1110:一時停止
北米複合産業共同体を下した後にやるべき事。
それは欧州の新秩序体制を構築することである。
新秩序体制……ヨーロッパ大陸を中心に、世界秩序を構築してそれを世界の模範とする文明化の一つである。
それは国王や皇帝が国家の主権と責務を担うことを憲法に明記し、国民のために尽くす事だ。
これは確実に俺の代では完成できないだろう。
できるとすればシャルルの代……今の調子で成長を続けて行ければ19世紀半ばぐらいには人類史における新秩序体制が完成するだろう。
実際に新秩序体制が囁かれた20世紀初頭、ナチスはヨーロッパを支配しようとして欧州大陸を巻き込んだ大戦争を引き起こした。
……が、結果はナチスドイツの崩壊のみならず、列強国であった英仏の国際的な影響力の低下、そして植民地支配の終焉を告げるものであった。
皮肉なことに、ヒトラーの掲げていた新秩序体制によってヨーロッパは崩壊したのだ。
ヨーロッパの秩序体制が崩壊した20世紀中盤から、戦勝国であるアメリカとソ連の間で対立が起こり……ソ連崩壊後は今度は中国とアメリカ、さらにロシアがウクライナへの軍事侵攻を行ってから世界情勢のバランスは著しく崩れ去り、メディアの無責任な報道やSNSの無秩序的な誤情報の拡散などにより、人々は『混沌とした秩序と社会不安』によって政治的にバラバラになってしまった。
俺が転生した直後に、元いた世界ではロシアによるNATO諸国への先制攻撃によって第三次世界大戦が勃発し、そのエスカレーションの行き着いた先が熱核戦争による文明崩壊という最悪の光景であった。
ルイ16世が見せたあの光景もそうだが、いずれ人類がバッドエンディングを迎えるのであれば、それは何としてでも阻止するしかない。
だが、強権を振るって何でもかんでも規制を行う世界秩序になってしまった場合はディストピアになってしまうし、ナチズムに代表するような国家社会主義やソ連や中国のような監視型の社会主義システムではSNSやネット社会になった際に、自分達の政治基盤を維持していくために膨大な予算を他国を威圧するための軍事費や国民の監視に費やすことになってしまう。
ジョージ・オーウェルの手掛けた「1984」のような管理社会になるなんて御免被る。
では民主主義国家が大正解といえば、一概にいえるものではない。
何せデマや事実無根の偽情報が放置されているのも問題だ。
民主主義国家では全ての発信者の発言が責任を伴うと言われているが、日本においては元首相を暗殺したテロ事件の首謀者について不遇な家庭環境に同情する世論誘導を行って擁護したり、挙句の果てに報道機関が事実を捻じ曲げて恣意的な報道を繰り返したことで自洗作用が無くなってきたために、愛想をつかした民衆の不満が排斥主義を唱える政党に投票が集まり、衆参両院で大躍進を遂げた。
なにせ報道機関がお気に入りの政治家や思想家、教授の発言を称賛し問題となる発言の責任すら取らずに好き勝手にやった結果『報道機関の報じるニュースはデマやそれに準じた極端なイデオロギーを伝えるスピーカーであり、信用できない』と思うようになってしまった。
これが結果として報道不信に伴う過激な主張を行う者達に対する正当性を与えてしまったのである。
俺は見てしまった。
第三次世界大戦直後には、本邦のメディアが政府の責任になすりつけたり、無条件降伏などを訴えるような報道を繰り返していたこと。これに加えて常に平和を唱えている活動家や極端な政治家が敵国のミサイル攻撃によって死亡した遺族をないがしろにする発言が報じられた。
これに激怒した保守派やインフルエンサーがSNSで決起を呼びかけ、SNSもアルゴリズムに従ってその決起を賛同する書き込みをトレンドに入り、数万人もの群衆が都内に集まって新聞社や放送局、さらに日本は負けたほうがいい等敵国に利する働きかけをした政治家や著名人、大学教授、タレントを集団で暴行ないし殺害する事態に発展した様子もモニターの画面に映し出されていた。
暴行事件を起こしていた彼らは元々は善良な市民であり、過激思想に順応する前は普通に生活をしていた人々だ。それが殺戮を行う事すら疑問に抱かない程に事件を正当化した上に、警察ですら止めることができない事態になっていった。
裏切り者として首を吊るされて、敗戦主義者であり反日主義に値するとして老若男女問わず暴発した民衆によって私刑が黙認されたのである。
あの世界において、日本は中道ではなくなってしまったのだ。
いや、それ以前に元首相暗殺事件に至ってテロを正当化するようになってから、日本は暴力賛美に靡くようになり、それがついに賛美をしていた者達に跳ね返る形で私刑を許容するようになったのである。
それと同時に民主主義が完全に死に絶えてしまったのである。
今までがそれ相応のやり方で押し通してきた反動によってこれまでに特権階級として好き勝手に扇動を繰り返してきた連中への制裁が実施されたのだ。
怒りで満たされた群衆は特権階級として好き勝手にやってきた報道関係者や敵対する政治家を「国賊」と称してありとあらゆる手段を通じて排除した。
民衆はインフルエンサーを通じて政府に自警団の設立を要求し、警察を腑抜けと罵倒して武装化した民兵組織の設立を求めたのである。
時の政府も怒りで満たされた群衆を抑制するために、彼らの代表者と交渉をして民兵組織としての自警団の設立を行い、交戦国出身者に対する民衆主導の迫害や処罰を黙認する立場を取った。
そうでなければ自分達が怒りの矛先を向けられるからだ。
核戦争で大都市圏が灰燼に帰すその時まで、日本では徹底抗戦派による交戦国出身者狩りが行われ、宛ら特高警察のような役割を担っていったのである。
これはヨーロッパでも同じ事が起こった。
当時のメディアやリベラル系の政府が大量の移民・難民を無計画に受け入れた結果、移民難民による犯罪や殺人や放火などの重大事件が増加し、文化的な摩擦も広がって排斥主義を堂々と唱える極右政党が野党第一党になったり、政権交代によって権力を享受した。
その事を踏まえても、民主主義国家でメディアが『大多数の意見』を履き違えて報じたために、多くの国民がメディアに対する不信感と政治的な中道を無くした結果、排外主義を支持する国民が増えてしまいもはや収拾がつかなくなっていた。
あの核戦争直前では、恐らく二極化した民衆を巡っても政府で軍や警察を使って鎮圧を行う事態にもなっただろうし、移民や難民の有色人種に対する迫害も今以上に苛烈になっていったと推測できる。
排外主義が民主主義による多数決によって承認されてしまい、無実であり正規手段で移民の手続きを行っていた者に対しても襲撃や脅迫、そして殺人行為などが横行。
敵国のスパイであり国家を陥れる危険な害虫として極右勢力やその配下にある政治結社によってヨーロッパのありとあらゆる街でアフリカ・中東系の有色人種が『敵』と見なされて殺されることを国民は害虫駆除と称して拍手喝采で執り行ったのだ。
熱核戦争末期に行われた取り返しのつかない事態になっても、人々はその狂気を止める手段がなかったのである。
これは民主主義として国民の大多数の意見であり、たとえそれが道徳的・倫理的に反する行為であったとしても『大勢の者達がこれを支持している』という考え方に陥ったために、間違った行為を咎めることが出来なかったのである。
その結果が熱核戦争による文明崩壊という末路を辿ってしまったというわけだ。
あのような結果を起こしてはならない。
公正公平かつ中立的な立場で教え、極端な思想を産み出さない。
そのために、王権を振るってでもこの大改革と体制を整えておかなければならない。
メリッサが効いたら発狂するかもしれんが、俺は断行するつもりである。




