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1109:君の手で

自然休戦状態となっている事は、ナポレオンの部隊も移動はしておらず陣地を確保して睨み合いを続けているようだ。

ナポレオンの部隊においては強毒性インフルエンザの感染こそ起きているが、感染症対策を実施していることもあって奇跡的に死者は出していないようだ。

ただし、すでに輸送網が強毒性インフルエンザによって滞りがちになっており、物資の搬入なども最優先で行ってほしいという要望が送られているようだ。


最も、ノーフォーク造船所では三等市民の労働者が脱走したようで、兵士を複数名殺害して逃亡をしたことで大騒ぎになっているらしい。スパイからもたらされた情報によれば、この脱走者は元軍人でありそれ相応の経験を積んでいた人物でもあったようで、強毒性インフルエンザに罹患した際に脱走して、以後行方不明となっているために捜索隊が編成されているのだとか……。


欧州協定機構軍が占領している地域にその元軍人が逃げ込んだという情報が入って来ていないのもあるが、北米複合産業共同体の治安状況は芳しくないという。

これはデオンが持ってきてくれた北米大陸における情報として、ニューヨークでは都市封鎖が行われており、外部との行き来も制限されている状態になっているそうだ。

デオンは大晦日の日と元旦は休みを貰っているため、彼女は今ここには居ない。

曰く、どうも気になっている人がいるらしくてその人と会う約束をしているようだ。


「デオンが休みであれば、自分の権限で見れる範囲の情報をおさらいとして見ておくか……今後の北米複合産業共同体への戦力を練らないといけないからね……」


国土管理局にいた職員に声を掛けて、国王が閲覧できる情報の入った本を貸してもらったのだ。

これには国王いえど機密の根幹に関わる部分は何人であっても許可されない仕組みになっているのだ。

理由としては、機密情報を知った状態で酔っぱらってパーティーやプライベートの場でその情報を喋ってしまったらスパイによって情報が抜かれてしまうリスクがあるからだ。


気にしすぎではないかと思われるかもしれないが、実際に情報漏洩によって重要な作戦情報が敵に伝わってしまって作戦そのものが大失敗した例もある。


有名な話では、第二次世界大戦中にイギリス軍が威力偵察も兼ねてドイツ占領下であったフランスのディエップという港町に奇襲攻撃を敢行しようとしていた際に、パーティーの席においてイギリス軍の高級将校がうっかり口を滑らせて作戦はおろか上陸地点までもバラシてしまい、その情報がドイツ軍のスパイによって筒抜けとなって、上陸作戦時に待ち構えていたドイツ軍の徹底的な反撃により、大失敗に終わった。


日本軍でいえば、海軍で使用されていた暗号システムが米軍によって筒抜けであったことで、ミッドウェー海戦における敗因の一つとなっていたことも覚えている。

アメリカ軍がミッドウェー島で水不足であるという偽情報を流したところ、日本軍側の暗号通信において「AFミッドウェーで水が不足している」と無線で送ってしまったことでAF=ミッドウェーであると解読されてしまったというものだ。


暗号化されていても、情報の管理は大事である。

故に、国王としても閲覧不可のものに関しては見ないという決まりになっている。

必要かつ重大な要件であればデオンの方から伝えにくるので問題は無いはずだ。


王族でも閲覧可能な情報であることを踏まえて、デオンが許可している情報であることも考えれば……それ相応の内容であることに違いはない。


北米複合産業共同体におけるニューヨークの近況報告に関する情報は、最新のものであり12月1日までに入ってきている情報を精査したものとなっている。

この時代の情報伝達速度を考えればかなり早い方だろう。

その内容は凄惨なものであった。


『ニューヨークの各地で収容しきれない遺体が放置されており、これらの中には死亡してから二ヶ月以上が経過し、身体に著しく損傷されたものも多く目立っている。特に貧民街では住民たちで自宅の庭や公共住宅の裏で遺体を焼却する事もあるが、一家全員が流感で死亡した家では、常にその周囲に腐臭が立ち込めており、処理を行う人間も不足していることもあって家を丸ごと燃やすといった手段も講じられるようになっている。まさに1720年代に発生したマルセイユのペスト大流行の時か、それ以上の凄惨な現場が各地で行われており、一等市民の富裕層は手厚く埋葬されるが、そうでない者は路上や家、果ては職場の片隅で捨てられている状態であるのだ』


これが現在のニューヨークで起こっていることであり、まさに地獄絵図といっても過言ではない。

死者の埋葬が追いつかないために、埋葬をするにしても一等市民が最優先されるために、二等市民は埋葬待ちの状態が長く続いており、これに加えて遺体の放置が日常化してしまっているという。


実質的にペストが発生したような有様となっており、強毒性インフルエンザによって亡くなった人の遺体がそのまま放置されている状況が貧民街を中心に目立っているそうだ。

遺体が放置されることで、公衆衛生が悪化してさらにネズミやノミなどが媒体となって別の病気が流行してしまうという負のスパイラルが起こってしまう。


北米複合産業共同体の憲兵隊ともいえる監査部の実働部隊による『浄化』作戦が行われているそうだが、これは蠅などが集って既に起き上がる体力もない人であったり、強毒性インフルエンザで助かる見込みのない人間を公園に集めて、死亡すると同時に直ぐに遺体を埋めることができるようにしているという。


『遺体の状況もさることながら、ニューヨークの街中には悪臭が漂い、配給制となっている食事においてもネズミが齧ったような品質の悪い食材が並べられている。特に肉類に関しては腐食したものが並べられている状況であり、肉が食べれない二等市民などはニューヨークの沖合や川で採れた魚などを焼いて食べているが、それでも魚にありつけるのは比較的お金を持っている市民であり、貧しい者に関してはその食事ですら満足に行えず、飢えで苦しんで餓死するケースが目立ってきている』


経済情勢の悪化と、ニューヨーク全体における食糧事情は芳しくないようだ。

特に、ニューヨークにおける食糧事情の悪化は深刻な影響を及ぼしており、強毒性インフルエンザだけでなく経済的な貧困によって三等市民に分類された有色人種の人達が餓死をしていると報告がある以上は、それ相応の被害が発生しているものと推測できる。


首都ですらこういう状況なのだ。

今現在欧州協定機構軍はノースカロライナ州までを占領しているが、バージニア州より北側の地域は北米複合産業共同体の支配地域である。

万が一、この強毒性インフルエンザの対応で失敗して統治機構が瓦解してしまった場合……北米複合産業共同体は企業としてではなく、無政府状態となって各地で軍閥や地方地主が幅を利かせる封建体制になるだろう。


そうなった場合、戦後の北米大陸の処遇に影響が及ぶ恐れが高い。

早いところで決着をつけたいものだ。

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