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視察は仕事

クライスが他の家臣を呼び出したり、会議が長引くことを予想して、屋敷に家臣たちが泊まれるように使用人たちに来客用の部屋の準備の指示を出すためにリリスと共に部屋を出た。

俺も執務室を出て自室に移動し、クローゼットから外出用の汚れてもいい服に着替えて窓に近づく。


もう書類仕事にはうんざりで、限界だ。前世を含めれば精神年齢は百歳を超えるが、体に精神が引っ張られているのか、前世の頃と比べて我慢が出来なくなってる。


別に書類仕事が出来ない訳じゃないが、鍛錬の時間すら削って一日中執務室に籠りっぱなしの生活が一ヵ月も続けば、ストレスが溜まる。

もっと武術の鍛錬の時間があればストレス発散になるが、逆に日々鍛錬の時間が減る始末。

なので俺は、別の方法でストレスを発散することにした。その方法とはズバリ脱走。


「……よしっ!」

「アレン様、執務を放り出してどちらへ行かれるのですか?」

(何故バレた?俺の行動はまだ普通の範囲内だったはず、この時のために数日前からたまに息抜きと称してラフな格好に着替えてたっていたというのに!)


……自由への一歩目を踏み出す前から躓いた。クライスと一緒に家臣たちとの会議の準備をしているはずのリリスが何故か背後にいる。

日に日にリリスの隠形が上達して今では俺でもすぐ傍に来るまで気付けない。俺の背後に立てるのはリリスぐらいなものだが、心臓に悪い。特にこのタイミングだとなおさらだ。


「……リ、リリス、急に後ろから声をかけるなよ。それに、ここは俺の部屋だぞ?ノックはするべきだろ」

「…ドアから入らなかったので問題ありませんね。それで、アレン様は何処へ行くつもりだったのでしょう」

「いや、大ありだ!」


確かにドアの開いた音はしなかった。そうなると天井か、壁に出入り出来る場所があるってことだな。

一度部屋の中を隅から隅まで調査した方が良いかもしれないな。


「そんなことはどうでも良いのです。まだ質問にお答えしてもらっていないのですが……」

「……俺は着替えていただけだぞ?」

「あの話をしたすぐ後にこのような行動に出た貴方に失望しかけているのですが、何か言い訳はございますか?」


音もなく現れたリリスが吐き出す毒が、いつもより強力なものになっていることに冷や汗が止まらない。こう、冷気すら纏っている気がする。長く俺の専属として仕えていたから、全くもって言い訳が通用しない、というより言い訳と認識すらしていない。

だが理解してほしい、この世に生を受ける前から武人として歩み、身に付けた武術を存分に使う為に転生してきた身としては、ただ只管に書類と格闘するのは苦痛なんだ……恐ろしくてリリスには言えないが。


「あー、これから視察に行くんだが、お前も付いてくるか?」


もう開き直るしかない、堂々と噓を言えば多少は説得力があるはずだ。ついでに叶うことならリリスも巻き込んでしまえば、俺が怒られる確率が減る。


「………分かりました。この度はそういうことにしておきましょう」


リリスの言葉にほっと胸を撫で下ろす。自分で言うのもアレだが、我ながら苦しい言い分だと思ってたのだ。心なしか、リリスの機嫌も少し良いような気がする。

リリスが味方に付けばわざわざ窓から外に出る必要はないので、堂々と玄関から外出することにする。

廊下で会った使用人にクライスへの伝言を頼んで屋敷から出る。


「外壁の拡張工事は順調そうだな」


外に出ると春を間近に控え少し暖かくなった風が頬を撫でる。

領主の館が建っている小高い丘の上からはアルトロス男爵家が治める町アルスが一望できた。前世で言うところの中世ヨーロッパ風の壁に囲まれた小さな町で、その外壁の外側では新たな壁を建てる工事の真っ最中だった。

塩の鉱脈が見つかったことで始まったアルトロス男爵領の好景気は目に見えるほどの恩恵をもたらしていた。


「視察の時間は二時間以内までです。それ以上は執務の処理に差し障りますし、何より先程決めた通り会議があります。当主代行が会議に遅れるのは論外です」

「もしそれ以上時間をかけたら?」

「……今夜は寝かせません」

「二時間以内に終わらせるよ。徹夜はしたくない」


リリスの言葉はシチュエーションが違ければ、とても魅力的な言葉だろうが残念ながらそんな要素は一つも含まれていない。

しかも、リリスはさっさと執務室のソファーで寝てしまうのだ。その状態でも何故か俺がサボろうとしたタイミングでナイフやらホークやらと飛ばしてくる。

それに会議に遅れるのはよろしくない、もう少し時間が欲しいが仕方がないだろう。今回は大人しく二時間以内で済ませよう。


「まずは市場に行こう。面白い露店があるといいんだが……」

「はぁ…せめて建前を維持してください」

「大丈夫だろ。お前以外聞いてない」

「どうでしょうか?ご存知かと思いますが、父の耳はとても良いので聞こえていても不思議ではありません」

「……それはないだろう」


口では否定はしたけど、ちょっと気になったのでキョロキョロと周囲に視線を巡らせて、最後に館の入り口を見て誰も出てこないことをすると、俺はほっと胸を撫で下ろした。

クライスには幼い頃から世話になっているので頭が上がらない。それに、普段穏やかな人ほど怒ると恐ろしいものだ。


そんな俺の行動を冷めた目で見て、リリスは溜息をつく。

そんなにクライスの説教が恐ろしいなら、視察と偽って町に遊びに行かずに大人しく領主代行としての執務を熟せば良いのにと思われてそうだが、それでも町に行きたい。


「さ、行くぞ!」

「はぁ…」


何やら後ろから二度目の溜息が聞こえたが、努めて聞き流す。さあ、いざ遊……じゃなくて、視察に行かん!


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次話は6/2十二時に投稿します。

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