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1117:浮遊(下)

グスタフ3世の乗っていた馬車に向けて群衆から発砲。

すぐに守衛の兵士が発砲した人物に向かって飛び掛かったが、別の人物がすかさず馬車の中目掛けてマスケット銃の引き金を引いた。

発砲、発砲、発砲……。

合計三発の銃声が鳴り響いた。


馬車を開けた時、グスタフ3世は馬車から降りようと前かがみの姿勢になっていた。

最初にマスケット銃の引き金を引いた男は手早く撃とうとして、少し上の方に向けて引き金を引いて弾丸を放ってしまったのである。

放った銃弾は前かがみの姿勢になっていたグスタフの頭上を掠めており、弾丸は馬車の車内にめり込んだ。


次に引き金を引いたのは女性であり、反グスタフ派の元貴族の令嬢だった人物である。

彼女は引き金を引いて発砲した際に最初に発砲を行った男に向かって守衛が飛び掛かったため、慌ててしまって銃弾をグスタフではなく、窓の向かい側にいた群衆に当ててしまった。


「取り押さえろ!他にも犯人がいるぞ!」

「守衛!守衛!はやく来てくれ!」


黒色火薬による発砲で発生した白煙が沸き起こり、最初は花火かと思っていた群衆も銃撃事件が発生したと知るや否や、周囲からは悲鳴と叫び声が響き渡った。


最後にベルデロッチの左側にいた元軍人がグスタフに狙いを定めて引き金を引いた。

マスケット銃から放たれた弾丸がグスタフの胸部に命中し、撃たれた衝撃でグスタフは後ろに仰け反っていった。

これをみたベルデロッチはグスタフが死亡したと確信してこれ以上の発砲をせずに、悲鳴と混乱で右往左往している群衆に紛れて姿を消したのである。


発砲した三人は直ぐに守衛に取り押さえられたが、その反面グスタフは撃たれた衝撃でピクリとも動かなかった。自分の身体の血液が逆流しているかのような衝撃と、自分自身の意識がどこか遠くに行ってしまいそうになっていることが辛うじて理解できていた。


「だ……だれか……」


そうグスタフが手を挙げた時、群衆がようやくグスタフが撃たれていることに気が付いたのである。

国王陛下が胸を抑え込んで倒れているのを発見し、護衛の者達が直ぐにグスタフの元に駆けつけた。


「陛下!陛下!」

「出血している……直ぐに医者を!」


グスタフの容態はあまり芳しいものではなかった。

胸から赤黒い血が染み出ており、王族の衣装を身に纏っていても彼が負傷したことが明らかである。

後方で待機していた主治医が馬車が飛び出してきて直ぐにグスタフの容態を確認した。

王の容態は胸部を撃たれたことによる出血があり、一刻の余地も許されない状況であった。

主治医はその場で弾丸の摘出手術を行う事となり、周囲にいた住民たちにも大急ぎで清潔な布や水を持ってくるように伝達したのである。


「織りたての生地ならここにあります!使ってください!」

「水でしたら湧き水から汲んだものがあります。今朝容器に入れたばかりです」

「すぐにその水を煮沸!煮沸したら最寄りの医師も呼んで手術を手伝うように伝えてください!あまり容態は芳しくない!」


本来であれば弾丸の摘出が先であったが、それ以上に出血が酷かったことで緊急の止血作業を優先する形となった。

煮沸された生地を使って傷口を抑え込み、血の流れを抑制してから弾丸の摘出を行うこととなった。

手術は半ば公開されるような形で行われることになり、馬車の周りを護衛の兵士や民衆が固唾を飲んで見守る中で行われた。


馬車の中では弾丸の摘出出術が行われており、グスタフは痛みを和らげるためにウイスキーを口に含んで半ば酔っているような状態であった。

本人は禁酒法を推し進めようとしていたのだが、この時ばかりは酒の力に感謝していた。

ジリジリと胸の中が焼け付くような痛みが襲い掛かっており、見慣れた主治医や現場に駆けつけた医師たちも手術を馬車の中で行っていることを理解していた。


(これは驚いたな……私はてっきり死んだのかと思ったが、どうやらまだ持ちこたえて生きているようだ……銃で撃たれて死んだとばかり思っていたが、どうやらまだまだ悪運が強いようだ……)


仮面舞踏会において、暗殺未遂事件があったことを思い出しながら、医師が「陛下、私の声が聞こえますか?」と問いかけた。

グスタフは言った。


「大丈夫だ。私を撃った奴はまだ生きているか?」

「怒り狂った群衆が殴る蹴るなどしていましたが、実行犯3名を憲兵隊に引き渡しました。それ相応の報いは受けるかと……」

「そうか……いずれこういう事が起きるかとは思っていたが、あの仮面舞踏会の時に本来であれば私は死ぬかもしれなかったが、今日まで生きられるようになったのもルイ16世……彼のお陰かもしれんな……」


グスタフは思い出すかのように警告の手紙を受け取ってから、警備を強化して背後を護るようにしていた。結果として暗殺未遂を起こした伯爵は捕まり、グスタフは怪我をすることなく無事に生きてこれたのだ。こうして撃たれても即死しなかったのは致命傷となる部位から弾丸が逸れていたことも大きな要因でもあった。


さらに幸運だったのは、主治医や駆けつけた医師がフランスから取り寄せていた医学書の記述を熟読していたことが功を奏したのだ。

サンソンが監修した外科手術に関する内容であり、これによって難しいとされている戦場での銃弾の取り方や、切開する際に清潔な道具や煮沸した湯を沸かして常に清潔に保つことが重要であると教わったからである。

彼らは直ぐに弾丸の摘出を実施して、傷口を縫い合わせてから宮殿に戻って待機する事となった。


グスタフ3世は意識がハッキリとしており、出血こそ酷かったものの医師たちの懸命な努力のお陰で弾丸の摘出が済んで出血も止めることが出来た。

ただ、胸の辺りが痛むために痛み止めを飲んで生活するほかなかった。

グスタフは自分を撃った者達が複数名いた事から、誰が犯行を唆したのか知るために銃撃犯に対する尋問を強化するように指示を出した。


そして、万が一容態が急変してしまった時の事に備えて、フェルセンなど信頼できる人物への遺言書も大急ぎで書くことになった。この時代の手術では摘出手術が上手くいったとしても予後不良になって死亡する例は珍しくなかった。

史実のグスタフ3世も撃たれてからすぐには死ななかったものの、数週間後に容態が急変して亡くなってしまったからである。


グスタフは遺言書を書くように部下に命じたのである。

もし、容態が急変して亡くなってしまった場合、今後の近代化の改革が道半ばでとん挫してしまう恐れがあるからだ。

大急ぎで駆けつけた官僚や身内を前にして、グスタフは淡々とした表情で言葉を遺した。


「もし、今後私が万が一亡くなったとしても今行われている改革は実施し、平民や農民の為になる政治を実施するように継続せよ。スウェーデンの国王として、長年脅威であったロシアには親スウェーデン政権を発足させている。フランスと連携を密にして物事を進めて新しい世界を開けるように努力せよ。ルイ16世であれば改革を遂行できる……余の後継は息子のアドルフに任せる。アドルフ、民のために王が成り立っている。それを王族や閣僚は肝に銘じて政治を実施せよ……それから、私を殺そうとした者が複数名いるはずだ。王族を排除しようとする貴族の連中を監視し、動きがあれば憲兵隊を含めて軍を動かして阻止せよ……私から言うことは以上だ」


グスタフの身体はしばらくは維持することが出来た。

だが、撃たれた場所が心臓に近かったこともあり、空気に触れた結果細菌が入り込んでしまっていた。

しばらくは容態は安定していたものの、6日後の1月13日午後5時頃に容態が急変しグスタフ3世は亡くなってしまった。


享年51歳。

史実よりも5年長生きしたものの、暗殺という魔の手からは逃れることは出来なかったのであった……。

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