異世界からの訪問者 3
<Asteria Side>
緊張の糸が切れたのか、取り縋って泣いてしまった女の子を抱きとめたレーリア様は、彼女の背中をゆったりと撫でながら、隊長を空いた片手で呼び寄せた。
そして、何やら耳打ちをすると、隊長は小さく頷いて、自身のマントを脱いでレーリア様に手渡した。
地面に魔法陣を描き直していたシェニム様が目線で合図をすると、レーリア様は自分自身の胸元にいる女の子の頭から、隊長のマントを被せた。
途端、見るからにビクリと震えた彼女に、レーリア様の声が囁く。
「少しだけ、揺れるかもしれないけれど我慢してね。目を閉じていたら、すぐに終わるから」
「え、え、な、何を……」
「大丈夫よ、目を閉じて。三、二、一……」
レーリア様の合図に合わせ、シェニム様の足が魔法陣の中央をトン、と叩く。
すると俺たち『蒼の疾風』ごと包み込んだ魔法陣が、淡い光を放ち、目の前の空間が歪み。
次の瞬間は、俺たちはアステリア城の入り口に立っていた。
うーん、確かに、この魔法が発動されるときの揺れは、俺もちょっと慣れない。
馬に乗っている時の揺れと違って、脳が揺さぶられるようで、時折馬酔いや馬車酔いみたいな感覚になる。
そして目線をちらりと向けると、門番の向こうには遥か下方に、先ほどまでいた草原が広がっている。
彼女にこれを見せたら、大パニック間違いないだろう。それを察し、彼女の視界をあらかじめ遮っていたのか。さすがレーリア様。
女の子を片手で抱き寄せながら、共に歩いたレーリア様は頃合いを見て隊長のマントを取り外した。
城壁に向かいながら、隊長にマントを返し、女の子の乱れた長い髪をそっと直してやっていた。
「大丈夫? 気持ち悪くない?」
「は、はい、あの、ここって……」
戸惑う女の子に、レーリア様はにこりと笑って片手を白亜の城に向けた。
「わたし達の居城、アステリア城よ。ようこそ、アステリアへ」
女の子は、明らかに動揺したように、アステリア城とレーリア様を見比べていた。
まあ、そりゃそうだよな。何が何だか、だよな。
でも、それは俺たちだって同じこと。
本当に地球から来たのか?
何者なのか?
狙いがあってきたのか?
――誰なんだ、あんたは。
その答えを聞くため、俺たちは城の中へと入っていった。
怯える女の子から、目線を離さずに。
まだ俺たちは、彼女を迎える準備をするには情報が足りなさ過ぎだった。
*-*-*-*-*-*‐*
暖かいハーブティーを手ずから淹れたレーリア様は、女の子の隣に寄り添うように腰を掛けた。
両手でティーカップを包み込んだ彼女は、まだ緊張したような声色で、レーリア様、隊長、シェニム様……そして俺に目を向けた。
「あの、私、その……結城梨乃っていいます。ええと、日本人で、17歳の高校二年生です」
ニホンジンというのは、確かレーリア様が育った地球の国の一つの人種だったよな。
で、コウコウニネンセイって何だ?
17歳は、分かる。年齢だよな。
17歳かあ、……もっと幼く見えるな。ずっと泣きそうな顔をしているからかな?
思わずじっと見つめていたらしく、ユウキリノ(どこで切るんだろう……)が、俺の視線に気づき、少し怯えた顔をした。
やべ、見過ぎたか。
慌てて誤魔化すように、にこりと微笑んだら、レーリア様が彼女の肩に手を触れて注意を向けてくれた。
「梨乃ちゃん、ね? そう、高校生なの、良かったらどこの学校か聞いてもいい?」
「え……あの、私、捕まるんでしょうか……」
「ええ? 違う違う、わたしも地球にいたことあるからね、知っている学校なのかなと思って」
「ああ……」
少しホッとしたように、リノは表情を緩めた。
そして俺には謎めいた言葉を発した。
しかし、レーリア様は目を見開き、凄い凄いと連発していた。
「本当に!? 凄い難関校じゃないの。梨乃ちゃん、頭いいのねえ」
「い、いえ、そんな……」
「謙遜しなくていいのよ。わたしですら知っているような超有名校なんだから。ねえ、ラディ、わたしが通っていた高校とはレベルが違うのよ。凄いわねえ」
「そうなんだ。制服も、レーリアが『彩花』の時とは違うね」
「可愛いわよね、セーラー服。わたしのところはブレザーだったから」
「あの制服も可愛かったよ」
おっと、夫婦の通常運転のイチャツキが始まりそうになったので、俺は身を乗り出してしまった。
だって、リノが驚いて硬直してしまっている。
「ねえ、リノ、でいいよね?」
「あ、はい」
「お……」
俺、って言おうとしたけれど、レーリア様の視線を感じた。
そして、シェニム様からも。
うーん、何となく、何となくだけれども。
リノは、俺を女だと勘違いしているのではないだろうか。
まあ、それは慣れていることではあるし、俺としてもわざと女に間違えられる言動をしたりするけれど。
でも、今回、この場合、俺が女の振りをすることが正しいのか?
俺にはよく分からないけれど、シェニム様が小さく首を振ったので、それを了承する形で、にこりと笑みを深めて見せた。
「そっか、あたしはねえ、サーシャ。あのおっかない顔しているお兄さんの部下なのよぉ」
そう言って隊長を指さすと、隊長は苦虫を潰したような表情に一瞬変え――すぐに無表情に戻ったが――そう悪戯っぽく言うと、リノは俺と隊長を見比べて、くすりと笑った。
おや。
笑うと、随分雰囲気の変わる子だ。
「ふふっ、そうなんですか。そういう役なんですか? 大変ですねえ」
「……役?」
「あぁ、そういうことね」
リノの言葉を拾って、レーリア様が納得したように頷いた。
そして、リノの髪をそっと撫でながら、彼女の表情を伺うように顔を覗き込む。
「ここが、撮影現場だと、思っていたのね? だから、入り込んで怒られるって思っていたのね」
「は、はい。随分凝った現場なんだと思って。そんな大事な撮影を邪魔するつもりなんて、私……」
「待って、待ってね、梨乃ちゃん。ちょっと落ち着いてね。わたしの話を聞いて欲しいな」
言い募るリノを止める、レーリア様の声。
慌てる様子もなく、ゆったりと、ゆっくりと。
言い聞かせるように。リノの気持ちに、寄り添うように。
「ねえ、梨乃ちゃん。信じられないとは思うけど、一旦聞いてね」
「は、はい……」
「ここはね、映画やドラマの撮影現場じゃないの。特撮をしている訳でもないのよ」
「え、じゃ、じゃあ……」
「そうねえ……」
レーリア様は、すんなりとした指先を自身の顎に当て、しばらく宙を見上げたかと思ったら。
小さく、「取り繕っても仕方ないか」と呟いて。
リノに、にっこりと笑みを向けた。
「ここはね、あなたから見たら、異世界なの。異世界、『アステリア』という世界よ」
「え……」
絶句したリノから目線を外し、レーリア様は俺たちを見渡し、笑みを少し深いものにした。
ちょっとだけ、シェニム様の笑みに近いような、そんな笑み。
「皆も驚いているかもしれない。異世界から来た人だものね。だけど、この子は『普通の女子高生』よ。敵じゃないわ。大丈夫、確信したのよ」
「レーリア、しかし……」
「一人で、異世界に来てしまった怖さ、わたしも分かるつもりよ」
そう言われたら、俺たちの誰としても、レーリア様に反論出来る者はいない。
そしてレーリア様は、小さく微笑んだ。
「だからね、ラディ。わたし、梨乃ちゃんを、無事に帰したいの」
そうはっきりと言ったレーリア様に重ねる言葉は、隊長は持ち合わせていなかったようで。
彼もまた、小さく頷いた。
しかし……。
異世界人、か。
アステリアから記憶を消して、地球で育ったレーリア様とは違い、生粋の地球生まれ、地球育ちの異世界人、リノ。
彼女がどんな偶然を重ねて、アステリアに来てしまったのか分からないけれど。
不安気な表情で、レーリア様と俺を見比べる彼女に。
同性に、安心を求めている彼女に。
少しでも寄り添えることが出来たら――そうしたら、俺のこの女の振りも、無駄じゃないのかな。
そう思えたのだった。
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