第6話 お願いやから……今度は生きて、あまね
──これは、“ウチがまた死ぬ日”の話や。
でもあの時は、そんな予感も覚悟も、何もなかった。
夕焼けが空を朱色に染め上げていた。
校門を出たあまねは、隣を歩くまよいをちらりと見た。階段を降りてきた時の「今が大事」という言葉がまだ頭に残っている。
「なあ、まよい。さっきのアレ、どういう意味やったん?」
まよいは足を止めずに、空を見上げて軽く笑った。
「アレってどれ? うち、色々言いすぎて覚えてへんけど」
「あの、『今がすごく大事』って言うたやつ」
「ああ、それな」
まよいはふっと微笑んで、わずかに沈黙した。
「いや、なんか最近さ、変な夢見たりせえへん?」
心臓が跳ね上がった。あまねの記憶が鮮明に蘇る。
毒殺された感覚、ゾンビの襲撃、腹を裂かれる激痛——。
それらの体験が『夢』で片付けられるものか、自分でも分からない。
「……夢? まよいも見るん?」
まよいはうなずき、いつもの調子で軽く笑い飛ばそうとする。
「いや、なんか変な夢見るやん? 起きた時にリアルすぎて焦るやつ」
あまねは気づかれないように小さく息を吐き、平静を装った。
「あー、まあ確かにな。リアルすぎる夢って、起きたあともしばらくドキドキするし」
「せやろ? で、最近思ってんけど、夢でもリアルでも、今この瞬間って二度と戻らんやん?」
その言葉にあまねは少しだけ動揺した。
(……妙に引っかかる。まよい、なんでそんな言い方……)
「せやな。でもそれって当たり前のことちゃう?」
まよいは微笑んだまま、小さく肩をすくめる。
「まあ、そやけど……うちは最近、それが妙に引っかかるんよね」
あまねはふと、夕焼けに照らされる道路に目をやった。
赤く染まった世界はどこか不吉で、自分がまたあの記憶の中に戻されるような気がして怖くなった。
(……気にしたらアカン。ただの偶然や。ただの夢や……)
自分に強く言い聞かせながら、あまねは無理やり笑顔を作った。
「まよい、なんか哲学的なこと言い出したら、キャラ崩壊やで?」
「それは失礼な。うちにも哲学的な一面あるんやぞ?」
「どこにあるん? いまだに見つけられへんわ」
「ほら、うちがついこの間、人生はボケとツッコミやって言うたやん?」
「いや、それ哲学って言うよりただの漫才論やろ」
まよいが笑い、あまねも一緒になって笑った。
二人の笑い声が夕暮れの街に響く。
でも、笑いながらも、あまねの胸には小さな不安が残ったままだった。
この帰り道も、この会話も、すべてがどこか見覚えがあるようで、なぜか強烈な既視感が頭の片隅を刺激し続けていた。
「なあ、あまね。うちら漫才やっててほんまにええんかな?」
突然の問いかけに、あまねは一瞬戸惑った。横を見ると、まよいの顔はいつになく真剣で、どこか物悲しげだ。
「何で急にそんなこと言うん?」
焦りを隠すように、あまねは明るい口調で尋ねたが、心臓はどきりと跳ねていた。
「いや、なんか……ふと考えてもうてな。このまま漫才続けても、あまねが苦しむんちゃうかって」
「苦しむ? うちが?」
その言葉の意味が分からず、あまねは眉を寄せる。
まよいは微笑んだが、その笑顔にはいつもの明るさがなかった。
「あまねは才能あるし、もっと別のことやった方が幸せになれるんちゃうかなって」
胸がぎゅっと締め付けられ、あまねは足を止める。
「そんなことないって。うちはまよいと一緒に漫才やるのが好きやし、それ以外考えられへん」
自分でも驚くほど強い口調になっていた。まよいは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに視線を逸らした。
「そっか……」
その後、ふたりは黙ったまま歩き続けた。
空気が重く沈んでしまい、あまねは何か言おうとしたが、言葉が見つからなかった。
夕焼けがどんどん色濃くなり、周囲を赤く染め上げていく。
ふと、交差点が見えてきた。
あまねの心臓が再び強く跳ね上がる。
見覚えがある。この場所、この時間帯——すべてが既視感に満ちている。
まよいが足を止め、再び口を開いた。
「あまね、ごめんな。やっぱりうちら……解散しよ?」
その言葉は、強烈な衝撃となってあまねを襲った。
胸が激しく痛み、呼吸が乱れる。
「何で……急にそんなこと……」
震える声で問い返すあまねに、まよいは苦しげな表情で告げる。
「このままじゃ、あまねを守れへんから……」
その言葉が理解できず、頭が混乱する。
「ちょっと待って、まよい……!」
叫びかけた瞬間、あまねの脳裏に鮮烈な既視感が走り抜けた。
同時に、背後から耳をつんざくようなブレーキ音が迫ってきた——。
瞬間、世界がスローモーションになったように感じた。
振り返る間もなく、重低音のクラクションとともに、背後から強烈な風圧が襲いかかる。
足が、地面に縫い付けられたみたいに動かない。
心臓が縮み上がるような感覚。目の前の景色が歪み、音が遠のく。
「危ないっ!!」
まよいの絶叫が、空気を裂いた。
あまねの手首を強く引く感触。地面に叩きつけられるように倒れ込む。
背中に衝撃。アスファルトの冷たさが、現実に引き戻す。
ギギィィィィィ——!!
車のタイヤが地面を引き裂くような音を立てて止まる。
ほんの数センチ横を、鉄の塊が通り過ぎていく。
「……あまね、大丈夫!?」
まよいがすぐさまあまねの顔を覗き込み、青ざめた表情で問いかける。
動悸が収まらず、息も上手く吸えない。でも——
「う、うん……まよいのおかげで助かったわ……」
ふたりは地面に座り込んだまま、しばらく呼吸を整えていた。
まよいの手が震えているのを見て、あまねの胸がまた痛くなる。
「まよい……ほんまありがとう。でも……さっきの話……解散って、ほんまなん?」
まよいは視線を逸らし、小さなため息をついた。
「ごめん、あまね。ほんまに……うちのせいや。全部うちのせいやねん」
その瞬間、あまねの胸に言い知れぬ不安が広がった。
「まよい、何言うてんの? ちゃんと説明してよ」
まよいは泣きそうな目であまねを見つめた。
「うちとおったら、あまねが何回も危ない目に遭う気がすんねん。
なんか分からんけど……あまねを巻き込みたくないねん」
その言葉が、胸に深く突き刺さる。
まよいが何かを知ってるような、そんな気がしてならなかった。
「そんなこと……」
あまねが言いかけたそのとき——
頭上で、“ギギ……ギィ……”という嫌な金属音が響いた。
見上げると、工事現場の鉄骨がゆっくりと傾いている。
「えっ……」
まよいも同時に気づき、血の気が引いた顔で叫んだ。
「あまね、逃げて!!」
その声が届いた直後。
世界が崩れた。
空から、巨大な鉄骨が降ってきた。
空気が押しつぶされるような圧迫感。
地面が揺れるほどの衝撃。
まよいの手が、あまねの腕をつかもうと伸びる。
けれど——間に合わなかった。
鉄の影が、あまねを飲み込もうとしたその瞬間——
(まよいに……伝えな……伝えなあかん……)
脳裏をよぎったのは、繰り返す“死”と“ループ”の真実。
けれど、言葉にしようとした途端——
ズキンッ……!
頭の奥が焼けるように痛んだ。
鋭い刃物で脳を突き刺されたような激痛。
呼吸が止まりそうになる。
(あかん……“言うたら”アカンのや……)
理解した。
“死に戻り”のことは口にしてはいけない。
世界そのものに拒まれてるみたいに、思考が断ち切られていく。
その苦しみの中——
視界が一瞬で闇に染まる。
音も、光も、世界のすべてが遠のいていく。
(なんで……まよいが……?)
「お願いやから……今度は生きて、あまね……」
その声だけが、私の意識の奥に焼きついた。
そして、視界が、真っ暗に——
──次回、「死にゲー舐めんな、異世界王子やぞ」に続く──
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
今回は、ようやく“死に戻り”の現実があまねに突きつけられる回でした。
まよいの「お願いやから……今度は生きて」という言葉が、ただの願いじゃないって、読者の方にもじわじわ伝わっていたら嬉しいです。
そして、ふたりの“解散”という選択。
それがほんまに“別れ”なのか。
それとも、“助けるための嘘”なのか。
この先の物語で、その答えに少しずつ近づいていきます。
……てことで、次からついに「王子編」に突入です。
ツッコミ全開で、毒と魔法にまみれた世界を駆け抜けていくので、お楽しみに!
【作者の一言】
靴下裏表逆で履いてるのに気づいたとき、戻すのがめんどくさくて「これはもう、これで合ってる世界線」って言い聞かせてます。
何事も、気の持ちようです。
——綾乃りよ




