1090:チャンポン
ウイスキーの消費が早くなる。
一杯、また一杯と開けていくことで少しでも安定させることが狙いだ。
アルコール依存症にならない程度に節度を弁えているつもりではあるが、今日は飲ませてほしい。
この強毒性インフルエンザが北米大陸で猛威を振るっているという事実は看過できない事案であり、さらに言えば今後多くの地域で感染が拡大すれば、死者は雪だるま式に増えるということだ。
「北米大陸での死者がどのくらいになるんだ?ニューヨークでの感染症例の実数がわからないから具体的な数値まではわからないにしても……感染者が推定値で8万以上であれば、指導部にも被害を出している可能性が高いな。あの国家は企業国家でもある上に、上流階級の市民はパーティーや会社の交流会に毎週参加することが義務化されていると聞いている。そのパーティーで罹患者が咳やくしゃみを連発して感染を広げていたとしたら……間違いなく、戦争継続を掲げる指導部にも影響を及ぼしているに違いない」
北米複合産業共同体の特徴としての企業国家が、ここにきて仇となっている可能性が高い。
有色人種を三等市民に分類させている実質的な奴隷制採用国でもあるが、市民から感染が広がって国の上層部が把握する頃には、多くの市民や指導部にも感染が拡大している可能性が高い。
スパイからの情報によれば、北米複合産業共同体の首都であるニューヨークでの経済機能は停止しているような状況であれば、確実に既に罹患している者、発症している者、病に臥せている者、死亡している者は雪だるま式に大きくなっていると見て間違いないだろう。
特に、この夏場でも感染力が衰えないという点を考慮すれば新型コロナウイルスの時のように、季節性インフルエンザと違って全ての期間を通じて感染力が強く、罹患者の感染状況も増えていると見て間違いないだろう。
この時代における感染症対策として出来ることは精一杯やらないとマズい。
強毒性インフルエンザが今、欧州に雪崩れ込んだ場合、北米複合産業共同体や占領地のフロリダでの被害を鑑みれば、一年で数十万人が死亡するリスクのある病が持ち込まれてしまう計算となる。
今は欧州協定機構軍では感染症対策を実施しているのでそこまで酷い事にはならないとは思うが、スペイン軍やポルトガル軍では既に一個中隊規模の人数が強毒性インフルエンザによって死亡しているという事実を鑑みれば、今後によっては占領地での活動を行っている欧州協定機構軍の行動が制限されることは避けられないだろう。
ウイスキーの瓶を開けて、コップにウイスキーを注いでから再び飲み始める。
これで3杯目だ。
「それに、致死率8%前後であればお年寄りや基礎疾患を抱えている人ほど重症化するリスクが高まるだろう……場合によっては年齢や基礎疾患に罹患している人の致死率が20%を超えるようになれば、軍内部でも感染が拡大して行動不能に陥る可能性が高い。現に、スペイン軍やポルトガル軍では行動不能になっている部隊が続出している事例もあるし、何よりも遺体の移送に関しても原則火葬が大前提となっているが、このインフルエンザがヨーロッパ諸国に持ち込まれてしまった場合、火葬に対して拒否反応を示す国民をどうやって説得するかが課題となるだろうな……」
遺体に関しても、可能であればそのまま祖国に返してやりたいのは山々ではあるが、感染症対策マニュアルでは毒性の強い感染症に罹患した兵士が死亡した場合には、如何なる身分や階級であっても原則として火葬し、遺族の元に送り届けるというのが定められているのだ。
これは日本では感染症対策の際にも行われた方法であり、フランスでもペストが流行した際に火葬によってペスト感染者の遺体を火葬で行ったが、これはキリスト教の教えを信じている人達からしてみれば死後地獄に落ちてしまうのではないかという考え方によって禁忌に近い扱いとなっているのである。
フランスでは、こうした宗教的な事情を考慮した上で考えたのが、カトリックの総本山である教皇領に直談判を行い、天然痘やペストを含めた強毒性の感染症が流行した際には、感染者の遺体を火葬で行う代わりに、その遺体が天国に行けるように必ず遺族に説明した上で最後の別れとなる葬儀を行ってほしいとお願いしたのである。
これはカトリックだけでなくプロテスタントでも同様に通達を出しており、土葬が原則として望ましいが、強毒性の病気が流行している場合、その病気が蔓延して遺体の処理に時間の掛かる土葬では遺体の収容が間に合わず、腐敗や公衆衛生の問題を引き起こしてしまうリスクが高く、一時的な措置であっても火葬でしっかりと亡骸を丁寧に扱えば、その遺体の魂は天国に行けるという教えを行うように義務化したのだ。
こうでもしないと、熱心なキリスト教徒の中には遺体の引き渡しに拒絶を起こしてしまい、家族にも感染症や公衆衛生の悪化による病気を発症するリスクが高まってしまうのである。
実際に、ベルリンでのペストが流行したい際にも、遺体の処理方法を巡ってペストで亡くなった患者の家族が遺体が火葬されることを知ると、遺体の身柄引き渡しを拒否してしまった事例が存在するからだ。
周囲の人間などが必死に説得して渋々応じてもらえたが、キリスト教圏は土葬を主体とする文化でもあるため、火葬に対しては火刑などで落命したジャンヌダルクなどを連想してしまうらしく、これに関しては宗教的な理解を得られるようにしないとならないのである。
欧州に持ち込まれる可能性は低いが、もしこの時代に航空機が運用されていたら既にヨーロッパ中に罹患者が溢れていた可能性が高い。
強毒性のインフルエンザウイルスが気がついたら大流行していた……なんて事態になったら、経済活動が止まって国中でパニックになっていただろう。
今は国民にも強毒性の流感が北米大陸で流行しており、これらの流感に対して国が感染症対策マニュアルを実行に移している旨を伝えている。
「強毒性のインフルエンザが流行した場合、数十万人単位で死人が出るからな……ここが正念場だ……」
正しい情報、正しい病気の詳細を教えた上で、今回のインフルエンザに罹患して死亡した兵士に対しても従軍中に死亡したということで遺族に年金が支給される上に、後遺症が残った場合にも傷痍軍人としての扱いにすることが軍幹部の閣議においても決定されているのである。
故に、万が一この強毒性インフルエンザがフランス国内や欧州諸国に流入した場合の対策も含めて、国民に対しては布マスクの着用と、手洗いの徹底を行う事。
それから、貧しくて医者に行けない人であっても基本無料の診療所をパリやナントといった都市圏に設置しており、これらの診療所はオルレアン派の貴族から接収した建物を再活用しており、地方都市においても地域総合病院のような役割を担う病院として各地に点在している。
貴族や富裕層、地主の中でも不正行為や不祥事を起こして処罰された後、家を売り払ったものを国有地として買い取っていたため、都市部まで行けない人用の診療施設としての活用を行っている。
こうした病院や診療所も活用して対策を行うべきだろう。
酒を呷りながら、対策の具体的な纏め方などを練る事にしたのである。




