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第5話『どこで間違えたんやろな』

その日の昼休み


あまねは、いつもの場所で弁当を広げていた。

教室の一番後ろ、窓際の席。

晴れた空、春の風、日常の音が、まるで“変わらない日々”を保証するかのように流れている。




隣の席では、真宵が唐揚げの匂いを漂わせながら、ご機嫌な顔で弁当のふたを開けていた。




「ほら見てこれ、ウチのママが朝から頑張って揚げてくれた唐揚げ。なんか今日やたら気合入っててな」


「めっちゃ茶色いな。愛情の色か?」


「油の色やな」


二人で笑いながら箸を伸ばす。

この距離感、このやり取り。

何も考えずに笑い合える今が、あまねは好きやった。




でも——




ふと、唐揚げを口に運ぼうとした瞬間、

あまねの視界が一瞬だけチカッと揺れた。



(……え?)




目の奥がズンと痛んで、脳に何かが触れたような感覚。

ほんの一瞬。ほんまに一瞬。

けど、なぜか“鉄の味”が舌の奥で広がった。




(またや……この感じ……)




昨日の授業中。

ボウガンを撃ったときに走った、あの記憶。


ぐしゃっ。

ズブッ。

ドクッ。


生々しい音が、ふと頭をよぎる。

死んだ。確かにウチ、死んだんや。あのとき——





「どしたん?顔色悪いで」


真宵がのぞき込むように声をかける。

心配そうな顔。けど、その奥の目が——一瞬、読み取れへんかった。



「いや……なんか変な夢、また思い出してん」


「また?ゾンビのやつ?」


「そう。てか夢にしてはリアルすぎるっちゅーねん……なんでウチ、首噛まれて死んでんねん」


「それ、単にゾンビ映画見すぎたとかじゃ……」



真宵は苦笑いして箸を進める。

でも、あまねの手は止まったままやった。



(この違和感、なんなんやろな……)



もう“夢”って言い訳できるレベルやない。

なんか、もっと深いところで繋がってるような、そんな感覚。



「なあ、まよい」

「んー?」

「……もし、今の毎日が“2回目”やったとしたら、どう思う?」



その言葉に、真宵の箸がピタリと止まる。



「どゆこと?」


「なんか……“これ前もあった”って感じすること、ない? しかも、前より強く覚えてる感じの」


「デジャヴってこと?」


「そうかもしれんけど、それよりもっとこう、身体が覚えてるというか、魂が覚えてるっていうか……」


自分でも何を言ってるのかわからない。

けど、どこかで確信めいたものが、心に沈んでいた。



真宵は少し黙って、窓の外を見た。

そして、ふと笑って言った。



「……もし2回目やとしても、ウチは同じ毎日選ぶと思うけどな。

 あまねと漫才して、くだらんことで笑って、先生に怒られて。

 それで十分やわ」



その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。



「……せやな」



笑い合うふたり。

でも、その背中越しに、どこからか風が吹き抜けていく。


まるで——

“この日常は、ずっとは続かへんで”と告げるように。



昼休みの終わりチャイムが鳴って、午後の授業もあっという間に過ぎていった。



そして放課後。



空は少しずつ朱色に染まり、校舎の窓から見える景色もゆっくりと夜に向かい始めていた。



あまねは、真宵と一緒に屋上へ上がった。



誰もいない場所。

冷たい風が吹き抜ける、広くて静かな空間。



「なんか、久々やな。ここ来んの」


「せやな。前はネタ合わせで毎週来てたのに」


「冬は寒すぎてサボってたな……」



そう言いながら、ふたりは鉄柵にもたれて並んで立つ。


足元には、折りたたんだノートとペン。



「で、次のネタやけど……殺し屋とパン屋がバイト掛け持ちしてる話ってどない?」


「またその設定?あれやろ、“注文されたパンを間違えると死ぬ”とかいうやつ」


「“あんパン”と“暗殺パン”を聞き間違えたやつ」


「お前の発想、クセしかないやん!!」



ふたりの笑い声が屋上に響く。


空には、薄く月が見えていた。



あまねは、笑いながらふと空を見上げる。

そして、ぽつりとつぶやいた。



「……このままやったらええのにな」


「ん?」


「毎日、こうやってバカ言い合って、ネタ作って、怒られて。

 何回も練習して、たまに喧嘩して、でもやっぱりウチらはコンビで……。

 そういう毎日が、ずっと続けばええのになって」



真宵は、一瞬だけあまねの顔を見つめた。


その表情は、柔らかくて、でも少しだけ寂しそうだった。



「……続くよ」


「ほんまに?」


「あまねが“終わらせたい”って言わん限りな」




その言葉に、胸がちくりと痛んだ。



(なんでやろ。なんか……聞き覚えがある気がする)



真宵が優しく笑う。




「ウチはずっと、やっていく気やし。そんなん、変わるわけないやん」


「……うん」


そうや、変わらん。

変わってほしくない。


けど、心のどこかで“そうならへん未来”を、あまねは知ってる気がした。



ノートを開いて、ふたりでまたネタを考え始める。


くだらない設定、ツッコミの間合い、ボケの順番。


ぜんぶが大切で、愛しくて、戻れない宝物みたいだった。



(ほんまは、もう……何回もこの放課後をやり直してるんちゃうか?)



記憶にはない。でも、魂がそう言ってる気がする。



あまねはペンを止めて、ふと真宵の顔を見た。


まよいは——笑ってた。


変わらず、いつものように。


でも、その笑顔の奥が、ほんの一瞬だけ“真顔”になったように見えた。



風が吹いて、ふたりの髪を揺らす。




ネタ合わせを終えて、校舎の階段を下りる帰り道。

日が沈みきる前の校舎は、どこか寂しげで、静かだった。


「なあ、次のネタタイトル、何にする?」


「んー……『どこで間違えたんやろな』とかどう?」


「どこがネタ!? 人生相談やん!」



真宵が笑う。

でも、その言葉に、あまねは笑えなかった。



(なんでやろ……その言葉、なんか……胸に刺さる)



踊り場に差しかかったとき、不意に、あまねは足を止めた。



「なあ、まよい」

「うん?」

「ウチら、ほんまに“今”を生きてるんかな」

「どういう意味?」



「なんかさ……わからんねんけど、

 夢みたいにフワフワしてて、

 でもそのくせ、痛い記憶だけはやけにリアルで……」



自分でも説明できない。

けど、確かに身体が覚えてる。



崩れた階段。

冷たい石床。

誰かの叫び声。

自分の腕が、ありえない角度で曲がってる映像。



「ウチな、たぶん……“死んだこと”あるねん」

「……」



真宵は黙ってあまねを見つめる。


その瞳の奥に、言葉にできない何かが揺れていた。




「そんとき、まよいの顔も見えた。たぶん……まよいが泣いてた」


「それ、夢やろ」


「夢やったらええねんけどな……」




二人の間に、沈黙が落ちた。



教室の笑い声も、屋上の風も、

今はただ遠くて、手の届かないものに思えた。




「なあ、まよい」


「うん」



「もし、ほんまに“ループ”してるとしたら……ウチ、何回目なんやろな」





「……あまねが覚えてる分が“すべて”とは限らんかもな」





「……へ?」




その返事は、あまりに自然で、あまりに意味深で、

でも真宵の顔は、いつもと同じように笑っていた。




「冗談やで?」

「……怖いわ!!!」



ツッコむあまねの声に、階段の踊り場で二人の笑いがこだまする。




でも、その笑い声は、どこか少しだけ、震えていた。




(なんでやろな……“違和感”は、笑っても消えてくれへん)


でも。

だからこそ、笑いたいんや。

怖いときほど、ウチらは漫才してきた。



「ほな、明日はどっちがボケやる?」


「ウチやろ。昨日から“ツッコミ禁”食らってるからな」


「なんやその謎ルール。ほなウチ、バッキバキにボケたるわ」



夕焼けが差し込む廊下を歩きながら、

二人はまた、笑いながら前に進んだ。



その足音が、“今だけは”未来に向かっていることを、あまねは信じていた。




「ウチな、最近ずっと思っててん。……“今”がすごく大事やって」

まよいが呟いた。


──でも。

“今だけは”


次回 第5話『お願いやから……今度は生きて、あまね』に続く



ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


今回の話では、日常の中にじわじわ入り込んでくる“違和感”を描きたくて、

屋上、階段、帰り道……と、あまねと真宵の関係を静かに深掘りしてみました。


「ずっと続けばええのに」という願いと、

「それが続かへん」って、どこかで分かってしまっている感覚。

そんな切なさを、ちょっとずつ滲ませられてたら嬉しいです。


そして、最後の“あのやりとり”が、次の悲劇へつながっていく――。

いよいよ物語が本格的に動き始めます。


☕作者の一言

この前、冷蔵庫の奥から“1ヶ月前のプリン”が出てきて、

「……これって運命?」って3秒くらい悩みました。


でもよう考えたらウチ、そもそもプリン買ってなかったんよな。

誰やねんこのプリン置いたん。こわ。

──綾乃りよ

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