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破邪の巫女②

彼は、少しずつ国を支配していった。

誰にも悟られずに。


昼は、国を悪しき者たちから護る清らかで慈悲深い巫女として。

夜は、数多の魔獣と悪霊を従え、国中を恐怖で包む謎の術師として。

二つの姿を使い分け、彼は、彼の思うがまま自由気ままに国を玩具に遊び続けた。


少しでも気に食わない人間がいれば、謎の術士として徹底的に追い詰め、憔悴しきった所を巫女として救いの手を差し伸べる。

そうして、彼は確固たる地位と名声を手に入れた。


数年も経つと、慈悲深き『破邪の巫女』である彼は、他の二人の巫女よりも大きな権力を手に入れ、王さえも傀儡に変えていた。

『謎の術師』としての彼は、人々が話を口にする事も恐れ、妖や悪霊達でさえも恐怖に震える程の、闇の支配者となっていた。

彼の一人芝居は、彼の笑い声と共に続いていた。


その内に、国を恐怖に陥れる『謎の術師』を倒そうと考える者たちも現れ始めた。

平民に貴族、役人、腕に覚えのある者たちが立ち上がり、そして彼の力と謀略の手にかかり消えていった。それでも諦めずに『謎の術師』に挑み続けた者たちもいた。

たった5人。

諦めずに挑み続ける者達は腕に覚えがあり、国や人々を思う強い心を持っていた。始めは個々に動いていた者も次第に協力するようになり、人々は『破邪の巫女』と同等の期待を彼らにかけるようになっていった。


『破邪の巫女』は、彼らの前に姿を見せ、憂い顔で涙を流した。

「歴代の巫女達が守ってきた御霊の封印を担い、自由に動くことも出来ないこの身が厭わしい。どうか、不甲斐ない私の代わりに民を守って下さい。」

そう言って、彼らの行動を後押しし、持てる力を全て貸し与える事を約束した。

人々は、そんな巫女の涙に感涙し、彼等に一層の期待を寄せた。

そして、民を思う心優しい巫女に一層の崇拝を寄せるようになった。


それらも全て、『破邪の巫女』である彼の思うとおり。

そろそろ一人芝居に飽きていた彼は、新しい玩具を喜んでいた。

慈愛に満ちた嬉しげな微笑みの裏に、彼は無邪気な子供の笑いを高らかに上げていた。


何より彼にとって面白いと感じた事は、『巫女の戦士』と呼ばれ始めた彼等の中に、双子の片割れである女が居たことだった。長きに渡って庇護を受けて巫女として育てられ、そして見放され捨てられた姉か妹かも分からない双子の片割れ。手の平を返すような扱いを受けていながら、どうして人々の為だと立ち上がり続けることが出来るのか。彼は今までに感じたことのない程の高揚を感じることが出来た。


その日から、彼にとって再び面白い日々が始まった。

『破邪の巫女』として戦士達を激励し、憂い顔を持って送り出し、『謎の術師』として貴族の家や街、国にとっての重要な場所を襲撃した。そして、戦いを楽しみ、適度な所で姿を眩ませる。

最後の最後に敵を逃がしてしまった。そう落ち込んで帰ってくる戦士たちを『破邪の巫女』として、無事に帰ったことを喜び、優しい言葉で慰めた。

時には、予告も前振りもなく突然、休暇中の彼等に手を出した事もあった。

少しの間、姿を見せることなく戸惑わせてみた事もあった。

付き従えた妖や悪霊にわざと裏切らせた事もあった。

毎日、毎日、彼は楽しくて仕様が無かった。


そんな日々が続き、彼は楽しいと感じていた日々に飽きを感じ始めていた。


戦士達の内の誰かに、感動的な退場をしてもらおうか、邪悪な笑みを浮かべ始めていた。

そんな、ある日。

東の海の果てにある島国に、一人の異国の女が辿り着いた。

「修行の旅の途中に立ち寄った」

そう言った女は、彼よりも少し若いくらいの年齢で、そんな年齢で一人旅、しかもこんな果ての国にやってくるなど。そういぶかしむ声を上げた王や戦士達だったが、戦士の一人がものの試しと挑み返り討ちにあった事で感嘆の声に変わっていた。

彼の双子の片割れよりも華奢な容貌ながら、彼女の繰り出す技の数々は、熊よりも巨大な体を持つ男達でさえ地に沈めていった。


彼は、また新しく面白い玩具が来た、と笑っていた。


彼はまた楽しんだ。

彼女は戦士達などよりも強く、そして戦い慣れていた。

それこそ、彼の予測や策謀を軽々と覆してしまう程に。


何時ものように姿を眩ませようとする彼を捕まえかけることもあった。


それが何度かあった時、彼女は薄々ではあったが『謎の術師』の正体に気づき始めていた。

彼女は驚き、そして慎重に考え、親友となっていた巫女の片割れに相談した。

その内容は驚かれ、そして否定された。けれど、共に育った事のない双子だったが、何かを感じるものがあったのだろう。双子の片割れは、隠棲していた先代の『破邪の巫女』つまり母に、そして『使獣の巫女』へと相談した。そして、二人の協力で彼に気取られぬように調べ上げた事実によって、『破邪の巫女』と『謎の術師』が同一人物である事を突き止めることになった。


そして、彼は彼女に殴られた。


これには、彼だけでなく、真相を知らされ対処方法を考えていた全員が驚いた。

まだ彼に罪を認めさせ贖わせる方法を考え、計画している最中だった。

その事に気づいていた彼も、最後の最後までどうやって引っ掻き回してやろうかと楽しみに考えている最中だった。

だというのに、彼女はそんな事などお構いなしに、ただ『破邪の巫女』として宮にいた彼の顔に「いい加減にしろよ、このガキが!」と拳を突き入れたのだった。

「こういう奴は色々と画策するよりも、さっさと殴り飛ばした方が早い。」

その言葉の通り、自分を追及する戦士達に罪を擦り付ける、街の一つや二つを巻き込んで最後を迎える、など戦士達のたてる計画を利用して国を巻き込み尽くし、後々にまで尾を引くような方法を彼は考えていた。その事を後に知った戦士達は、彼女の方法が一番平和的だったと言ったそうだ。


初めて人に殴られた彼は呆然としていた。

これまで、彼に直接攻撃を入れることが出来るものは居なかった。子供の頃から誰かに本気で殴られた事も叱られた事も無かった。

ただ、自分を殴った彼女を見上げて座り込んでいる事しか、彼には出来なかった。

彼が動かないことをいいことに、彼女は彼の周囲に結界を張り、彼が抵抗できないよう力を奪い取る術をかけた。

こうして本当に呆気なく、国を恐怖に包んだ『謎の術師』にして、人々に愛された『破邪の巫女』であった彼は捕らえられた。

彼の正体を知らせる訳にも行かず、彼は幾重にも術を重ねた場所に幽閉される事になった。

幽閉の地に入っていく直前、彼は笑っていた。

「こういう予想の付かない終わりも面白いね。楽しかったよ。」

まるで反省に無い様子に、再び彼女に殴られることになったが、それでも彼は笑っていた。「また遊ぼうね」と脱出は不可能だという場所に姿を消していった。




「その後、東の果ての島国には笑顔が戻り、平和になった。」

話終わると、テイガからは不満の声が上がった。

初代の話とかの方が楽しい、なんて。流石はサルドの跡取り。戦闘狂の血肉が飛び散るような話がいいなんて。この話をもっと詳しくしてあげた方が喜ぶのかな。でも、奥さんに教育に悪いって怒られたんだよね。僕としては、ちょっとした悪戯みたいな罠とか策略とかの方が平和的で子供にも楽しいと思うんだけどね。


おっと、もう時間みたいだ。


遠くで子供の泣き声が聞こえた。

そして、屋敷の中で飼っていたペットの気配が消えてしまった事にも気がついた。

これは…


「にいさま!」

「じいじ!」

セイラとジェイドが部屋に駆け込んできた。

6歳と5歳になった、可愛い曾孫達。まさか、僕が家族に囲まれて、こんな齢まで生きるだなんて思ってもみなかった。てっきり、恨みを買った誰かに刺されて死ぬのだとばかり思ってたのに。それも面白そうだと思ってなのになぁ。

「生まれたのか?!」

嬉しそうに、テイガがソファーから飛び降りた。僕も、と腰を上げようとしたけど、やっぱりもう体にガタが来ているのだと実感した。座っている体勢から起き上がるのも一苦労だ。

「おじいさま、だいじょうぶ?」

「大丈夫だよ、セイラ。」

心配そうに見上げてくるセイラとジェイド。そして、しょうがないなと手を差出し、立ち上がれるように引っ張ってくれるテイガ。

三人とも、早く生まれたばかりの妹を見に行きたいのだろうに。本当に、誰に似たのだか優しい子達だね。絶対に僕じゃないだろうけど。けど、今度の子は性格は分からないけど、僕に似た子だろうね。それは、生まれる前から分かっていた。


あの後、『破邪の巫女』は力を持っていた『双子の片割れ』の娘が継いだ。だから、すでに関係は無いのだろうけど、今度生まれたきた娘は『破邪の巫女』の強い資質を持つ子だろう。僕の飼っているペットを悉く排除してくれたし、今も最後に残っていた強力な子達まで消し去ってしまった。

悪しきを退ける『破邪の巫女』は、それ故に災いを引き寄せる。光に虫が引き寄せられるように。だから、まだ名前も無い曾孫は、面白いものを見せてくれるだろう。彼女も、子供達も、孫達も、曾孫達も、僕に退屈を覚え去れることが無かった。それ以上のものを期待してしまう。


本当に良かった。

あの時、彼女と出会えて。




「な、なんで、ここに!!!?」

それは、サルドの屋敷での事。

旅から帰った、サルド本家の一人娘ジャスミンは屋敷の中にいた存在に驚きの声を上げた。そこに居たのは一年以上前に、ジャスミンが東の島国に訪れた際に味方であり敵であった男、桜鬼オウキだった。ジャスミンが島を後にする少し前、笑いながら幽閉された筈の男が何故、遠く離れた国の、サルドの屋敷で寛いでいるのか。

「しばらくは大人しくしてたんだよ?でも、やっぱり退屈でしょうがなかったんだ。」

だから、抜け出して、ついでに国も出てきちゃった。

その、美少女のような整った顔に、最後に見た時と変わらない無邪気な笑顔を浮かべていた。それは確かに、桜鬼だと確信させる笑顔だった。

「抜け出たって…」

国中の力ある術師が施した、身内に魔法使いもいるジャスミンも納得するだけの術を幾重にも施してあった筈だった。桜鬼が死ぬまで解かれることは無いと親友が言っていたというのに…

「あの程度、半月くらいで抜け出せたよ?だから、あれに何かあったとか、国に何かあったとかじゃないから安心してね。」

親友の身の安全を心配した事を察したのか、桜鬼はニッコリと笑う。

「君の近くなら、退屈しないと思ってね。頑張って旅してきたんだよ。ここに来るまでにも色々あったけど、それも面白くてね。…これから、またお世話になるよ。よろしくね。」

ちゃんと、家族の人には実力で認めてもらったから。

仕事は軍にお世話になることになったんだよ。


勝手に訪ねてきて、勝手に決めて、勝手に根回しして居場所を作って宣言する桜鬼の姿に、ジャスミンはただ頭を抱えた。


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