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1105:深呼吸(下)

次に向かったのは、別の棟です。

ここは高齢者を主に収容している場所であり、60人から70人の利用者が生活をしている場所でもあります。特別療養施設という名称で呼ばれております。

主に未亡人であったり傷痍軍人として後継人や家族がいない人を対象に、介助や生活の支援が必要とされている人達を中心に集まっている場所です。

ここでは一番若い人でも50代であり、最高齢の人は93歳になるそうです。


「ここでは多くの高齢者が生活をしていますが、いずれも身体が不自由な人であったり、戦争未亡人や傷痍軍人で介助を必要としている方を中心に生活を行う場となっております。ここで働いている職員の多くが専門の知識を使って介助を行っております」


しかしながら……僕にある違和感がよぎったのです。

表向きは高齢者を収容している場所であると記載されていましたが、いざ対面して会話などをしてみると軍と密接な関わりがある人達を収容しているのです。

当初の説明では未亡人や傷痍軍人を収容しているとされていましたが、全員それ相応に意識もはっきりとしており、王太子であると知るや否や平伏して挨拶を交わしてくるほどでした。

その違和感に耐えきれず、ピュイゼギュール侯爵に尋ねたのです。


「……所謂老人保護施設というわけですか?いや、軍関係者の中でも関わりが深い人を収容しているように感じましたが……ここは何か特別な施設でもあるのですか?」

「そうですね、表向きは老人保護施設ですしそれとほぼ同じと言っても過言ではありません。ただ、ここでは戦争によって負傷した人であったり、夫を戦場で無くして身寄りがいない未亡人を中心に保護を行っております。些か違うのも殿下のご指摘の通りです。それも、機密などにも深く関わっている方々を保護しているのもご指摘の通りでございます。あまり詳しく話してしまうと軍機に触れてしまうので大きな声では言えませんが、万が一彼らが高齢に伴う認知機能の低下で機密などを喋ってしまうとフランスの不利益になる事につながりかねないために、ここで暮らしているというわけです」


軍関係者を収容しているのにも理由があるそうです。

それは軍機に関わる情報を持っている人が多いとのことなのです。

ここに収容されている人の多くが長年フランス軍に貢献をされてきた人物であり、その多くが軍指揮官であったり、スパイとして国内外で活躍をしていた人も大勢おり、彼らの行ってきた行動の中でも軍機であったり今現在進行中の北米複合産業共同体に関係する事案にも関わっている人もいるのだそうです。

故に、国が管理下に置ける場所で見張っているという状態なのです。


「彼らは国家の為に貢献してくれました……それはもう、表では言えない仕事もこなしてくれた方々です。そんな方々の余生を送る場所として、この施設を作ったと言っても過言ではありません。彼らは国の管理下において情報漏洩がないようにする……それが国軍や国土管理局から課せられた命令でもあるのです」

「つまり……国家の命令というわけですか」

「はい、それに……この施設に入所をしている人達の半数が認知機能の低下に伴い、徘徊や昼と夜の生活が逆転してしまっている人達でもあるのです。国家の為に尽くしてくれた彼らが不慮の事故で亡くなったり、突発的に国家の暗部に関わる国家機密情報を漏洩してしまっては……下手をすれば、王族に関わる事案にも繋がりかねないのです。今のフランスでは言論の自由が保証され、発行者の責任を明記することを条件に様々な噂話などが週刊誌などで発行されているのです……そのゴシップ関係に機密情報が漏洩してしまったら……どうなるか殿下でもお分かりですね?」

「そうですね……もしそうなったら政府は後始末に躍起になるでしょう」

「その通りです。そうなる前に、彼らにはせめて国が保護をした上で管理下に置くことが絶対条件とされているのです。表向きは未亡人や傷痍軍人の療養施設という名目ですが、実際には国家に貢献した方々が自分の意志とは無関係に()()()()()()()を起こさないようにするための措置でもあるのです」


この棟……特別療養施設に入所している方々の多くが、認知機能の低下によって徘徊などの症状を起こしていると聞かされた時、他の老人保護施設とは違って国家の機密情報に関わっていた人達ということも相まって、厳重な警備体制である事にも思い知らされました。

徘徊癖のある方が脱走しないように窓は二重窓となっている上に、ドアに至っては鍵と特定の数字が合致しないと開かないようになっている仕組みになっているそうです。


これは鍵職人が作り上げた最高傑作のドアと呼ばれており、施設職員に配布されている鍵と暗証番号も三ヶ月に一度変更し、正しい番号を入力しないと開かないようになっているそうです。

ドアの内部に組み込まれた番号と鍵が一致しないと開かない事もそうですが、こうでもしないと夜中に脱走をして付近を捜索する事案が発生したともピュイゼギュール侯爵は語りました。


「かつて、軍の工作員として敵地への潜入であったり、重要情報を持ち出すことに特化した方がおりました。70を過ぎたころから物忘れが激しくなり、この施設に入所をしたころには自分で先ほど食べた食事についてもすぐに忘れてしまうほどに衰えていました。しかし、かつて繰り返し学んできたことについては鮮明に覚えていらっしゃる方でした。施設のドアの施錠を手持ちの道具で開錠し、夜中に抜け出してしまったのです」

「この施錠されたドアを開錠して……それでどうなったのですか?」

「幸い、近くの飲み屋にいるところを職員が見つけて大事には至りませんでしたが……もし、あのまま用水路などに転落をしていたら死亡事故に繋がってしまう所だったでしょう。そういった事態もあって、より開錠が難しいドアに変更をしたのです」


恐らく、ヴェルサイユ宮殿の金庫と同じぐらいの対策を施しているドアですが、かつて工作員として各地で暗躍をしていた方が入所をしていると、普通のドアなら開錠をしてしまうような知恵を覚えているため、その対策としてこのような措置を講じるきっかけになったとも語っておりました。


入所者のことを気遣うのではなく、入所者が事故を起こさないように徹底をし、万が一事故が起きなくても入所者が脱走などを起こした場合には、その対策を話合い防ぐ手段を講じることも述べられておりました。ピュイゼギュール侯爵曰く、これは治療であると同時に余生を過ごす場所として安心できるようにする配慮だとも語りました。


「いずれ、入所者の方々が天に召される日が来るでしょう。我々はその日がいつやってきてもいいように、彼らが最期の時を安心して過ごせる場所を提供する……それが精神治療法として最も大切な事でもあるのです」


入所者の最期の時まで見守る……。

ピュイゼギュール侯爵が語った言葉の一つ一つに熱意が籠っておりました。

僕はその日の夕方まで施設を視察し、最後に彼らに握手をして施設を後にしたのでした。


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