18.メイド怪人メイディア(後編)
メイディアの姿が消えた。
「えっ!?」
こはるが振り向く。
夕方の公園。
沈みかけた太陽が木々の隙間から差し込み、長い影を地面に落としている。
静かなはずの公園に、戦いの緊張だけが張りつめていた。
その瞬間。
背後から声がした。
「遅いですね」
次の瞬間。
――ドン!
衝撃。
こはるの体が吹き飛ぶ。
「ぐっ!」
背中から地面に叩きつけられ、芝生の上を転がる。
乾いた土と草の匂いが鼻をついた。
すぐに立ち上がろうとするが、もうメイディアの姿は見えない。
「どこ!?」
プルンが叫ぶ。
「速いプルン!」
「気をつけるプルン!」
次の瞬間。
ひゅっ。
風。
こはるの横を何かが通り抜ける。
そして。
びりっ。
「え?」
スカートの端が裂けた。
フリルが宙に舞い、ゆっくりと地面に落ちる。
メイディアの声がする。
「隙だらけです」
「魔法少女」
こはるが振り向く。
しかしそこにはもういない。
風だけが木の葉を揺らしている。
「くっ……!」
こはるが構える。
周囲を必死に見回す。
だが。
ひゅっ。
また背後。
びりっ。
今度は肩のフリル。
布が裂ける。
「っ!」
こはるが歯を食いしばる。
夕日を浴びた公園の芝生の上に、ピンクの布の切れ端が散らばっていく。
「速すぎる……!」
メイディアの声が静かに響く。
「スピードは基本です」
「戦闘において最も重要な能力」
そして。
ひゅっ。
蹴り。
ドン!
こはるがまた吹き飛ぶ。
ベンチの近くまで転がる。
地面に手をつき、なんとか体勢を立て直す。
息が乱れる。
「ぐ……」
プルンが叫ぶ。
「大丈夫プルン!?」
こはるは立ち上がる。
だが衣装はすでにボロボロだった。
スカートは裂け、
袖の飾りも破れている。
肩の布も裂けている。
息が白く漏れる。
公園の空気が少し冷たくなり始めていた。
そのとき。
メイディアが少し離れた場所に立っていた。
街灯の下。
黒いシースルーのメイド服が夕暮れの光を受けて淡く揺れている。
まるで散歩でもしているような余裕だ。
「まだ動けますか」
こはるが睨む。
「当然よ」
メイディアは少し首を傾けた。
眼鏡の奥の瞳が静かにこはるを観察している。
「意外ですね」
「もう少し簡単に終わると思っていました」
そして。
また消える。
こはるが構える。
しかし。
ひゅっ。
横。
びりっ。
腿リングが切れた。
黒い装飾が地面に転がる。
「っ!」
また背後。
びりっ。
今度は腰の布。
衣装がどんどん壊れていく。
プルンが焦る。
「衣装ピンチプルン!」
こはるが歯を食いしばる。
「分かってる!」
だが。
どうにもならない。
速すぎる。
見えない。
反応できない。
メイディアの声が静かに響く。
「これで終わりです」
こはるの前に姿が現れる。
まるで最初からそこに立っていたかのように。
右手を振りかぶる。
大きな攻撃。
強烈な一撃。
普通なら避けるしかない。
だが。
その瞬間。
こはるの目が光った。
(今!)
こはるは避けなかった。
逆に踏み込んだ。
メイディアの腰に――
しがみつく。
「!?」
メイディアが一瞬驚く。
その一瞬。
それこそが――
こはるが待っていた隙だった。
「捕まえた!!」
こはるは全身の力を込める。
陸上で鍛えた脚。
腰。
背中。
全部の力を使う。
芝生を踏みしめる。
そして。
「うおおおおお!!」
渾身の技。
体を反らせる。
――ジャーマンスープレックス!
ドォン!!
メイディアの体が地面に叩きつけられる。
衝撃。
土煙。
芝生が舞い上がる。
近くの木の枝が揺れ、葉がぱらぱらと落ちた。
プルンが叫ぶ。
「決まったプルン!!」
メイディアは地面に倒れていた。
一瞬。
完全に動けない。
こはるも膝をつく。
息が荒い。
「はぁ……」
「はぁ……」
胸が上下する。
手が震えている。
だが。
動けるのは――
こはるだった。
メイディアが体を起こそうとする。
しかし遅い。
こはるが飛びつく。
「勝ち!」
びりっ!
メイディアの衣装を掴む。
そして――
引き剥がす。
黒いレースが裂ける。
細いリボンがほどける。
シースルーのメイド服が光に溶けるように消えていく。
次の瞬間。
ぱしゅん!
黒い魔力が弾けた。
怪人の姿が崩れる。
そこにいたのは――
白森めい。
そして同時に。
怪人衣装が完全に消えた。
つまり。
めいは一瞬でスッポンポンになった。
「……」
数秒の沈黙。
その瞬間。
ぽんっ!
空中に
丸い黒い自主規制マークが出現した。
胸の位置。
そして腰の位置。
ぴったりとガードしている。
しかもなぜか
「自主規制」
と書かれている。
めい
「……」
ゆっくり自分の体を見る。
顔が真っ赤になる。
「なっ……」
「なっ……!?」
慌ててしゃがみ込む。
しかし。
自主規制マークが空中でぴったり追従するので
どこから見ても完全ガード。
だが。
「逆に恥ずかしいんですが!?」
こはるがぽかんとしている。
「……」
プルンが言う。
「怪人変身が解けるとそうなるプルン」
こはる
「なんで!?」
めいは必死に立ち上がる。
眼鏡を押さえながら、冷静さを取り戻そうとしているが――
顔は真っ赤だった。
「……」
「撤退します」
次の瞬間。
ダッシュ。
自主規制マークを前後に浮かべたまま
信じられない速度で走り去った。
数秒後。
完全に姿が消えた。
こはるは息を整える。
「私の勝ちね」
プルンが喜ぶ。
「幹部撃破プルン!」
こはるが空を見上げる。
夕焼けが広がっていた。
空は赤く染まり、雲がゆっくり流れている。
「はぁ……」
「疲れた……」
そして。
ボロボロの衣装を見る。
スカートは裂け、
飾りもほとんど壊れている。
「また衣装壊れた……」
プルンが言う。
「自腹プルン!」
こはるは天を仰いだ。
「最悪……」
だが。
それでも。
こはるは小さく笑った。
「でも」
「勝った」
夕方の公園。
子供たちの声も消え、静かな風だけが吹いていた。
こうして。
メイド怪人メイディアとの戦いは
終わった。
だが――
ドレスティアの戦いは
まだ終わらない。
その頃。
公園の少し離れた場所。
木の陰に、ひとりの少女が立っていた。
小鳥遊りり。
腕を組みながら、さっきまでの戦いをじっと見ていた。
ジャーマンスープレックスの瞬間も。
衣装を剥ぎ取る瞬間も。
全部。
りりは小さく口元を歪めた。
「結構やるじゃん」
楽しそうな声だった。
地面に座り込んでいるめいを見る。
「めい、負けちゃったか」
まるで他人事のように呟く。
そして今度は、遠くで息を整えているこはるを見る。
魔法少女ピンクフリル。
ボロボロの衣装。
それでも立っている姿。
りりは少しだけ笑った。
「やっぱりさ」
「壊しがいありそうだよね」
風が吹く。
木の葉がさわさわと揺れる。
りりはそのまま背を向けた。
「ま、今日はここまで」
そう言って、軽い足取りで歩き出す。
その表情は――
どこか楽しそうだった。




