異世界からの訪問者 2
<Earth Side>
暗闇から引きずり出されるかのように、瞼に眩しい光が差し込んだ。
うう、眠い、まだ眠いよ……。
昨日、テスト勉強遅くまでしていたし、少しだけ寝坊しても許されるんじゃないかなあ。
あれ、今日って学校ある日だっけ、テスト前休暇じゃなかったっけ……。
寝返りをうち、ぼんやりと、渋々目を開く。
目の端に、映るのは青い空。
そして、白いスラックスみたいなのと、茶色いブーツみたいなイカツイ靴。
頬に当たるのは、チクチクした……葉っぱ?
目線をゆっくりと上げていくと、私を覗き込む、まるで澄んだ海のような瞳。
その瞳の持ち主の男性が、無表情で私を覗き込んでいる。
驚きすぎて、あまりに驚いて。
喉の奥が、「ヒュッ」っと鳴った。
私を覗き込んでいた男の人は、チョコレートみたいな色の髪をしていて、とても端正な顔立ちに見えた。
まるで俳優さんみたいなイケメンだった。ちょっと周りで見ないタイプ。テレビに出ていそう。
そんな彼は、西洋っぽい制服みたいなのを着ていて、よく見たら剣まで佩いている。
そして周囲にも、彼と同じような衣服を纏った人々が数人いた。
え、ちょっと、ま、まって。
私、テレビか映画の撮影現場に入り込んでしまったの!?
慌てて身を起こすや、くらりと眩暈がした。
え、なにこれ、貧血!?
ヤバい、倒れると思った瞬間、私の身体が何かに包み込むように支えられた。
きゅっと一瞬瞑った目を開けると、さっきの男の人の距離感よりずっと近く、私の傍にあった顔。
さっきの人じゃない。
ショートカットの綺麗な金髪、大きなくりくりとした茶色い瞳、それを縁取る長いまつげ。
「っと、大丈夫?」
私に掛けられた声は、ハスキーだったけれど、とても可愛らしい女の子だった。
ハーフなのかな。
日本人離れしたその美貌に、思わず見とれた。こんな可愛い子、こんなに近くで見たことない。
私を見つめるその茶色い瞳を見つめていると、その子は戸惑ったように、私から先ほど私を覗き込んでいた、背の高いチョコレート色の髪の人に目を向けた。
「ちょ、隊長、これ、どんすんよ」
「…………」
隊長、と呼ばれた人は、再び私に視線を下した。
座り込み、身体を女の子に預ける私。私を支えて膝立ちになっている女の子。
そして立ち上がったまま、私たちを無表情で見下ろす男性。
こ、怖い……。無表情が怖い……。
いきなり、撮影現場にお邪魔して(どうやってここにいたのか分からないけれど……)撮影の妨害をしてしまったので怒っているのだろうか。
謝ろうにも、威圧感に圧倒されて、声が出ない。
思わず、女の子の私を支えた腕に縋ってしまった。
女の子は、少し驚いたように私を見たけれど、小さく首を振り、隊長、と呼んだ男の人を見上げた。
「レーリア様に、助け求めますかね」
「……仕方ない。そうするか。シェニムが一緒に来ないことを祈ろう」
その途端、乾いた笑いが周囲に広まる。
何、何事? 何が起きて、何が起こるの。
自分の身に何が起きたのか、本当にさっぱりと分からない私は、不安と恐怖で涙が零れる五秒前に違いなかった。
*-*-*-*-*-*‐*
何が起きているのか分からないのに、泣いている場合じゃないと思った私は、必死で涙を堪えていた。
私を取り囲むように、周囲を同じ制服? 隊服? を着た男の人が取り囲んでいる。
それだけでも恐怖なのに、彼らの少し離れたところに乗馬用の馬がいたし、先ほど気付いたように、彼らの腰には長い剣みたいなのも佩いていた。
ただ、私の近くにいた女の子だけは、ちょっと短めの剣のようだった。
隊長と呼ばれた男の人は相変わらず無表情だし、他の人たちも何だかいかつい感じだし、とても声を掛けられるような雰囲気ではなかった。
膝を抱えて草の上に座り込んでいると、ふと女の子と目が合った。
彼女は、ちょっと目を見張ると、困ったように笑みを浮かべた。
「ちょっと待っていてね、今、偉い人来るから。そしたら、お話聞かせてね」
偉い人……。私、怒られるんだろうか。
撮影妨害したって、慰謝料請求されるんだろうか。
親に連絡行くのだろうか。
学校、最悪、退学になったりするんだろうか……。
不安がまた私を襲い掛かり、耐えていた涙が、じんわりと下瞼に溜まっていくのが分かった。
「あ、あの、あの、ごめんなさい、本当に……。私、わざとじゃなくて、何でここにいるのかも分からなくて、撮影の邪魔してしまって本当にごめんなさい……」
震える声でそう言うと、女の子は慌てた様子で私に少しだけ身を寄せた。
「ちょちょちょ、な、泣かないで! 怒ってる訳じゃないから、ちょっと説明聞くのにも順序があってね……って、サツエイってなに?」
最後小首傾げるようにした女の子に、隊長さんが小さく首を振り、溜息をつくと。
目の前の空間が――ウソでしょ。どういう仕掛け?
二メートルくらいの高さまでの空間が歪み、そしてその向こうから、ぼんやりと人影が現れたと思ったら。
煌びやかな美しい長い金髪と、白いドレスを纏った、それはそれは美しい女の人が現れた。
え、ここ、TDL? もしくはUSJ?
まるでプロジェクトマッピングのようなその映像から、綺麗な女の人が登場したのだった。
途端、無表情を貫いていた隊長さんが、見るからに頬を緩め、手を伸ばした。
にこりと笑って女の人が一瞬彼の腕に包まれると、そっと身を外した。
そして小さく後ろを振り返ると、彼女が現れた空間から、もう一人、彼女によく似た金髪を緩く後ろに一つに縛った男の人が現れた。
よく似ていると思ったけれど、女の人は柔らかな美しさで、こっちの男の人はゾッとするような冷え冷えとした美しさ――に見えた。
その男の人が、私を見るや、片方の眉を上げた。途端、私の身体がビクリと震える。
何か……一挙一動が、凄く怖い……。
「ほう……。これはこれは」
腕を組み、私を見下ろす目線に慄いていると、隊長さんから身体を離した綺麗なお姉さんが、草の上に座り込んだ私の目の前にしゃがみ込み、目線を合わせてくれた。
白いドレスの裾が、汚れてしまうのに。
そんなことを厭わないような、柔らかい微笑みを浮かべている。
「初めまして、迷い込んじゃったのかな?」
その声色が優しくて暖かくて、感情が追いつかない。
「あ、あの、わ、私、私……」
何かを言いたいのに、言葉にならない。
頬を涙が幾重にも伝っていくのが分かった。
そして、私を気遣うように見つめる、茶色い大きな瞳にも。
「あの、ご、ごめんなさい、あの……」
「うん、うん、謝らないでいいの。大丈夫よ。ここには、あなたを攻撃する者はいないわ」
「あの、けど……」
「わたし、レーリアっていうの。あなたのお名前、教えてくれると嬉しいな」
ふんわりと笑って、私の手をゆっくりと握ってくれたレーリアさん。
彼女の手の温もりが、私の固まっていた心が、じんわりと解けていくのが分かった。
ごめんなさい。
撮影、邪魔するつもりなんて無かった。
何でここにいるのかすら、分からないんです。
どうしてなのか、分からないんです。
その全てを伝えたいのに、何一つ言葉にならず。
気付いたら、私はレーリアさんに取り縋り、まるで子供のように大きな声でわんわんと泣いてしまっていたのだった。
NEXT




