異世界からの訪問者 10
<Earth Side>
サーシャさんが連れてきてくれた庭園は、この大きなアステリア城の中庭だという。
途轍もなく大きい白亜の城に囲まれたこの庭園。
入り口には、赤や黄色、緑の蔦など色とりどりの花や葉で作られたアーチがあり、そこを抜けると目の前には一面の白いお花の絨毯。
まるで絵本から飛び出したような可愛らしさだった。
何でも、5歳に地球へと旅立つ前まで、レーリア様はよくここでこの白い花を摘んで腕飾りや冠など様々なものを作っては、お城の人々にあげていたそうだ。
レーリア様は、アステリア随一の知力と魔力の持ち主、「祝福の女神」。
その微笑を得られた者には未来永劫の幸福が約束されるのだと教わった。
何だか抽象的な気がするけれど、きっと、その微笑はラナディート隊長が受け取っているんだろうな。
だってお二人とも、幸せそうだもの。
二人とも、お互いを思いやって大切にしているのが、たった一日でも分かった。
……いいなあ。
そんな恋、してみたいなあ。
私はまだ、恋らしきものをしたことがないように思う。
淡い恋心みたいなのが無くはないけれど、そんなことを両親に気付かれた日には何を言われるか分からない。
まずは勉強。
そして、両親にとって『役に立つ』習い事。
それが中心でなければ許されなかった。
将来結城家を護るため、私自身を磨き上げ、そして親が選んだ伴侶を得て、家のため、妻として、そして母として、義務を背負って生きていくのだろう。
冷え切った私の未来。
それが当たり前だと、私の中にある希望を全て、心の奥底に仕舞って鍵を掛けた。
そうでなければ、私は息をするのすら苦しくなる。
なのに、昨夜はサーシャさんの前で取り乱してしまった。
だって、星明りがあまりに綺麗で。
サーシャさんの笑顔が優しくて、眩しくて。
この今の時間が、ずっと続けばいいのになんて、思ってしまって。
心の澱を吐き出してしまった。
大声で泣いてしまって、私の黒い部分を口にしてしまって、とても恥ずかしかった。
でも、ちょっとだけ、スッキリしたのも事実。
だってここは異世界。誰も私のことを知らない。
だから、ここの皆さんの優しさに甘えて、サーシャさんの与えてくれた温もりに縋って。
それが、とても心地よかった。
そして、昨夜。
私はあることに気付いてしまった。
だから、今日、サーシャさんはいつも通りだというのに、何だかとても恥ずかしくなってしまった。
変な態度取っていないかな。失礼なこと、していないだろうか。
とても心配だけれど、サーシャさんは昨日と変わらない笑顔で、先に進んだ庭園で、私を手招いた。
「ほら、リノ、こっちにおいで。とてもいい香りよ」
その言葉にくすりと笑って、大きく頷いて、私もサーシャさんの元へと歩いて行った。
*-*-*-*-*-*‐*
この花は、シロツメクサというらしい。サーシャさんが、侍女さんに聞いてくれたそうだ。
私はクローバーだと思っていたけれど、違ったのかな。それとも、同じ花で名前が違うだけなのかな。
あまり花に造詣が深くない私には分からなかったけれど、ここはこの異世界に倣って、シロツメクサと呼ぶことにした。
庭園の中央に向かい合って座り込んだ私達。
城の中央だからか、外から回廊、そして回廊から外へと抜けていく風が気持ちいい。
シロツメクサも、気持ちよさそうに揺れている。
サーシャさんは、その花を一つ摘んで、私の髪に刺した。
驚いて、そこに手を当てる。
サーシャさんは目を細めて、私を見ていた。
その栗色の瞳に見つめられ、ドキッとした。
「リノの黒い髪は、白い花が似合うわねえ。残念ながら、あたしは冠を作ってあげられる技術ないの。ごめんね」
「いえ、そんな……。これだけで、嬉しいです……」
思わず小さくなってしまった声に、サーシャさんは少し不思議そうな顔をしたけれど、もう一つ花を摘んで、茎を手にしてくるくるとそれを回した。
もう片手は、座り込んだ背後に突いて、空を見上げている。
私を見ていないことをいいことに、サーシャさんの綺麗で可愛い顔を見つめてしまった。
本当に整った顔立ち。
基本的に、アステリアの人たちって、美形が多いのかなと思う。
レーリア様たち王族もしかり。『蒼の疾風』の人たちもしかり。侍女さんたちもそう。
だけれども、私にはサーシャさんが誰よりも一番綺麗に見えた。
キラキラ輝く大きな瞳。
私に向けてくれる優しい眼差し。
常に笑みを浮かべている唇。微笑んでいたり、たまに悪戯っぽく笑ったり。
ころころと変わる表情も好きだ。
今まで誰にも感じたことのない、ずっと見ていたいという衝動。そんな気持ちに駆られるくらい、好き……うん、好きだ。
でも、この好きは、どういう好き?
友達の『好き』? 尊敬する『好き』? 憧れる『好き』?
私には、まだよく分からなかった。
「ねえ、リノ」
はっとして、意識を戻すと、サーシャさんは胡坐をかいて、指に摘まんだ花に視線を落とし、ぽつりと呟いた。
「あたしの話、ちょっとだけ、聞いてくれる?」
そう言ってくれた言葉に、否定どころかとても嬉しくて。
サーシャさんが、自分のことを私に教えてくれるなんて。初めてのことじゃないだろうか。
私は否応なく、大きく頷き、少し姿勢を正し、サーシャさんの言葉を一つも漏らさないように準備を整えた。
*-*-*-*-*-*‐*
「あたしね、実は親がいないの」
唐突な言葉に、驚いた。
だけれども、その続きを聞くために、私は心の中だけで頷いた。
サーシャさんは続ける。
「あたしね、赤ん坊の時に、ある人の家の前に捨てられていたんだって。その人、扉開いたら、布にくるまれた赤ん坊が置いてあって、それはもうびっくりしたそうよ」
それはそうだろう。玄関開けたら、赤ちゃんがいたなんて。
しかも、地面に置かれていたなんて。
酷い。
憤る気持ちが生まれるけれど、私は唇を噛み締めて我慢した。
「どうしようか迷ったけど、まあこれも縁なんだろうと、あたしを拾うことにしたんだって。男一人所帯なのに」
「え、男性、だったんですか」
しまった、昨夜のサーシャさんのように、黙って聞くつもりだったのに。つい言葉を出してしまった。
こういうところが、私は子供なんだろうな……。
シュンとしてしまったけれど、小さく首を振って自分を持ち直し、サーシャさんの言葉の続きを待った。
「そうなの、驚くわよね。しかも独身だし、子供なんていないし。勇者よね、どうやってあたしを育てようと思ったのかしらね」
そう可笑しそうに笑ったサーシャさん。
その表情に、悲しみは無いように見えてほっとした。
「その人、あたしを拾って育てていることを隠しもしなかったのよ。周囲にはもちろん、あたしにも」
『いいか、お前を食わせていくことは出来る。だが、それ以上の期待はするな。俺は本当の親じゃないのだから、俺に対する過度の期待は無駄だ。お前は生きていけるだけありがたいと思え』
うーん、正直なような、乱暴な言い方のような。
判断するのは難しかったけれど、でもサーシャさんが辛そうではなくて、笑いながら話しているから、そこで私があれこれ言うのは違うと思った。
「まあ、ちょっと変わり者だったんだけど。あたしがある程度大きくなって――ああ、剣は教えてくれたのよ。魔力は早々に無いって分かったから諦めていたけれどね。で、剣がある程度使い物になったら、あの人、あたしを自分の職場に放り込んだの」
「え、それって」
まさか、今いるところ……?
「そ。あたしの育て親は、前『蒼の疾風』隊長だったのよ」
驚いた。
まさか、サーシャさんの育てのお父さんが、前隊長……。
あれ、だけど、サーシャさんって確か、副隊長だったような。
「思ったでしょ、なんであたしが隊長じゃないのかって。あのね、隊長になるって、剣の腕だけじゃダメなのよ。そうねえ、皆を引っ張っていける人徳、魅力、そんなのがないとね。……まあ、ラナディート隊長はアレだけどさ」
「サーシャさんは、それも兼ね備えていると思います!」
サーシャさんの言葉に被せるように、思わず声を上げてしまった。そしてそれに自分で驚いた。
サーシャさんはもっと驚いたようで、目を見開いていたけれど、すぐにくすりと笑って自分の頬に指先を当て、小首を傾げた。
「でも、あたしはねえ、可愛い、か弱い女の子だし?」
「……サーシャさん」
「ん-?」
「本当のサーシャさんは、今のサーシャさんですか?」
まずい、今じゃないと思う。
思うけれど、また私の口が止まらない。
どうしよう、いいのかな。サーシャさんを傷つけたらどうしよう。
でも。
「サーシャさん、もし。もし、私のためにそうして下さっているのなら、本当にごめんなさい。本当のサーシャさんが、今のサーシャさんだったら、私余計なことを言っています。許してください」
「え、待ってどうしたのリノ……」
戸惑うように、私に伸ばした指先。
その指先に触れ、そのまま私の手のひらと重ねた。
私に当てられた、ゴツゴツとした硬い手のひら。
そして、喉元にある、少しの突起。
昨夜、気付いてしまったこと。それは。
「サーシャさん、男の人でしょう?」
びくり、と震える手。
そしてサーシャさんは口を半開きにし、私に手を握られたまま、固まってしまった。
NEXT




