異世界からの訪問者 1
<Asteria Side>
その日は、朝から雲一つない澄み渡った青空が広がっていた。
やっと平和になった、アステリア。
四つの国を一つに統合し、皇帝が統治する帝国となった。
それぞれの元『国』は、現在それぞれ『領地』となり、領主が置かれている。
ティリシア、ミネリア、フォーティニア。
そして、皇帝の膝元である、この世界の名を冠するアステリア。
アステリアの特殊部隊であり、精鋭のみで組織された俺たち『蒼の疾風』は、今日も斥候として世界のあちらこちらを視察して回っていた。
ミネリア地方を見回っていた今回、何事もなく安堵しつつアステリア城へと戻る道すがらのことだった。
心地いい風が吹き抜ける草原。
遥か向こうに見えていた巨大な浮遊城、アステリア城が徐々に近くなるにつれ、その美しく繊細な作りが見て取れるようになる。
それを何となく見上げつつ、俺は隣で愛馬を走らせている隊長の精悍で端正な横顔を目の端に捉えていた。
相変わらず、真面目くさった顔だな、おい。
基本表情を変えることがないこの隊長――ラナディート・エルハラードの心の中に棲んでいる、唯一無二の彼女のことを想うときだけ、表情が変わる。
そしてその彼女を目の前に迎えた時、周囲が未だ驚くほどの蕩ける笑顔を浮かべるものだから、やっていられない。
そして今、真っすぐに向けられた海のように深い蒼い瞳の先にあるあの白亜の城で待っている、最愛の彼女のことを想っているのだろう。
少しだけ、ほんの少しだけ頬が緩んでいるような気がした。
……気がしただけかもしれないけれど。
「ねー、隊長?」
そう問うと、ラナディート隊長は目線だけを俺に向けた。
その眼差しを見て、俺の中の悪戯な気持ちがうずうずとしてしまう。悪い癖だ。
「今回、レーリア様にお土産、何買ったんすか」
隊長の最愛の妻であり、この世界の至宝である『祝福の女神』、レーリア様。
そんな彼女に、長期斥候に出た時には、何かしら手土産を持ち帰っていることを、俺たちは知っている。
本人は気付かれていないと思っているのかもしれないけれど。
甘いな、隊長。
伊達に、あんたが地球に行っている間、この隊を護っていた俺たちじゃないんだぞ。
あんたの想いなんて、俺たちに筒抜けだ。
だから、あんたが護ろうとしているもの――レーリア様を。そしてレーリア様が護ろうとしている、この世界を。
俺たちも護りたいと思っているんだ。
そんな俺たちの誇りともいえる思いに気付いているのかいないのか、隊長は胸元にふと触れた。
「……レーリアは、いつもいらない、無事に帰ってきてくれたらそれでいいというけれど。レーリアの瞳のような色の石のイヤリング見つけた」
「へえ」
思わず、空を再び見上げた。
レーリア様の瞳の色は、他のアステリア王家『蒼の一族』とは少し異なる色合いだ。
海の色になぞらえられる『蒼の一族』の瞳とは違い、レーリア様のそれはこの空の色のようだった。
母上の出身である『虹の一族』血を強く受け継いだからだろうか?
それとも、やはり数百年に一度生まれるといわれる、『祝福の女神』だからだろうか?
どちらにしても、俺もレーリア様の澄んだ空の色も、柔らかな眼差しも実は密かに大好きだったりする。
……本人には、絶対言わないけどね。それが、俺だから。
「空の色のイヤリングかー。じゃあ、前にあたしが差し上げた指輪と対になっちゃうわねぇ」
「……サーシャ?」
「んふっ、あの指輪も、大事にしてくださっているみたいだし? レーリア様にアクセサリー贈るもの同士、仲良くしましょ、隊長!」
前に『蒼の疾風』の証として、仲間だと思っていることを知って欲しくて、俺がレーリア様に捧げた指輪のことをほじくり返した。
わざと女っぽい言葉遣いで弄った途端、隊長の目が眇められたのを見て、逃げるように馬を走らせた。
「ちょ、サーシャ! お前また隊長からかって!」
「この後の始末、メンドクサイんだぞ! おい、逃げんな副隊長!」
ゲラゲラ笑う隊員の声を背に、草原を駆け抜ける。
城まで隊長のご機嫌が直らなかったら、まあレーリア様になんとかしてもらうとして。
早く城の自室に戻って、久しぶりにのんびりしたいなあと思った。
思っていながら、ふと草原の中央に違和感を感じた。
一面、くるぶしほどの高さの草原。
ところどころ、俺には名前が分からないが、白い花が揺れている。
その一か所に、黒い物体が転がっていた。
なんだ、あれ。
眉を顰め、馬の速度を弱める。
そしてやがて、隊長を始めとする隊員たちが、俺に追いついた。
「おい、サーシャ? どうした」
「……サーシャ?」
隊員に続き、隊長も俺の名を呼びながら、俺の目線を辿る。
そして、目を細めて、ゆっくりと馬の歩を進めた。
近づくにつれ、その黒い物体の形成が明らかになっていく。
「……女?」
そこに転がっていたのは、黒い長い髪を持ち、見たこともない恰好をして横たわっている女だった。
顔は、向こう側に向けていて分からない。
ドレスというには短い、膝上までのスカートのようなものを履き、首元には、スカーフのようなものを巻いている。そのスカーフも大きな襟から覗いているような作りで、実に奇妙な服だった。
隊長は馬から軽々と降り立ち、腰を屈めて、横たわる女を覗き込んだ。
反応はない。生きているのだろうか。
「……地球人、か?」
ぽつりと呟いたその隊長の言葉に慄いた。
地球、だと?
それって、もしかして。
レーリア様が、自らの力を封印し、成人まで身を隠した、あの異世界?
俺たちはお互いの顔を見合わせ、そして横たわったままの女に目を向けた。
しばらくそうしていたら、女が小さく身じろぎをした。
そして、ぎこちない動きで、こちらに顔を向けた。
長い髪が顔に掛ったままで、表情は良く伺えなかったが、何やらぼんやりとしているようだ。
そして顔をこちらに向けるも、体を草原に身を任せていた女の眼差しが、俺たちを見渡し、空を見上げ、もう一度俺たちを見渡すと。
「……!!!」
声にならない悲鳴を上げたようだった。
明らかに驚愕した表情。
そして咄嗟に起こした半身。
途端、くらりとしたようで、よろめいた身体を、咄嗟に俺の両手で支えた。
「っと、大丈夫か?」
「ひっ……!!」
目を見開き、蒼白な顔を俺に向けた。
大きな瞳。真っ黒だ。
そこに、俺の戸惑った顔が映っている。
地球から来たのか?
なぜ、どうして。
どうやって。
これは、困ったことになったかもしれない。
俺は、これから始まる俺の人生を変えるような日々が起きることを想像もしていないまま、ただ戸惑い、怯える女の身を支えて途方に暮れた。
NEXT




