28. おしりスキー
朝。
春の空気はまだ少し冷たい。
桃瀬こはるは、もうすっかり日課になった朝のジョギングをしていた。
静かな住宅街。
人も車もまだ少ない時間。
コツ、コツ、コツ。
軽いリズムで地面を踏みながら走る。
体が温まってくる。
呼吸も安定してくる。
(やっぱり走るの気持ちいいな)
公園へ続く道を曲がった、そのときだった。
――ザッ。
背後から、ものすごいスピードの足音。
「え?」
振り向く間もなく、何かが横に並んだ。
人影。
全身白タイツ。
しかも。
変な仮面。
お尻の形をした仮面だった。
「そこのお嬢さん!」
男は勢いよく叫んだ。
「吾輩はおしりスキー!」
こはるは走りながら一瞬固まる。
「……は?」
白タイツ男は胸を張った。
「吾輩は若い女の子のお尻が好きすぎて怪人になってしまった怪人だ!」
「だが後悔など無い!」
こはるの顔が真顔になる。
「変態じゃん」
白タイツ男――おしりスキーは続ける。
「吾輩は今!」
「究極の尻を求めて旅をしている!」
「尻の探求者!!」
両腕を広げる。
「しかし!」
「それも昨日までの話!」
ビシッとこはるを指差した。
「探求の末!」
「ついに見つけた!」
「究極の尻を!!」
こはる
「……」
完全にドン引きである。
おしりスキーは感動した声で言う。
「あなたのお尻は最高だ!」
「その造形!」
「そのヒップライン!」
「その張り!」
「この弾力!この丸み!」
「この尻の完成度は世界遺産級!!」
「背中から脚へと流れる完璧な曲線!」
「躍動する尻!」
「どの角度から見ても魅力的!」
「どの角度から見ても最高だ!」
「これは芸術だ!」
「究極の美だ!!」
こはるは立ち止まった。
そして一言。
「……変態」
今までで一番ドン引きしていた。
はぁ~……
深い溜め息。
(付き合ってられない)
こはるはバッグからステッキを取り出す。
そして掲げた。
「へんしん!」
朝の公園に、まばゆい光が広がった。
服がふわりと宙に舞う。
パーカーがほどける。
ショートパンツが光に溶ける。
体がくるくると回転する。
そして――
お尻が丸見えになる。
くるっ。
また回転。
やっぱりお尻。
朝日に照らされるヒップライン。
腰から丸く持ち上がった柔らかな曲線。
背中から腰へ流れ、そこからふくらみ、そして太ももへと続くライン。
その一瞬だけのシルエットが、光の中にくっきり浮かび上がる。
くるり。
さらに回転。
光の粒が集まり、布が形を作り始める。
ピンクのフリル。
黒いレース。
細いベルト。
網タイツ。
ガーター。
黒い袖飾り。
ヒールブーツ。
そしてメイドカチューシャ。
光が弾けた。
そこに立っていたのは――
魔法少女。
ピンクフリル。
ピンクのフリルスカートがふわりと広がる。
しかし上半身は黒いシースルーのレース。
透ける布が体のラインをなぞるように包み込む。
腰は細く。
そこから丸く持ち上がるヒップ。
ガーターに縁取られた太もも。
ヒールで強調された脚のライン。
可愛いのに。
かなり妖艶だった。
こはるはくるっと回る。
フリルスカートがふわりと舞う。
「魔法少女ピンクフリル!」
プルンが空中で叫ぶ。
「決まったプルン!」
その瞬間。
おしりスキーが固まっていた。
「……」
そして。
震える声。
「すごい……」
一歩近づく。
「生のお尻は……」
「さらに最高だ……」
こはる
「帰れ」
おしりスキーは両手を広げた。
「この造形!」
「このヒップライン!」
「神が作った芸術!」
「吾輩のコレクションにぜひ!」
こはるは完全に呆れていた。
「もういい」
「終わり」
おしりスキーは構える。
「しかし!」
「ただの変態と思うな!」
「尻を極めし者は強い!」
プルンが叫ぶ。
「怪人プルン!」
「結構強いプルン!」
こはる
「は?」
プルン
「300ポイントプルン!」
こはるの目が光る。
「300」
拳を握る。
「よし」
戦闘開始。
おしりスキーが突進する。
「尻の力を見よ!」
こはるは横に跳ぶ。
「遅い!」
ステッキを振る。
ぴかっ!
魔法弾。
しかし。
おしりスキーが回避。
「いい動きだ!」
「だが尻は逃げられない!」
こはる
「意味分かんない!」
おしりスキーが高速で迫る。
「尻の鑑定!」
蹴り。
ドン!
こはるが後ろに跳ぶ。
「ちょっと!」
「普通に強い!」
プルンが叫ぶ。
「気をつけるプルン!」
「変態だけど強いプルン!」
こはるはステッキを構える。
「でも!」
「300ポイント!」
魔法弾。
ぴかっ!
連続攻撃。
おしりスキーが防ぐ。
「素晴らしい尻!」
「だが戦闘力も高い!」
こはる
「黙れ!」
こはるが突進。
蹴り。
ばしっ!
おしりスキーが転ぶ。
「ぐおっ!」
その隙。
こはるが飛びつく。
「捕まえた!」
おしり仮面を掴む。
「それ外す!」
ばっ!
仮面が外れた。
その瞬間。
白い光。
怪人の姿が崩れる。
そこにいたのは――
普通の男。
男は真っ赤な顔で叫ぶ。
「うわああああ!」
そして全力ダッシュ。
逃げていった。
静かな公園。
こはるは呆然。
「……」
プルンが言う。
「勝利プルン!」
こはるは溜め息をついた。
「なんなのあれ」
遠くでまだ叫び声。
「尻は芸術だー!」
こはる
「おしりが好きすぎて怪人になってしまったか……」
「もう現れませんように……」
空を見上げて。
深く溜め息をついた。




