不器用な二人に協力するかと言えば、しない
Side ヴァイス
朝日が差し込んできて、いやでも目が覚めた。
昨日の夜に起きたのは、事件一歩手前——いや、あれはもう事件だった。あの場で止めなければ、取り返しのつかないことになっていただろう。思い出すだけで胃の奥が重たくなる。正直言えばもう少し寝ていたかったが、ぐずぐずしている暇はない。洗面器に張らせた冷水で顔を洗い、心を無理やり引き締めた。
「さて……やるか」
小さく呟き、まず向かったのは客間。昨日気絶させて運び込んだジェミリア殿下がまだ寝ているかと思ったが、ノックをすればすぐに中から声が返ってきた。
「……誰だ?」
弱々しく響く声。覗けば、案の定、顔色の悪い殿下がベッドで上体を起こしていた。目の下には深い隈、額にはうっすらと冷や汗が浮かんでいる。
「ヴァイスですよ、殿下。入ります」
返事を待たずに扉を開けると、殿下は鉛のような動きでこちらを振り返った。
「ヴァイス……昨日の俺は、何をした?」
その問いに、自然と口角が上がった。笑みのつもりでも、父譲りの冷たい笑顔になってしまうのは自覚している。
「そうですねえ。王宮を抜け出し、我が家に乱入し、そして我が妹のグレースを襲いかけた。……いや、正確に言えばもう襲っていましたね。良かったですね、殿下。止めてくれる幼馴染が居て」
グサリと突き刺さったのだろう。殿下の顔がさらに青ざめ、肩が小さく震えた。事実を誤魔化す気などない。殿下が求めているのは真実であり、逃げ場のない現実だ。
「……俺は、どうして……」
殿下が頭を抱えるのを見て、ため息をひとつ。腕を組んで自分を抑えた。殴り飛ばす衝動に駆られたのは一度や二度ではなかったが、今は感情に任せるべきではない。
「で、何があったんです?殿下らしくもない。暴走なんて」
殿下は唇を噛み、そしてようやく答えた。
「……バランド公爵から婚約者の挿げ替えを頼まれた」
「父上が……?」
「……グレース嬢が泣きながら、『婚約者が辛い』と訴えたらしい」
その言葉に、胸の奥が少し痛んだ。確かに、あれほど何も吐き出さず、黙々と王妃教育をこなしてきた彼女が「辛い」と零すなど、尋常ではない。クロエのように気分で泣き喚き、怒り、発散していれば楽になれたものを、グレースは全てを飲み込み続けた。父もそれを見ていられなかったのだろう。
「それは……辛いだろうな」
思わず口に出る。
「グレースは、交流すらほとんど持たない婚約者のために必死で王妃になろうとしているんです。普通なら耐えられない」
殿下の眉が動いた。ようやく気づいたのだろう。これまで律儀に「兄と私の同席が条件だから」と、必要最低限の場でしかグレースと関わらなかったことに。形式を守るあまり、心を通わせる努力を怠ったことに。
「……そんな思いも知らず、昨夜は欲望をぶつけたんです。怖かったでしょうね。泣き叫ぶこともできず、ただ怯えるしかなかったはずです」
殿下の顔色はさらに悪くなる。吐き気を堪えるように口元を押さえ、苦しげに俯いた。
「……嫌われたかな。いや、嫌われたよな」
掠れた声で呟く殿下に、内心では「面倒くせえ」と思った。だが、それは飲み込んだ。
グレースの気持ちがどうであれ、彼女が殿下に抱いていた特別な想いを知っているのは私だ。だからこそ、昨日の涙がただの「思い込み」や「すれ違い」から来ているのではないかと勘ぐってしまう。
「殿下。ちなみに言っておきますが、俺は婚約者の誕生日には町に出てデートくらいはします。他の令息も同じです。クロエとオクレール公爵令息だって、船遊びなどの交流を欠かしません」
「……そう、なのか」
国を建て直すのに殿下がどれほど必死だったか、私は知っている。だが、だからといって婚約者を空気のように扱っていいわけではない。グレースが我慢してきたのは殿下の忙しさを理解していたから。それを「当然」と思ったのは、大きな過ちだ。
殿下はうなだれたまま固まっていた。まるで全身にキノコでも生えそうなほど暗い気配をまとって。
「まあ、考えるのはいいですけど。今日は表向き、殿下は『我が家で私と飲み明かして、酔って眠った』ってことになってますからね。体裁を整えるためにも、ちゃんと着替えて顔を出してください」
そう言って、部屋の外に控えていた使用人たちに指示を飛ばした。殿下の衣服を用意し、髪を整えるように。
使用人たちは、私と殿下のやり取りを聞いていたのだろう。小声で笑いを堪えながらも、どこか楽しそうに殿下の身支度を手伝い始めた。彼らにとっても、昨夜の出来事は衝撃的だったのだ。
殿下は顔を覆ったまま小さく呻いていた。——さて、この獰猛な野獣に、果たしてグレースはどう答えるのか。私にとっても、それはまだ分からない。




