47.変態紳士のコレクション
次の日。
午後。
公園の噴水前。
水の流れる音が静かに響いている。
桃瀬こはるはベンチに座りながら腕を伸ばしていた。
「んー……」
大きく背伸び。
その横には、りりが座っている。
今日は――
変態紳士へのお礼の日だった。
この前の戦いで助けてもらったため、そのお礼として約束したのが――
水着撮影。
とはいえ。
りりがぽつりと呟く。
「なんか普通にデート待ちみたいになってない?」
こはるが笑う。
「まあまあ」
「お礼だし」
「それにりりも来たがったじゃん」
りりは少し頬を膨らませた。
「だって」
「どうせ撮るなら」
「こはると一緒の写真欲しいし」
こはるは笑った。
「可愛いやつめ!」
りりは顔を背ける。
「うるさい」
そんな会話をしていると――
コツ。
コツ。
靴音が近づいてきた。
振り向くと。
そこには――
黒い燕尾服。
長いマント。
そして仮面。
変態紳士が立っていた。
彼は静かに一礼する。
「お嬢様方」
「本日もお綺麗で何よりです」
とても丁寧な声。
「お待たせしてしまい申し訳ございません」
こはるが手を振る。
「いえいえ」
「こちらこそ呼んでいただいてありがとうございます」
変態紳士は続けた。
「では」
「撮影のために」
「私の自宅まで御足労願えますでしょうか」
こはるとりりは顔を見合わせた。
「自宅?」
数分後。
三人は公園を出て歩いていた。
すぐ近くの住宅街を抜けると――
目の前に大きな建物が現れる。
高層マンション。
しかもかなり高級そうだ。
エントランスにはコンシェルジュ。
ガラス張りのロビー。
こはるが思わず呟く。
「え」
「ここ?」
変態紳士は普通に頷いた。
「はい」
「こちらになります」
三人はエレベーターに乗る。
上へ。
上へ。
表示がどんどん増えていく。
そして――
最上階。
ドアが開く。
そこには――
広い廊下。
一つの扉。
変態紳士が開ける。
「どうぞ」
中へ入った瞬間。
こはるが固まった。
「……え」
りりも同じだった。
「なにこれ」
部屋が広い。
というレベルではない。
ワンフロア丸ごと。
全部が住居だった。
大きなリビング。
ガラス張りの窓。
街が一望できる。
こはるが言う。
「変態紳士さん」
「何者!?」
変態紳士は普通に答える。
「ただの趣味人です」
説得力がない。
そして案内されたのは――
撮影用ルーム。
ドアを開けた瞬間。
こはるが叫んだ。
「なにこれ!」
照明。
背景。
レフ板。
カメラ。
三脚。
壁一面の衣装棚。
完全にスタジオだった。
こはるが言う。
「これもう」
「普通のスタジオじゃん!」
変態紳士は頷く。
「撮影が趣味でして」
「それなりに整えております」
それなりではない。
かなり本格的だった。
「準備ができるまで」
「こちらで御休憩ください」
テーブルに案内される。
すぐにドリンク。
グラス。
氷。
完璧なおもてなし。
こはるが小声で言う。
「めちゃくちゃ紳士」
りりが頷く。
「変態だけど」
そして――
いよいよ撮影開始。
変態紳士が棚を開く。
その中には――
大量の水着。
ビキニ。
ワンピース。
パレオ付き水着。
競技用水着。
スポーティなもの。
かわいいもの。
大胆なデザイン。
ありとあらゆる種類。
こはるが呆然とした。
「……なにこれ」
りりが言う。
「水着ルーム?」
こはる
「というか」
「水着専門店」
変態紳士が優雅に言う。
「お好きなものをお選びください」
こはるが首を傾げる。
「あれ?」
「今日は指定の水着じゃないんですか?」
変態紳士は微笑む。
「いいえ」
「お嬢様方が楽しんでいる姿を写真に収めたいのです」
「ですので」
「お好きなものをお選びください」
こはるが小声で言う。
「うわー」
「めっちゃ紳士」
りり
「変態だけど」
そして撮影が始まった。
最初は――
ビキニ。
明るい色。
シンプルな形。
二人で並んで撮影。
笑いながらポーズを取る。
次は――
ワンピース水着。
少し大人っぽいデザイン。
続いて。
パレオ付き水着。
風になびく布。
雰囲気が変わる。
さらに――
競技用水着。
スポーティ。
引き締まったライン。
こはるが言う。
「なんか部活みたい」
りり
「似合ってる」
そして最後は――
旧スクール水着。
こはるが笑う。
「懐かしい!」
りりも笑う。
撮影は盛り上がった。
気づけば――
夕方。
窓の外がオレンジ色になっている。
その時。
こはるはふと気づいた。
部屋の端。
テーブルの上。
そこに――
フィギュアが並んでいた。
女性のフィギュア。
水着姿。
だが。
妙にリアルだった。
こはるが近づく。
「……」
りりも見る。
「これ」
「すごいリアル」
こはるが変態紳士に聞く。
「この人形って」
「やけにリアルだけど何?」
変態紳士は振り返った。
「ああ」
「これですか」
少しだけ微笑む。
「これは街の女性を元に作ったフィギュアです」
「私のコレクションになります」
こはるが固まる。
「え」
「え」
「ま、まさか」
「これ本物の人間!?」
変態紳士はすぐに首を振った。
「違います」
「ご安心ください」
そして壁のドアを指す。
「隣の部屋が」
「3Dプリンタールームです」
扉を開く。
そこには――
機械。
スキャン装置。
大型3Dプリンター。
「人をそのまま3Dスキャンできる装置があります」
「そのデータを元に」
「フィギュアを作るのです」
こはるとりりは顔を見合わせた。
変態紳士は続ける。
「私は」
「好みのタイプの方をこちらにお招きし」
「フィギュアを作らせていただいております」
「もちろん」
「協力していただいた方にはお礼をお渡しして帰っていただいております」
こはるとりりは――
ほっと息をついた。
「びっくりした」
りりが言う。
「普通のコレクションだった」
こはるが笑う。
「じゃあさ」
「私たちもお願いしていいですか?」
変態紳士が驚く。
「よろしいのですか?」
こはるは頷く。
「うん」
「あと」
「写真データと」
「フィギュア」
「私たちにもくださいね」
変態紳士はゆっくりと一礼した。
「それはもちろん」
「喜んで」
そして――
数日後。
こはるの家に、小さな箱が二つ届いた。
黒い高級感のある箱。
こはるが箱を開ける。
中には――
フィギュア。
こはるとりり。
二体で一組。
白い台座の上で、二人が楽しそうにポーズを取っている。
こはるは元気なポーズ。
りりは少し体をひねったポーズ。
背中が軽く触れる位置。
楽しそうに並んでいる。
こはるが驚く。
「すごっ」
りり
「これ……私たちだ」
顔。
髪。
体のライン。
すべて細かく再現されていた。
その夜。
こはるの部屋。
机の上。
二人並んだフィギュアが置かれている。
こはるはベッドに寝転びながらそれを見る。
「いいね」
「記念って感じ」
一方。
りりの部屋。
机の上。
同じフィギュアが置かれていた。
りりはそれを見て、小さく微笑む。
「……悪くない」
そして。
高層マンション最上階。
変態紳士のコレクションルーム。
ガラスケースの中。
同じフィギュアが一組。
静かに並べられていた。
変態紳士はそれを見て頷く。
「実に素晴らしい」
こうして。
変態紳士のコレクションは――
また二体。
増えることになった。
変態紳士。
やり方を少し間違えているだけの――
普通に紳士だった。
変態だけど。




