私の婚約者のとんでもない勘違い
Side ジェミリア
無理やりヴァイスに連れられて来た部屋は、昨日、私が押し入った部屋だとすぐに分かった。今更どんな顔して合えばよいのか分からないのに、ヴァイスは何も気にすることなく扉をノックしようとした。しかし、中から聞こえる話し声に、その手が止まったようだった。
『グレース、お前の気持ちはどうなのだ?どうしても嫌だというのならば私はどんな方法を取ってでもお前を殿下には渡さない。私は人の気持ちには疎い。お前たちの母はそんな私に直接言葉で伝えてくれるから理解できた。言葉にしてくれ、そうでないと私は分からないのだ。』
普段は厳格なバランド公爵は自分のできる言葉をグレース嬢に伝えようとしていた。そうだ、彼女とバランド公爵はよく似ている。行動では伝わらない。言葉にしないと通じないのだ。
『昔、王妃様の葬儀の時、泣かずにいたジェミリア殿下を見た時から、支えたいと、思っていました。』
彼女も覚えてくれていたのか、真っ先にそう思った。あのハンカチをくれた日、凍らせようとしたはずの心が凍らずに済んだのは間違いなく彼女のおかげだ。
『ずっと、そう、思っていました。』
思っていた。と彼女は言うが今だってずっと彼女に支えられている。彼女の存在がなければ、王家としての責務を果たしていたのかは分からない。
『そうか……。』
バランド公爵の少し暖かな声が耳に届いた。足音がこちらに向かってくる。近づいた足音は扉を開いた。そしてバランド公爵と視線が合う。
「だ、そうです殿下。」
ここに居たのは分かっていたらしい。バランド公爵とヴァイスの様子を見る限り、私をここに連れて来たのは二人にとっては計画通りだったのだと思った。
「グレース嬢と話がしたいのだが、お許し願いますか?バランド公爵。」
「娘次第です。私は貴方を許したわけではないのでね?」
ニコリと笑うバランド公爵。ヴァイスの笑顔よりも数段迫力がある。しかし、ここでは引けないと思い、ニコリと笑い返す。
「お、お父様。私、話をしたいです。」
彼女が声を上げて、視線が私と彼女を交互に行き来する。不安そうな表情の彼女がまるで勇気を振り絞ったような姿に、バランド公爵もヴァイスも諦めたように同じタイミングで息を抜いた。
「グレース、いいかい、何かあったら叫ぶんだよ?いざとなったら迷わず急所を蹴り上げなさい、やり方は前に教えたよね?」
ヴァイスの言葉にグレース嬢は頷いた。と、いうかどんなこと教えているんだい?と問い詰めたくなるが、今は我慢することにした。心配そうなバランド公爵はグレース嬢に何か言ってからこちらに笑いかけた。
「くれぐれも、婚前で馬鹿な真似はなさらないでください、殿下?」
そう言ったバランド公爵とヴァイスは退出していった。一応、扉は開いたままだ。まあ、閉めたら流石に本気であの二人が乗り込んでくるだろうと思った。
「グレース嬢。」
その名前を呼べば、彼女は少し困ったように笑った。そして真っ先に彼女は頭を下げた。
「申し訳ございません。私はてっきりジェミリア殿下はクロエの事を好いているのだと思いました!!」
いきなりの告白に、こちらが面食らってしまった。いや、そんなことを言わせたいわけじゃないが、どうしてそう言う勘違いになったのか聞き出したくなった。本来なら良いことではないが、頭を上げさせた彼女の横に座ってそれを聞き出すことにした。
「園遊会の時に、クロエを見て笑っていらしたので……。」
園遊会、と思い出すのは彼女とヴァイスの妹が、周りでざわめくレベルで礼儀知らずなことをしたことか、と思い出す。笑ったとしたならば、多分。
「あれか、君の妹が失態をして、見てられないぐらい青い顔になっていたから『大丈夫』って意味で笑ったのだけど……。」
「その後に『君の妹は素直でいいね?』とも言っていましたよね?妹のように素直な娘が好きなのかと……。」
最後の方は彼女の声が尻込みするように小さくなっていく。だんだんと勘違いに気付いてしまったのだろう。
「あ、君の我儘ならいくらでも聞いてあげるけど、君の妹の我儘はご免だね。それも君へのフォローのつもりだったのだけれども、難しいね、こういうのは。」
そう言いながら彼女の様子を窺えば、真っ赤に染まった耳。顔を下に向けているから表情は見えないけれども。
「じゃあ、グレース嬢。あ、二人の時はグレースと呼ばせてもらうよ?やりたいことある?できる範囲なら、実行するよ?」
その言葉に彼女は勢いよく顔を上げた。エメラルドグリーンの瞳は太陽光に反射して更に輝いている。
「あの、ずっと、お兄様たちが行っていた、城下のカフェに行ってみたくて……王族であるジェミリア殿下にお願いするのはちょっと無理かなとも思っていたのですが……。」
少し頬を赤く染めながら、恥ずかしそうに言ってくる彼女は、可愛いとしか言いようがなかった。もっと早くストレートな言葉を掛けていればこんなに可愛い彼女をもっと見られたのかもしれない、と思うと少し惜しい気がした。
「いいよ、こんど二人でこっそり行こうか。」
「あと……。」
しばらく悩んだ彼女はこっそりと耳元で喋った。
「優しいキスをください。」




