異世界からの訪問者 14
<Earth Side>
シェニムさんのお手伝いは、その日一日だけかと思っていたら、思いのほか私のことを気に入ってくださったのか、毎日お仕事を与えてくれることになった。
「リノは優秀ですよ。一度説明したら、二度同じことを教えることはないので助かります」
レーリアさんの部屋にお招きに預かり、私とシェニムさんは午後の紅茶を頂いているところだった。
お手伝いを始めて、もう何日になるのだろうか。
その間、レーリアさんの使い魔のポワンさんから『地球への扉』捜索の進捗を聞くけれど、まだ色よい返事は帰ってこない。
大分苦戦しているようだ。
私のために申し訳ないと思うけれど、でもそれで私が謝るのも失礼かと思い、ただ、
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
と言う言葉に留めておいている。
そしてサーシャさんたち『蒼の疾風』は、無事にコソ泥を捕らえたあと、次々と民衆の依頼事が絶えないらしく、忙しそうにしている。それに、数日ごとに城の外に斥候に出ているようで、毎日会うことはなかなか難しくなっていた。
それでも城内に戻ってきた時には、ちょくちょく私に会いに来てくれるし、夕食を共にしてくれたりして、気を遣ってくれていることがありありと分かり、申し訳なさ半面、嬉しさ半面といったところだった。
そして今、レーリアさんの部屋でお茶を頂いてる私は、すこしばかり肩身の狭い思いをしている。
「まったくシェニム兄さんたら。慣れない異世界で困惑しているのをいいことに、梨乃ちゃんを体のいい助手にしてしまうなんて。ずうずうしいにもほどがあるわ!」
そう怒ってくれるけれど、私としては本音はただ何もせずにぼーっと見知らぬ世界で時間を潰すよりも、よっぽど実のある生活を送らせてもらっていると思う。
シェニムさんのお手伝いは、ただ日々言われるがままの部屋の片づけだったり書類整理だったりするけれど、文字が読めないなりにこの書類がどういったものなのかの雰囲気を悟ることができるくらいは分かる気がするようになっていた。
例えば、ティリシアへの書類は要望への返答が多いな、とか。
フォーティニアの書類は、観光関係の数字が羅列されているものばかりだな、とか。
ミネリアの書類は、よく分からなかったから聞いてみたら、天候不良が続く場所にレーリアさんの力をお借りしたい、というものだった。
そんな国家を運営する場所――もう、宰相なんだろうな、シェニムさんって。そのお手伝いが出来るなんて、ありがたいとしか言えなかった。
お陰で、アステリアという世界のことも、少しずつ分かってきた気がしていた。
いつか、イスランさんの奥さんで、ティリシアの領主であるというユリシーダさんにも会ってみたいな。そんな機会があるといいな。
そんなことを頭の片隅で思いつつ、私はレーリアさんの言葉に手を振った。
「いえ、本当に。何もやることがなくて一日無駄に過ごすより、少しでもお役に立てているなら嬉しいです」
「でもね、そうは言っても……」
「言ったでしょう、リノは使えます。使えるものは使わないでどうします。才能と時間の損失です。そういう無駄なことを私は好みません」
うわ、凄いことをはっきりと……。
優雅にティーカップを口に運ぶシェニムさんに、私は思わず赤面してしまった。
過大評価にもほどがあるけど、正直とても嬉しかった。
「まったくもう……。梨乃ちゃん、辛かったら辛いとちゃんと言うのよ。シェニム兄さんの言いなりになったら、要求が際限なくなるんだから」
レーリアさんは、それが言いたくて私たちをお茶に招いてくれたようだった。
私はそんなレーリアさんの優しさに感謝して、ぺこりと頭を下げた。
ありがとうございます、と言葉にしようとした、その時。
レーリアさんの部屋の扉がノックされ、レーリアさんが返事をすると。
静かに扉が開き、『蒼の疾風』の隊長さんが姿を見せた。
「レーリア、今戻った……何だ、シェニムとリノもここにいたのか」
「お帰りなさい、ラディ。怪我は?」
「していない。ありがとう、レーリア」
立ち上がって出迎えたレーリアさんを微笑んで両手で抱き締めた隊長さんは、相変わらず彼女にしか見せないゆるゆるな表情のように見えて、思わず私まで微笑ましくなってしまった。
まあ、隣のシェニムさんは、まったく我関せず、といった雰囲気で、近くの侍女さんにお茶の追加を指示していたけれど。
そして隊長さんが中に入ってくると、扉の向こうからひょっこりと可愛い顔が覗きだした。
「あっ、サーシャさん!」
思わず声を上げながら、立ち上がった。
自分でも驚くほどはしゃいだ声だったことに気付き、慌てて口を手で塞ぐ。
そんな私の気持ちに気付かない様子で、サーシャさんは私を認めてにこりと微笑み、シェニムさんとレーリアさんの前で跪いた。
「ただいま帰還しました。ティリシア方面も、問題ありませんでした」
「ご苦労様でした。他の隊員は?」
そう問いかけるのは、シェニムさん。本来だったら、イスランさんがいたら司令官ならしいからその役目なのだろうけれど、今回『蒼の疾風』と共にティリシア方面に斥候に行き、彼だけそのままティリシアに向かったそうなのだ。
きっと、奥さんに会いに行ったんだろうな。
「皆、本日はこのまま休憩を取らせました。明日報告を取りまとめて提出します」
サーシャさんの返答に、シェニムさんは頷いてソファを指し示した。
「よろしい。では、そこにお掛けなさい。レーリアとラナディートも」
そう指示をし、言われるがまま私の目の前に座ったサーシャさん。
外から戻ってきてそのまま来たからか、少しだけ隊服が汚れていたけれど、そんなこと気にならないほど、サーシャさんの可愛らしさは相変わらずだ。
私の視線に気付いたサーシャさんは、唇だけで「大丈夫だよ」と私に伝え、ぱちんとウィンクをした。
思わず頬を赤らめてしまった私は、悪くないと思う。
だって……。七日ぶりだったんだもの。会えて、嬉しかったんだもの。
元気そうで良かったって、安心したんだもの。
……隊長さんに、全身で心配だった、無事でよかったと表現できるレーリアさんが、ちょっと羨ましいな、なんて。
思っていないもの……。
思わず俯いてしまった私に、サーシャさんは不思議そうな顔をしたけれど。
その空気を断ち切る、凛とした、そして涼やかな声。
その声の持ち主の言うことは、提案ではない。相談でもない。
結論だった。
「決めました。リノを、ここにいる間、正式に私の侍女兼補佐官にします」
「……は?」
そう思わず漏らした声は、ちょっと低かったけれど、レーリアさん?
思わず周囲を見渡した。
隊長さんは、相変わらずの無表情。
不穏な声を発したレーリアさんは、眉を潜めている。
爆弾発言をした当の本人は、けろりとした顔で焼き菓子に手を伸ばしている。
そして、私の正面のサーシャさんは、口をぽかんと開けて、私とシェニムさんを交互に見ている。
その当の本人の、私はと言うと。
じわじわと言われている意味が理解出来て。
そして、『正式に』ということが、どういうことかよく分からないけれど。
でも、きっと、多分。
もうただの『お手伝い』では済まないということを悟り。
国家運営に携わるシェニムさんの手足になり得る自信なんて、微塵もない私は。
ただただ、早鐘のごとく打ち鳴らされる心臓の鼓動を感じていた。
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