1115:浮遊(上)
★ ★ ★
1797年1月7日
スウェーデン ストックホルム
ストックホルムでは、新年の祝い行事として多くの人で賑わっていた。
その賑わい方は華やかなものであり、多くの海産物や嗜好品などが市場で売られていた。
そんな中、上物の服を身に着けた複数の人間が市場の中に入り込むと、彼らは海産物や嗜好品には目もくれず、とあるバーに入り込んでいった。
バーの店主は人払いを行ってから外から店の中が見えないように窓をカーテンで覆い、店に鍵を掛けた。
入り込んだのは男女それぞれ3名であり、お互いにやるべき事を起こすために集まったのである。
まず男が重たそうな鞄をテーブルの上に置いた。
鞄の中に入っていたのはフリントロック式のマスケット銃であった。
小型であり、軍用として使われていた物が廃棄処分となり、ここにあるのだ。
既に火薬も弾丸も装填されている状態であり、それが6丁も揃っていたのである。
鞄を取り出した男はこうつぶやいた。
「いいか、これから2時間後にグスタフ3世がこの市場に視察する予定だ。その時にグスタフ3世を確実に暗殺するように仕向けるぞ。チャンスは一度だけだ……いいな?」
そう、彼らはグスタフ3世を暗殺しようとしているのだ。
改革派となってフランスにおけるブルボンの改革を成功させたルイ16世のやり方を踏襲した形で、国内において身を切る改革を実行に移した。
それは貴族の権限などを縮小させるものであり、当然ながら反発していた貴族は1792年の仮面舞踏会においてグスタフ3世を暗殺しようとしたが失敗。
この失敗した要因の一つに、ルイ16世から暗殺に関する警告文が届いた事と、周辺警護を徹底するように言われていた事が功を奏したと言われている。
実際にグスタフ3世が仮面舞踏会に参加をしていた際に、暗殺を行おうとした襲撃犯が近づいたところで傍にいた警備の者が取り押さえてグスタフ3世は暗殺を免れたのである。
襲撃犯は尋問の末協力者を自供し、グスタフ3世に敵対的であった貴族などは身分剥奪や財産没収などの処分を受けて処刑ないし刑務所での終身刑が言い渡された。
ストックホルムにおいては、幅を利かせていた貴族が没落して新しく一般市民や農民が発言権を得られるようになった。
言論の自由が保証され、大いに繁栄を遂げていたスウェーデンは近代的な国家としての役割を果たしており、特に北欧地域における国家としてその繁栄と影響を享受することに成功したのである。
グスタフ3世が目指していた近代国家としてのスウェーデンはまさに黄金期を迎えており、彼の偉業は国内外にも広く知れ渡っている。
一方で追放された貴族や、その貴族との関わりが深かった人物の多くが冷遇されていた。
暗殺未遂が発生したこともさることながら、グスタフ3世に反発をしていた貴族の中でも襲撃犯に武器や住まいを提供していたアンカーストレム伯爵などが襲撃犯を唆したとして逮捕され、その年の6月には死刑判決と死刑が執行された。
またアンカーストレム伯爵と関わりが深かったグスタフ3世に反発していた貴族や一部軍人らは爵位や階級の降格や王政への絶対忠誠を強要され、それまでスウェーデン国内において優位性のあった貴族や軍人としての位や名誉も下げられることになった。
事実上の宮廷からの追放であった。
一部の軍人らはグスタフ3世に忠誠心を見せようと救世ロシア神国との戦いで武功を挙げた結果、名誉などを回復した例も存在するが、大半は閑職に追いやられる事の方が多かったのである。
そうした事もあり、未だに水面下ではグスタフ3世に反発している貴族や軍人が存在しており、このバーに集まった6人もまた、グスタフ3世に反発して閑職に追いやられた者達でもあった。
「今の王は駄目だ。確かにスウェーデンを近代国家として押し上げたのは事実かもしれんが、貴族としての誇りまでも安売りの如く売り飛ばして権威を損なわせたのもまた事実。王として自分達の取り巻きのみを重用して、さらに市民の中から貴族に取って代わる政治家を産み出しているのもまた事実だ」
「そうだ、我々がこのように日陰の存在になったのも王の責任だ。彼が正しい行いをしなかったせいで民衆が無責任な力を蓄えてしまったんだ」
彼らからしてみれば、それまで特権階級であった貴族の地位が低下し、低下した分を発言権のある一般市民などが代弁を行うようになり、ストックホルムにおいては一般市民から構成された商業組合が追放された貴族の代わりに貿易公社を立ち上げて北海などの海上航路における輸送で莫大な富を築き上げることに成功した。
さらにいえば、彼らは社会福祉への寄付金を自主的に行っており、グスタフ3世は貿易公社に専売権などを付与する代わりに、税金面においても優遇措置を取ることになった。
これが追放された貴族たちからしてみれば、自分達が吸い上げていた富を一般市民に奪われるようなものであった。
特権を付与されたわけではないが、反グスタフ派の貴族たちがサロンや仮面舞踏会において密接にやり取りしていた多額の資金源が途絶えた上に、一般市民が貴族よりも経済的にも政治的にも発言権を強めてきたことで、追放された貴族の中には失意の末に自殺した者もいる。
今まさにグスタフ3世を暗殺しようとしている者の一人もまた、グスタフ3世の爵位剥奪や追放処分によって身内が精神的な問題が悪化し、自殺をしてしまった事で復讐心に駆られているのである。
「私の弟はグスタフのせいで自死を遂げてしまった……貴族から誇りを奪ったのだ。その奪った富を一般市民に分け与えて農民にも勉学を施して知恵を付けさせたのだ。それによってどうなった?我が国は豊かになったかもしれないが、結局のところ奪われた富を配分されただけじゃないか……」
貴族にとってはあまり都合の悪い事実であり、そして恨みを助長させる要因となったのである。
集まった者達は覚悟を決めたのだ。
「であれば、暗殺をしてもそれは大義である。我々と内通している新聞社らにはグスタフ3世のスキャンダルを事細かく報じるように指示は出してある。たとえ大衆に捕まって袋叩きにされたとしても、新聞社を通じてグスタフ3世がフランス勢力と繋がって傀儡の道を選んでいたとする話を流して世論を操作すればいい。一般市民や文字の読めない農民共はグスタフ3世の死を悼むかもしれないが、彼によって冷水を浴びせられていた我々や、我々に付き従う貴族たちが宮殿を制圧し、貴族重視の傀儡の王を立てれば良いのだ……これで全てが変わるのだ……」
彼らはグスタフ3世をフランスの傀儡政権であるという事を手を組んでいる新聞社に流し、それを読んだ貴族たちが反乱を起こす手筈まで整えていたのである。
スウェーデン軍の半数は救世ロシア神国から解放されたロシア領に駐留しており、段階的な撤収が行われているが、首都防衛を担う部隊は一個師団である。
グスタフ3世を暗殺して首都で決起をして新しい政治体制の樹立を宣言しても軍単独では動きも取りずらいだろう。
そう考えて、彼らはグスタフ3世が到着するまでの間、フリントロック式のマスケット銃を懐にしまい、暗殺の機会をうかがっていたのである。




