視察(遊び)
大通りの市場は人が行き交い賑わっていた。露店の客引きの声が飛び交い、休憩に入った土木作業員が露店の料理を買っていたり、町の住人と行商人が値切り交渉をしていたりする。
その中で俺は肉の串焼きを売っている露店に近づくと、向こうから声をかけてくる。
「おっ、若様じゃないですか。一本食べていきますか?」
「じゃあ、二本貰おうか」
「あいよ、まいどあり!」
「最近、儲かってるか?」
俺が幼い頃からよく館から抜け出して町で遊んでいたので、小さな町であることもあり、気軽に声をかけられるほど町に馴染んでいた。
肉の串焼きが焼けるのを待つ間、情報収集も兼ねて店主の男に話を振る。
「最近ですか……壁の工事のおかげで売れ行きはいいですよ。…そうそう、この時期ですから魔獣の肉が安くなってやりやすくなりましたよ」
(魔獣の肉が…この時期なら不思議でもないか)
魔獣とはこの世界にいる魔法を扱う動物の総称だ。魔獣と言ってもドラゴンなどはこの世界でも御伽話の存在であり、精々魔法を使えて体格が大きいだけで動物の延長線上にいる存在でしかない。
春が近いこの時期は冬眠していた魔獣が目覚めて、餌を求めて森の浅い場所や街道に姿をよく姿を現すようになる。
大方、それが要因だろうと判断して魔獣の肉のことは頭の隅に追いやる。
「今日はメイドさんとデートですか?」
「ん?違うぞ、なぁ?」
「……ええ、そうですね。視察という名のサボりです」
「なっ、お前、言うなよ」
「はははっ、若様のことですからそんなところだろうと、思ってました」
「何だと!?」
俺じゃなかったら不敬罪になってるところだぞ。そんなことはしないと信頼されてるのか、それとも嘗められてるのか……信頼されてるんだろう、うん。もし嘗められているならかなりショックだ。
「……焼きあがりましたよ。銅貨四枚になります」
「おう」
俺は串焼きを二本受け取って代わりに銅貨を四枚渡す。
驚くべきことにこの世界の通貨は全世界共通のものを使用している。
六種類の貨幣があり、青銅貨、銅貨、大銅貨、銀貨、金貨、白金貨がある。それぞれ前世の日本の価値に当てはめると、青銅貨は十円、銅貨は百円、大銅貨は千円、銀貨は一万円、金貨は百万円、白金貨は一億円となる。
一番高価な白金貨は国同士の取引でなければ滅多に使われない貨幣なので金貨までが一般的に使われている硬貨だ。
「ほら、リリスの分」
「ありがとうございます……美味しい」
「だろ?ここのは良い焼き加減してるんだよ。ちょっと前までは単純に肉焼いただけだったけどな」
予想より美味しいことに驚いたらしく、リリスは手で口元を隠しながら手元の串焼きを見る。肉体年齢はリリスが二歳上だが、精神年齢は圧倒的に俺が年上だからか、妹か孫のように思えてこういう姿を見ると少しほっこりする。
「そりゃあ、塩が安く手に入るようになりましたからね。王都とだと肉も塩も高いから、うちみたいな肉を取り扱ってる露店は少ないって行商人から聞きましたよ」
「まあ、王都の周辺には魔獣が少ないからな」
この世界では魔獣の脅威があるため大規模な畜産業が行われていない。よって肉の多くは森などで狩られた動物や魔獣だ。
昔から開拓されていた王都などの大都市の周辺にも森があることにはあるが、安全のために定期的に騎士や兵士による森の魔物の大規模な掃討が行われており、動物も魔物も余程奥地に行くか、夜にならないと出てこない。そして夜は人の時間ではない。
そのため、肉は必然的に高くなるが代わりに動物や魔獣による農作物や人への被害が少ないのは利点だろう。逆に辺境では肉が安いが代わりに動物や魔獣による被害は多い。どちらも一長一短だ。
俺としては良質なタンパク源が簡単に手に入るので辺境の方が好きだ。
「美味かった、また来る」
「へい、お待ちしてます」
串を近くのゴミ箱に捨てて露店を離れる。このゴミ箱は俺が主導した公衆衛生政策の一つだ。これがないと人は普通に道端にゴミを捨てる、その行為を見て見ぬふりをするのは衛生面上あり得なかった。
露店によっては食べ終わった後の串を回収する所もあるが、この露店では回収しない。
「次はあそこの露店を見てみよう」
「果物ですか……あまり食べ過ぎないようにしてください」
「分かってるって」
あちこち見て途中で買い食いをしたりしてブラブラとしていると工事現場の近くまで来てしまった。
(露店も大体見たし、工事現場の視察は一週間前ぐらい前に行ったし、次はどこに行くか……)
「次はどちらへ向かわれるのですか?」
「そうだな……少しだけ仕事するか」
リリスが思いっ切り疑わしそうな目で俺を見る。まあ、仕事が嫌でここにいるのに結局仕事をするのは本末転倒だと言いたいのは分かるが、起きている状態で寝言言っているんですか、みたいな目で見なくてもいいだろう。
「……私としたことがメイド失格ですね」
「待て待て、絶対何か勘違いしてるぞ」
リリスの言葉の脈絡のなさが恐ろしい。こいつ、たまに何でそういう考えに至ったのか分からない言動をとったりするから怖い。兎に角何か誤解してるみたいだから誤解を解かないと……何しでかすか分からない。
「ご自分で言い出した休憩中だというのに仕事をしていなくては落ち着かなくなるまで、病んでいらっしゃるとは……」
「おい?」
人のことを仕事中毒者のように言いやがった。俺を見る目が哀れな病人を見るそれだ。
「…………ベット…縄で…………監き……療養…………」
「おい!」
「はい?何でしょうか?」
真剣な表情でリリスが不穏な単語を口走っている。縄で俺をどうするつもりだ……あと監禁ってこっちの世界でも犯罪だぞ。
首を傾げる様子は可愛らしいが、今はそんなことはどうでも良い。
「はぁ、クライスに対する言い訳のためだ。あと、目的地は冒険者ギルドだ」
「なるほど、そうならそうと早く言ってください。私は先触れとして冒険者ギルドに向かいます。アレン様はゆっくりと来てください」
俺は休憩のためにここにいるはずなのに何でこんなに疲れてるんだろうな……。俺は溜息を飲み込んで冒険者ギルドに行くために市場の道を戻ったリリスの背中を見送った。
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次話の更新は6/3十二時に投稿します。




