異世界からの訪問者 13
<Asteria Side>
リノを置いて、城内から離れることになってしまった。
とはいっても、この宙を浮くアステリア城の中と言えば中ではあるが、厳密にいえば天守閣から離れた民衆が住む広大な城下町だ。
その中の市場に、最近コソ泥が頻発しているらしい。
聞けばどうもチームを組んでいるらしく、いくつもの店舗が同時に被害にあっているという。
力自慢の店主たちが手を組んで一挙捕獲に乗り出したが、どうにも相手の方が上手のようで、のらりくらりと逃げられているそうだ。
そこで、警備担当の衛兵から依頼を受け、我が『蒼の疾風』が出動することになったのだった。
総勢八名でぞろぞろと徒歩で城下町に向かいながら、俺は頭の後ろで手を組みつつ、隣で自身の愛馬を曳く隊長を見上げた。
何かあった時のために、隊長他数名が馬を曳いている。
俺はと言うと、城下町は細い脇道も多いから、小回りの利く単身だ。
「ねー隊長。俺らに頼るほど、そのコソ泥ってヤバいんすか?」
「さあ、話を聞く限りでは、怪我をした者はいないそうだが……」
「ただなあ、店先に並んだ商品かっぱらわれたら商売にならんしなあ」
「いや、普通に腹立つって。売り物盗まれたらたまらんよ。商売上がったりだろ」
隊長に続いて、隊員達が憤慨したように言う。
しかしなあ。市場の店主たちや衛兵がこぞって乗り出しても捕まえられないコソ泥ねえ……。
うーん、と悩んでいると、隣で隊長が変わらない無表情で、ふいに思い立ったように唇を開いた。
「リノとは、どうだ」
ドキッとした。
いきなり、その名前を聞くとは思わなかった。
しかも、どうだってどういう意味だ。
思わず瞬きを繰り返し、次の瞬間にはへらっと笑って見せた。
こういう俺の心理を誤魔化すのは得意だ。
……心理?
あれ、俺は今どういう心理で何を誤魔化そうとしているんだ。
それすらも隠すように、俺は意識して足取りを軽くした。
「んー? どうって言われても。大分、落ち着いた気はするけど。もうここは異世界なんだって、腹括ったみたいだけどな」
「そうか」
「うん。あ、でも、俺、男ってバレちった」
そう言って肩を竦めて舌を出すと、隊長は足を止めた。
それに気づいた俺も足を止めると、隊長は俺をまじまじと見つめていた。
「バレた? お前が?」
信じられない、といった顔。
まあなあ。俺も自分の性別を偽るのは、結構自信があるし、今まで簡単に見破られたことなんて無かった。
あのレーリア様なんか、まんまと騙されて、俺と隊長の仲を勘違いして泣くくらいだった。うん、あれは可愛かった。からかい甲斐があった。あの後、隊長にしこたま殴られたけれど。
まあ、そんな俺があんな子供みたいな女の子に見破られたのが、信じられないんだろうな。俺も信じられない。すげえな、リノ。
「お前、それで……。今後、どうするつもりなんだ」
どうって、何が?
隊長の言いたいことが分からないうちに、城下町の市場に到着した。
隊長もおしゃべりを切り上げ、ざっと周囲を見渡した。
見る限りは、平和なもんだ。
相変わらず数多くの店舗が並び、にぎやかな店頭には、新鮮な食材やら美味そうな総菜やら実用品などが売られていた。
いつもの光景。変わらない街並み。
それがそこにあった。
今日、この時間にそのコソ泥が現れるか分からない。
まずはどうするか。聞き込みでもするか?
俺たちが顔を見合わせつつ、打ち合わせをしようとしたその時。
「ド、ドロボー!!」
女店主の大きな声がしたかと思うと、目の端の店舗のテントがなぎ倒され、山積みになった果物が一斉に転がった。
客の悲鳴と、男たちの怒号と。
何かを壊す音が鳴り響き、俺たちは迷うことなく一斉にそちらに走り出した。
「オリバー、右! ブルーノとクラウス、デニスは続いて途中散開しろ! ドミニクとカールはサーシャに続け。サーシャ!」
「あいよー!」
俺は真っ直ぐ走り出す隊長の背中を一瞬見やり、左の通りに入り込んだ。後ろから、二人着いてくるのを感じながら、走り出す。
走りながら、目を左右に渡らせる。
その一角に、不自然な動きを見た。
「ドミニク! あいつ捕まえろ!」
腹を抑えて早歩きする中年の男を指差すと、ドミニクは短く「承知!」と答えてスピードを上げて駆け出した。
ドミニクは、隊の中でも一、二番を誇る脚力の持ち主だ。
そしてそれなのに体格もいい。
イカツイ男が砂煙を上げる勢いで駆け寄ってきたら――しかも表情が眉を逆立て眦を上げていたら。
それはまあ、逃げるよな。おっかねぇもん。
でも、ご愁傷様。あいつは終わった。
そして俺の背に、声がかかる。
「副隊長! あっちにも!」
カールの声に振り返らず、「任せた!」とだけ告げる。カールが方向転換したのを背中で感じ、俺は駆け抜ける。
そして急ブレーキをかけ、身体の方向を右に向けると。
正面から、走ってくるのは、両手に布袋を提げて走り寄るこれまた中年の男。
布から、銅貨が零れ落ちている。
その男の奥側で、馬上の隊長が手綱を引き、隊長の愛馬の上げた前脚に蹴り飛ばされて宙を舞う男が見えた。
そして馬はそのまま、倒れこんだ男の背に前脚を掛けて勝利のいななきを上げた。
隊長がひらりと馬から降りるのを見て、この一瞬の間に目の前の男が目を見開きながら俺に接近するのに身構えた。
「女、そこどけぇ!!」
あらまあ、淑女に対して何たる暴言。
俺はにやりと笑って、足をぐっと曲げた。
そして、目前にまで迫り、俺に殴りかかろうとする男の肩に軽く触れ、曲げた膝をばねにして、もう片手を頭部に当て。
軽く飛び上がり、目をこれ以上ないくらい見開く男を見やりつつ、頭部から背に身体を回し。
俺の腕を男の背から前に回し、その勢いのまま一回転して、男を背中から地上に投げ倒した。
言葉にならない衝撃と痛みに悶える男を押さえつけ、俺は苦悶の表情に顔を寄せた。
「女の子には、優しくしなきゃだめなのよぉ」
そう囁くと、男は苦しそうな顔のまま、白目を剥いた。
*-*-*-*-*-*‐*
コソ泥たちは、やはり数名の集団で構成されていたようだ。
逃げないように荒縄で縛り付けて転がっているのは、総勢五名。
思ったよりも大した人数ではないが、こいつらが毎回全員で一斉に別々の場所で盗みを働き、さらにそれぞれが中々の体力と瞬発力を持っているようで、一般人の市場の店主や戦いを知らない衛兵では歯が立たなかったようだった。
問いただせば、これでこの集団は全員だそうなので、しばらくまた市場は平穏になることだろう。
やれやれと、縛り付けたコソ泥たちを衛兵に任せ、城まで連行するように伝える。
処刑まではいかずとも、それなりの罰が下ることだろう。
だが、それ以上のことは俺の知ったことではない。
「んじゃ、城に戻りますかね」
「ああ、そうだな」
俺の合図で、ぞろぞろと城への帰路を歩く俺たち。
ああ、疲れた。だけど、無事に任務もこなしたし、こっそりとリノへの土産の菓子も買った。
喜んでくれるかな。
そう思ってにやけた俺の隣に、再び愛馬を曳きながら、隊長が尋ねてきた。
「サーシャ、先ほどの件だが」
「先ほど?」
首を傾げた俺の目の端に映る、一つの影。
俺たちに真っ直ぐ駆け寄ってきたのは、確かイスラン司令官の副官だ。
何でこんなところに。
不思議に思った俺たちに、息せき切った副官が、爆弾を投げつける。
「よ、良かった。『蒼の疾風』に司令官から依頼だ。ティリシアまで、斥候がてら司令官に同行してくれ」
げっ!!
ま、マジかー……。
確かにそろそろ斥候に行く時期ではあったけれど。
それにしても、今日かよ……。
がっくりして、胸に収めた菓子に手を触れた。
帰ったら、渡すから。
きっと喜んでもらえると思う。
ただ、割れてたらごめんな。
でもきっと、多分。笑って許してくれるよな。
『ありがとう、サーシャさん!』
そう花開くような笑顔を思い出し、俺は愛馬を迎えに行くべく、城へと歩き出した。
お預けになった可愛い笑顔に再会出来るまで、きっとあと少し。
俺は俺にできることをやって、自信をもって『ただいま』を言えるように頑張ろうと足取りを早めた。
NEXT




