異世界からの訪問者 6
<Earth Side>
サーシャさんが手を引いて連れて行ってくれた扉は、先ほど私に貸してくれた部屋の扉とは異なり、大きく重厚な作りだった。
扉の引手だけではなく、扉全体に細かい意匠が施してあり、実際に見たことはないけれど、まるで中世のヨーロッパの晩餐会場のような構えだった。
扉の両端に、鎧みたいなのを着た二人の……兵士さんなのかな? が立っていて、私たちのために扉を両方から引いてくれた。
一瞬、眩しい光に目を細める。
いつの間にか、外がもう薄暗くなっていたから、余計に眩しく感じたのかもしれない。
目が慣れると、天井に大きなシャンデリア、そして部屋の中央にこれまた四、五十人は座れそうなサイズのダイニングテーブル。
その奥側に、五人の男女が腰掛けていた。
「梨乃ちゃん、こっちよ」
立ち上がったレーリアさんが、手招いてくれた。
思わず隣のサーシャさんを見上げると、彼女はにこりと笑って私の背中に手を当てた。
「楽しんでおいで」
そう言って、その手をそっと前に押し出す。
思わず一歩進んでしまい、立ち止まったままのサーシャさんに振り返った。
「あの、サーシャさんは一緒じゃないんですか?」
「あたしはここで、いい子でお留守番しているから大丈夫よぉ。美味しいご飯、いっぱい食べてくるのよ」
そう言って軽く手を振ったサーシャさんの姿が、閉まっていく扉と共に消えていく。
そんな。てっきりサーシャさんも一緒だと思っていたのに。
戸惑う私だったけれど、レーリアさんがにこにこと「こっちこっち」と手招いてくれていたので、そちらに歩み寄った。
レーリアさんのお隣の椅子を、侍女さんが引いてくれる。
隣のレーリアさんも座ったのを見て、私も頭を下げて、腰掛けた。
「さて。では、紹介してもらおうかな」
そう言ったのは、お誕生日席に座った、ダンディなおじさまだった。
髪の色は、ミルクたっぷりのカフェオレのような色。瞳は、――やっぱり青かった。
そして失礼かな、と思いつつ、席に着いた人々を一瞬見渡した。
お誕生日席のおじさまの席を一つ開けて初めましての、ちょっといかつい感じではあるけれど、にこにこと人懐っこそうな笑みを浮かべているお兄さん。
その隣に、シェニムさん。
シェニムさんの真向かいに、隊長さん。その右に、レーリアさん。そしてその隣に、私といった席順だった。
私からしたら右隣りに、おじさまがいらっしゃるんだけど……この方が、皇帝陛下、なのかな?
私の真向かいに座っているお兄さんと、ちょっと似ている気がする。
レーリアさんとシェニムさんと、少し系統が異なるカッコよさだった。
こっそりと観察していた私の隣を、すと立ち上がる気配がした。
レーリアさんが、立ち上がり私を促している。
慌てて私もそれに倣った。
「パパさん、イスラン兄さん。ご紹介させて頂きます。彼女は、ユウキ・リノ。梨乃ちゃんよ。私が暮らしていた地球から、どうやら偶然空間の歪みに入り込んでしまったようなの」
紹介してもらって、私はぺこりと頭を下げた。
「あの、初めまして。結城梨乃といいます。ち、地球から来るときに気を失ってしまってたところを、ええと、隊長さんたちに助けて頂きました」
合ってるかな、これでいいのかな。
異世界での自己紹介なんて、人生で全くの想定外。不安で一杯になる。
すると、目の前のレーリアさんのお兄さんらしいイスランさん――違う。
王子様だったら、『様』をつけるべきだ。サーシャさんもそう呼んでいたもの。
そうしたら、レーリアさんもシェニムさんも、『レーリア様』『シェニム様』と呼べば……お呼びすればいいのかな。
そのイスラン様が、同情めいた目線を向けた。
「そうか、それは災難だったな。怪我とかはねぇのか?」
「は、はい。おかげ様で……」
「それは何よりだ。こちらにいる間は、レーリアが心を砕くだろう。安心して過ごしなさい」
そうにこりと笑って言ってくれた皇帝陛下に、大きく頭を下げた。
「ありがとうございます。お世話になります、皇帝陛下。レーリア様、皆様、どうぞよろしくお願いします」
そう言って一同を見渡し、もう一度頭を下げると、レーリア様はくすりと笑って私の肩をぽんぽんと撫でるように叩いた。
「大丈夫、安心してね。言ったでしょう? きっとあなたを無事に地球に帰すから。ね?」
「はい……」
「それにね。私のこと、『レーリア様』なんて畏まらなくてもいいのよ」
はっとして顔を上げると、レーリア様は、ふんわりとした笑みを浮かべていた。
この方の微笑みは、何だか安心するな、何でだろう……。
「気軽に、さっきまで呼んでくれていた呼び名で構わないわ。何なら地球名でもいいのよ」
「地球名?」
ああ、そういえば、地球で育ったって聞いた。
「そう。『藤森彩花』って名前で、二十年地球で生きてきたの。どちらでも構わないわ」
藤森、彩花さんか……。隣に住むお姉さんな感じ。
でも、そう言ってもらえるなら、レーリアさんってお呼びしよう。
「私に関してはどちらでも構いませんが。レーリア、もうお座りなさい。食事が運べずに給仕の者が困っていますよ」
そうシェニム様……お言葉に甘えて、シェニムさんって呼ばせてもらうことにしよう……の一言で、食事が運ばれ、私たちはお話をしつつ食事を始めることになった。
私が学校の授業の後、帰宅する途中の出来事だった。今週はテスト前の部活停止期間なので、家に帰って勉強しようと思っていた。
途中、そういえばシャーペンの芯が残り少なかったことを思い出し、帰り道のドラッグストアに寄ろうとした時だった。
自動ドアの上から、ミストが注がれている。
ここに来るまでの陽の照り返しで、汗ばんだ身体に嬉しい。
そのミストが、いつもより多いことに気付いた。
ん? と思い、上を見上げる。
ミストが、更に増え、増え続け、ミストから小雨、雨、大雨、ゲリラ豪雨にあっという間に移行する。
「う、ウソ、なんで、うわっ!」
思わず息が苦しくなる。ドラッグストアの自動ドア前で、溺れるなんてあり得ない。
逃げ出そうと思ったけれど、足が動かない。
頭からは、もはやバシャバシャと水が私に襲い掛かる。
でも、待って。ちょっと待って。
苦しい。息苦しいけど、でも。
私の身体、濡れていない……?
そう、頭から水を被っている感覚はあるのに、そして目元は前が見えないくらい、水が降り注いているのに。
身体はなぜか、濡れていない。
うそ、何これ、おかしい……!
そう思った瞬間、水が一瞬でピタリと止み。
今度は、貧血を起こしたような立ち眩みが起こり。
何があったのか分からないまま、視界が暗くなり。
気付いたら、私を覗き込む、隊長さんの顔があった。
そんな説明をしている間、王族の皆さんは真摯に聞いてくれていた。
私の、噓みたいな、おとぎ話みたいな話を聞いてくれている。
そして。
「……そこが、今回の歪みだったのね」
「そうだね。でも、毎回場所と歪む条件が変わるから、なかなか場所を特定するのも難しいな……」
「リノが着た場所が、地球への道ではないですしね。まるで逃げ水のようですね」
シェニムさんの言葉に、ふいにテレビで見た砂漠を思い浮かべた。
逃げ水って、蜃気楼のことだったかな。この世界だったら、砂漠もありそう。
「私やレーリアの魔力で、地球への道を作ることは可能です。ですが、そこが果たしてリノのいた『地球』かどうかは確信できません」
なに、何か怖い話になっている……?
ぞくりとしながら、優雅に白身魚のムニエルかな? それを切り分け、口に運ぶシェニムさんを見つめた。
彼は私をちらりと見、そして目を少し細めた。
ちょっと、意地悪っぽい眼差し……。
「例えばそこが、並行世界、鏡像世界、あるいは……」
「っ!!!」
思わず身を自分の腕で抱え込み、声にならない悲鳴を上げた。
「シェニム兄さん!!」
レーリアさんが大きな声を出し、私の肩を掴んで顔を覗き込んだ。
綺麗な青空のような瞳が、私を映している。怯え切った私の顔を。
「大丈夫。だから、梨乃ちゃんの来た道を探しているの。きっと見つかる。大丈夫。私の使い魔は、優秀なのよ」
つかいま……?
「私の使い魔も供給しているのですから、これくらいはお許しを」
シェニムさんは悪びれた様子もなく、洗練された動きで口元をナプキンで拭うと、空に向かって指をパチンと鳴らした。
すると、どこから現れたのか、男女が扉の前に跪いていた。
黒い短髪の男性。スーツのような服を着ている。
長い銀髪の女性。こちらは、革の鎧のような恰好だった。
その二人が、顔を上げた瞬間。
ああ。
ここはやっぱり異世界で。
人ではない何かが、存在するんだ。
私の本能が、それを教えてくれた気がした。
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