XYZ
ブロガー君が唐突に言った。
「XYZ、ってカクテル、ありますよね」
「ええ」
「はい」
私とマスターはうなずいた。きちんと英国風に発音しているのはさすがだ。
「あのXYZの意味って知ってますか」とブロガー君。
マスターはそれとなく回答権を私にゆずる。
「確か『これ以上の物がない』『究極の一杯』って意味でしたっけ」
「……マスターは?」
「『モニョモニョ』って口ごもるとか、そんな意味だったと思います」
「うーん」
思っていた答えとは違ったようだ。
「この質問をすると大抵の人は『もう後がない』って答えるんですよね。お二人とも、さすがです」
くやしそうだ。
「アレですか。『シティーハンター』ネタ」とマスター。
「でもあれって、どこかの駅のの伝言板に書かないと意味がないんじゃ……」
「えっと、アニメの第一話でバーのマスターが冴場獠に出すカクテルなんです。殺人事件が起きそうなときに『もう後がない』って意味で助けを求めて。まあ、その店の中だけの符丁みたいなものなんですよね」
「なるほど」
「それがのちにカクテルの意味だと誤解された?」
「ですです」
ブロガー君は今度は得意そうだ。
「では、私の方からもうんちくをひとつ。実はXYZにはあるミステリーがあるんです。……マスター、『一九二二年のXYZ』をお願いします」
「何ですか、それ。僕もいただいていいですか」
マスターがカクテルの材料とシェイカーを用意している間に補足説明しておく。
「『一九二二年のXYZ』は、ブロンクスというカクテルのオレンジジュースをレモンジュースに変えたアレンジレシピなんです。ロバート・ヴェルメイアのカクテルブックに載っています」
「ロバート・ヴェルメイアというと、ベルギー出身の伝説的なバーテンダーですよね。 第一次世界大戦でイギリスに避難した人」
私はうなずく。
そう。 「サイドカー」や「シンガポール・スリング」のカクテルレシピを記録した有名バーテンダー、いわばカクテルの世界の偉人だ。
マスターは、赤と白のベルモット、そしてレモンジュースのボトルを並べている。
「今の『XYZ』とは全然違いますね」とブロガー君。
「そう。今のレシピは、ラム半分に、コアントロー、レモンジュースが各一。味も香りも色も全く違うんです」
マスターはシェイクを終えて私たちの前にカクテルをさし出した。
「『一九二二年のXYZ』です」
二人で珍しいカクテルを味わう。
「全然違いますねえ」
「でしょう」
マスターが説明を追加した。
「今、一般的に飲まれている『XYZ』は『サヴォイ・カクテル・ブック』に載っているものです。一九三〇年のレシピなんですよ。サヴォイ・ホテルのチーフバーテンダー、ハリー・クラドックが編纂したのが『サヴォイ・カクテル・ブック』。ロバート・ヴェルメイアがいたエンバシークラブも同じロンドンで、その距離は約一キロなんです。クラドックがヴェルメイアのレシピを知らないはずがないんです」
その時、さっきアースクエイクを飲んでカウンターに突っ伏していたAI氏が話に加わってきた。
「その謎を解き明かしてみせましょう」
ろれつの回らない口調で名探偵になった風に人差し指を立てる。
「実はね。『XYZ』てのはカクテルの材料あてゲームの産物だったんですよ」
「えっ!?」
私たち三人は驚愕する。
「XとYとZ。そのミックスを当てるゲームが流行ってましてね。ジン、ベルモット、オレンジジュースをシェイクしたのがヴェルメイア氏、ラム、コアントロー、レモンジュースをシェイクしたのがクラドック氏、なんです」
「なんと! それは初耳だ!」
「じゃあアースクエイクも『XYZ』になりうる、と?」
「そう。ジン、ペルノー、ウィスキー。でも、コニャックとアブサンのアースクエイク・ロートレック版は『XYZ』にはなれないのです」
目の前に置かれたお冷やを一口飲むと、AI氏はまたバタリとカウンターに突っ伏した。
マスターは、やれやれと言いたげに首を横に振る。
「そうか。じゃあ材料が四種類なら『XYZ&』になるんだ」と私。
「えっ!?」
マスターとブロガー君がハモった。
「だってほら、アルファベットの最後は&でしょう。……えっ、知らない!? いやだなー、ネットで調べてみてくださいよ。アンパーサンド。ほら、いろは歌だって最後は京だもの」
「えっ、ええー!?」
更なる驚愕の声があがった。
「いろはカルタや寺子屋で使っていた『いろは覚』という教科書ではそうなってるのですよ」
「そうか。XYZは『もう後がない』ってことですらなかったんだ……」
よほどショックだったのか、頭を抱えるブロガー君なのだった。




