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ザ・ウイスキー・キャット

 いつものバーにいくとAI氏が早々にできあがっていた。よたりぎみにマスターにからんでいる。

「二八八九九匹、と言われています」とマスター。

「それがおかしいんだ」

「でも、これ、NBAの試験でも出る有名な数字なんですよ」

「二八八九九、ねえ。ひとつ計算してみよう。まず三の倍数なのは確かだ。九で割ると三二一一」

 なんかマスターと議論している。

「やあ、こんばんは。何か難しそうな話をしているね」

 私は、いつものマティーニを頼むとカウンターの椅子に腰を下ろした。

「生涯に最もたくさんネズミをとった猫の話なんです」

「あ、グレンタレット蒸留所の……」

「タウザーのことです」

 グレンタレット蒸留所というのは、スコットランドのハイランド地方にある最古級の蒸留所だ。最古級という言い方をするのには理由があって、一八二三年の新酒税法以前から続く蒸留所だからだ。

 元々、スコットランドの蒸留酒にかかる税金は高かった。だから人々はこっそり密造をしていた。新酒税法で税金が三分の一になり、密造者たちは公的に蒸留所の免許をもらい蒸留所を運営するようになった。 一八二四年に「政府公認第1号」となったグレンリベットをはじめ、ラガブーリン、ボウモア、ハイランドパークといった名だたる蒸留所もその時に表に出てきたのだ。

 そして、蒸留所には猫がつきものだった。蒸留所に蓄えられた大量の大麦。それを狙うネズミ。対抗策として蒸留所は猫を飼った。これをマウザーと言い、タウザーはグレンタレット蒸留所で飼っていたメス猫の名前だ。

「タウザーが生涯に狩ったネズミは二八八九九匹。でもね、これ、ギネス社が計算して導き出した数なんですよ」

「えっ、そうなの!?」

 私もそれは初耳だった。AI氏のハルシネーションかと思って確認してみたが、事実のようだ。

「で、ギネスのサイトによると、タウザーは一九六三年四月二一日生まれ、八七年三月二〇日死亡で、一日平均三匹以上のネズミを捕ったとされています。子猫のうちや子育て中は数えないとして、ざっと八五〇〇日、二八五〇〇匹です。計算すると一日平均三・四匹で、まあ誤差の範囲と言っていいでしょう。でも、問題はそこじゃないんです。二八八九九は九かける十三かける十三かける十九、十三と十九の二つの素数はどこから出てきたんでしょうね」

「はあ……」

 言われてみれば不思議だった。わざわざ二八八九九という数字にしたのは何らかの意図があってのことだろう。ただ、まじめに計算したにしてはあまりに変な数だ。

「いつものマティーニです」

 マスターがすっとカクテルを出した。

 そして、腕を組みながら言った。

「ひょっとしたら、いずれ誰かがその謎に気づくのを待って不思議な数字として紛れ込ませていたのかもしれませんね。おちゃめ(・・・・)で」

「そうかー、おちゃめならしかたないなぁ」

 私はマティーニをぐいと飲み干すと次の一杯を頼んだ。

「グレンタレット、ロックで!」


参考文献

https://www.guinnessworldrecords.com/news/2023/3/how-one-drunk-scottish-cat-killed-nearly-29-000-mice-to-break-record-741454


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