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アステリア外伝 ー異世界からの訪問者ー  作者: 沙莉


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異世界からの訪問者 12

異世界からの訪問者 12



<Earth Side>



あれから――サーシャさんが実は男性で、不安がる私の傍にいてくれるために、あえて女の子の振りをしてくれたことが判明してから、数日たった。


異世界にいるとは思えないくらい、実に平和な日々を送っていた。


朝、眩い陽の光で目を覚まし、レーリアさんに用意して頂いた、可愛くて機能的な服を選んで着替えて。

ドレッサーの前で身支度を整え終わるころに、サーシャさんが迎えに来てくれる。


「リノ、おはよう!」


その弾ける笑顔を見るだけで、私も元気を貰える気がする。

今日も、この異世界で頑張ろうと思える。


「はい、おはようございます、サーシャさん!」


そんな挨拶が一日の始まり。


それから二人でだったり、『蒼の疾風』の皆さんとだったり。たまにレーリアさんのお誘いで、隊長さんと一緒に朝食を頂く。

そして城内を案内してもらったりしていたけれど、ある程度の場所を散策し終えているようだった。


この日はレーリアさん、シェニムさんが一緒の朝ご飯だった。


サーシャさんは私をこの食堂に送り届けてくれてから、隊長と共に待機部屋へと向かって行った。


「ごめんな、リノ。先日から、城内の市場にコソ泥が現れるらしくてさ。俺たちが見回りに行くことになったんだ」


済まなそうなサーシャさんに、私は慌てて言った。


「そんな、ご自身のお仕事を優先してください! 私は大丈夫ですから」


『蒼の疾風』のお仕事って、警備というか警察のお仕事も兼ねているのかな。

泥棒って、やっぱりどこにでもいるんだなあ。大変だなあ。


妙なことを考えつつ、サーシャさんを見送ったはいいけれど。

さて、私はどうしたらいいのかと思っていたら、レーリアさんが何かを言おうとする前に、優雅に口元に千切ったパンを運び、これまた洗練した仕草でティーカップを口にしていたシェニムさんが、私にちらりと目を向けた。


「ほう、今日、リノは手隙ということですね」


いやまあ、いつでも私は手隙といえば手隙なのだけれども。

サーシャさんたちが、気を遣って私に悲しんだり、余計なことを考える時間を与えないようにしてくれているだけだ。


私の表情を見て、シェニムさんは一つ小さく頷いた。


「よろしい。では、本日リノは、私の執務室の整理を頼むことにしましょう」


えっ!


思わず固まった私。

だってシェニムさんって、アステリアの参謀で、フォーティニアっていう元々はお二人のお母様が国王だった領地を引き継いで領主になったって聞いていた。

そんな方のお手伝いなんて、私ごときで出来るのかな……。


戸惑う私に、レーリアさんは心配気に行ってくれる。


「梨乃ちゃん、無理しなくていいのよ。執務室の整理なんて、体のいい雑用係じゃないの。シェニム兄さんも、突然思い立って言うんだから……」


「あ、雑用係なんでしたら、私、やりたいです。やらせてください」


難しいことを言われたら出来るわけないので困るけれど、お掃除とかだったら私でも出来そう。

それに、何もしないで部屋で一日いるよりもずっといい。


意気揚々とそう言うと、シェニムさんは口元だけでにんまりと笑った。


あれ、ちょっと怖い笑みに見えるのは、気のせい……?


「ほら、ご覧なさい、レーリア。あなたよりもリノの方がよっぽど柔軟ですよ。では、リノ。食事を終えたら、そこの侍女に私の執務室まで連れてきてもらいなさい」


そう言って、シェニムさんは口元を拭ったナプキンをテーブルに置いて席を立った。

それを見て、慌てて立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。


「お役に立てるか分かりませんが、よろしくお願いいたします!」


するとシェニムさんはちらりと私に振り返り、片手を軽く上げてそのまま食堂を出ていった。


はあ、思いがけない一日の過ごし方になった。

だけれども、シェニムさんとあまり話す機会も今まであまりなかったし、いいきっかけになったのかも。


……怖そうだから、失礼のないようにしなくちゃ。


そうこっそりと心の中で呟きつつ席に座り直すと、レーリアさんが気遣わしい眼差しを私に向けていた。


「ねえ、本当に断っていいのよ。無理して働かなくても」


「いえ、ただでさえお世話になりっぱなしですから、少しでもお役に立ちたいです」


「そう……? 梨乃ちゃんは生真面目ねえ」


そう笑うレーリアさんが心配してくれている。そのことが伝わってきたので、お礼を言って、食事を終えた二人で食堂を出た。

レーリアさんは、お仕事があるそうで、自身の部屋に一旦戻るそう。

私はそのまま、侍女さんについてシェニムさんの執務室へと向かった。


私の部屋と同じような作りの扉をノックして開くと、まずは目の前にそれはそれは大きな机が鎮座していた。

そしてその上には、とんでもなく山積みの本やら書類やらが載っている。


「よく来ました、リノ。歓迎します。こちらへおいでなさい」


シェニムさんの声が聞こえるけれど、姿が見えない。

机を回り込むと、書類の向こう側にシェニムさんが机に向かって何やら羽ペンでサインをしているようだった。


シェニムさんは私に目を向けることなく、書類にどんどんサインして、そしてサインした紙を次々と机の隣の袖机に重ねていくので、そちらも相当数の山になりつつある。


「まずは、昨日決裁した書類を領地別に分けてください」


そう言ってシェニムさんは、目線で彼の斜め後ろにあったソファとテーブルセットを示した。

テーブルにもソファにも、こちらもまた書類が山のように積み重なっていて、本来の役目を果たせそうにない。

立派そうなソファとテーブルなのに……。


よく見たら、この結構広い部屋は、机と袖机とソファセットのみ。

でも、窓際に左に曲がる廊下があるみたいなので、奥にもう一部屋あるのかもしれない。


とにもかくにも、言われた通り書類に向かうけれど、ハッと気づいた。

私、アステリアの文字が読めない。


そんな私の戸惑いなどシェニムさんにはお見通しだったようで、真っ新な紙を手にすると、サラサラと四種類の記号らしきものを書いた。

それを私に手渡す際には、もう書類の山と戦いが始まっている。


「いいですか。書類の右上かもしくは左下に、このいずれかの印が入っています。それを目印に、四つに分類してください」


「は、はい」


「今日のところは、それを出来るだけやるだけでよろしい。頼みましたよ」


えっ、今日のところって。


まさか、このおぞましい量の書類全てを分類する係に任命されたのだろうか……。

少しばかりゾッとしつつも、書類の一枚を手に取ってみる。

確かに、右上にシェニムさんの書いてくれた印があった。


なるほど。

全てマークがあるならそんなには難しくなさそう。

だけど、似たり寄ったりのマークだから、間違えないようにしないと。


私はソファの書類をテーブルの上に載せ、山をさらにうず高く築造してしまった気がしないでもないけれど……でもとにかく座る場所と作業する場所を確保して、少しばかり気合を入れて、初めて与えられた業務を遂行すべく、新たな書類を手に取ったのだった。




*-*-*-*-*-*‐*




どれくらい時間が経ったのだろう。


シェニムさんと二人でこの部屋にいるというのに、一言も会話を交わすことなく、ただただシェニムさんのサインをする羽ペンの音、シェニムさんが次の書類を手に取ったり、私が紙を山に積んでいく音。


そんな音だけが淡々と鳴り響く。


多すぎて、終わる気がしない。

そして分別する端から、またシェニムさんによって私の作業用の分量が増える。


ちょっと気を緩めると眩暈がしそうになるけれど、実は私はこういったコツコツ作業は嫌いではなかった。


無になれるというか。

余計なことを考えずに、ただ手を動かすのが心地よくなってくるというか。


そういった境地まで行きつつも、作業を繰り返していると。


「……ノ、リノ」


ふいに声が聞こえ、ハッと意識急上昇させた。


「は、はい!」


「もう昼過ぎです。昼食を取りながら、休憩してきなさい」


え、もうそんな時間?


思わず外を見るけれど、相変わらずいい天気のままで時間の感覚が分からない。


でも軽く伸びをして、立ち上がった。

休憩は大事だ。無理をすると、失敗したり生産性が落ちたりする。それを私は自分の失敗談として知っている。


だから、素直にシェニムさんのお言葉に甘えて、お昼を取りに行こうとしたけれど。

ふと扉に手を掛けて振り返った。


「シェニムさんは、お昼どうなさるんですか?」


「私は大丈夫です。気にせず休んできなさい」


「でも……」


シェニムさんこそ、休みなしなんて身体によくない。

だから、出しゃばっているかもしれないけれど、提案してみた。


「私、シェニムさんの分のお昼ご飯、貰ってきます」


シェニムさんから、返事はない。

それを自分の都合よく解釈して、「待っていてくださいね」と言って退出しようとしたら、声が掛かった。


「それでは、あなたの休憩が終わったら運んでもらいましょう。ただし、きちんと休んでくるのです。それからで構いませんから」


「は、はい」


「いいですね。早く戻ってきたら承知しませんよ」


念を押されてしまった。

私は肩を竦めてその声に追われるように部屋を出た。

だから、私は知る由もなかった。


閉じた扉の向こうで、珍しいシェニムさんの笑い声が漏れていたことを。


私はただ、頼られていることと私の余計な提案を受けてくれたことが嬉しくて、足取り軽く朝の食堂に向かったのだった。





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