
だけど、いい。今は、手探りでも、この子の不安を取り除いていこう。
隣で嬉しそうに笑う黒髪を、くしゃりと撫でたら不思議そうな顔をされた。
それを見て、笑ってもう一度夜空を見上げた。
この星空が、きみがアステリアを好きになる一因となるといいな、そう思いながら。
NEXT




