新たな側妃
Side グレース
ジェミリア様は変わらなかった。結婚から年月が過ぎても、私への愛も、息子アレックスへの愛も、常に惜しみなく注いでくださった。時には過剰ではないかと思うほどの愛情表現に、胸が苦しくなることもあった。抱きしめられ、耳元で囁かれる甘い言葉。それは間違いなく私を安心させるものだったけれど、同時に「この人は本当に側妃を迎える気があるのだろうか」と心配になった。
妹の夫――今はオクレール公爵である彼からは、「探してはいるらしい」との言葉を聞かされていた。それでも日々を共にしていると、ジェミリア様が私を手放すはずがない、という思いが強まってしまい、時折、自分で望んだことを後悔する瞬間さえあった。
そんなある日、ジェミリア様から正式に告げられた。
「側妃が決まった」と。
相手は伯爵令嬢、ソフィア様。
光を受けるたびにきらめく金の髪と、若葉を思わせる緑の瞳。華奢で、細い手首や首筋は折れそうなほど繊細で、誰もが守ってあげたいと思わせる儚さをまとっていた。堂々とした背筋、毅然とした態度を求められてきた私とは正反対。比べれば比べるほど、自分が「王妃」としては必要でも「女性」としては物足りないのではないかと、不安が胸を締めつけた。
召し上げの儀式は厳かに行われ、ソフィア様は正式に側妃となった。その夜、二人の初夜が執り行われることになっていた。私は分かっていた。自分で「子を」と望んだのだ。泣くことも、拒むことも許されない。そう自分に言い聞かせながら、眠るアレックスの小さな寝息を聞いていた。
「もう少し、この子の顔を見てから休もう」――そう思った矢先だった。
「なんだ、グレース。ここに居たのか。」
聞き慣れたはずの声に、背筋がぞくりと震えた。甘さを含んだ響き。けれどもそこに滲む温度は、昔一度だけ味わった、あの異様な寒気を思い出させる。振り返れば、ジェミリア様が柔らかな笑みを浮かべて立っていた。
「てっきり君の部屋に居ると思って探したよ。……さあ、行こう」
そう言うなり、強引に腕を掴まれる。抵抗する間もなく、そのまま引きずられるように向かった先は――王の寝室。そこで目にしたのは、薄衣をまとい、ベッドの端に腰掛けて待っていたソフィア様の姿だった。
「え……?」
思わず声が漏れる。私の困惑をよそに、ソフィア様はまるでこの状況を受け入れているかのように、にこやかに微笑んだ。
「グレース、君が子供を作るように言ったのだよ?」
ジェミリア様の声が、耳を裂くように響く。
「私と彼女が交われるように、君が頑張らないといけない。君が導かなくては、子は授からないだろう?」
狂気にも似た言葉に、胸の奥から叫び声が上がりそうになる。だが、分かっていた。今の彼には何を言っても無駄だ。止めてくれる者はもういない。ここでは誰も、私を庇ってはくれない。
「な、何を……私に、しろと……いうのですか?」
声は震え、唇は乾ききっていた。
ジェミリア様はそんな私を見下ろし、まるで慈愛を与えるように微笑む。その手がゆっくりと私の腹へ伸び、服越しに撫でる。温もりがあるはずなのに、ぞっとするほど冷たく感じた。
「私が君にしているみたいに、彼女の心と身体をほぐしてやらなければ。……それと、私の方も、君が手を貸してくれるよね?」
私の吐息が乱れ、視界が霞む。
抗う道はない。逃げ道もない。
かつて自分が口にした「子を望む」という言葉が、今や鎖となって私を縛りつけていた。
アレックスの寝顔が頭に浮かぶ。あの子の未来のために。私は――従うしかなかった。




