閑話休題『井上一花の欠点』
私は、ひどく他人に『愛』を求めてしまう。
愛と言っても、そんな大層でロマンチックなものじゃない。単純に、私のことを人として好きであって欲しいと、周りのすべての人に対して強迫観念のように思ってしまうのだ。
それはまあ、普通の感情なのかもしれないけれど。
大抵の人は、自分のことを好きじゃない他人のことなんて、あまり気にしないのだと思う。去る者は追わずというか、最低限の自分のコミュニティと居場所さえ守られていれば、それ以外のイレギュラーな人間関係は特段気にしないのだと思う。
でも私は、異常なほどに気にしてしまう。
どんな人にも去らないで欲しいし、何があっても、ずっと私を認め続けて欲しい。誰かの愛情が少しでも自分から逸れるのを感じると、足元の床が崩れ落ちていくような強烈な不安に襲われる。
そんな自分が、どこか変だなとは思う。
やっぱり私は、普通の他人とは違う欠陥品なんだなって、思う。
この他人との決定的な相違は、みーくん曰く、実の父親が私にしていた性的な虐待のせいで、私の愛の形が根元から歪んでしまったからだと言う。
もともと私は真っ当で、何の変哲もないただの女の子だった。けれど、守ってくれるはずの父親から植え付けられた恐怖と歪んだ愛情のせいで、おかしくなってしまったのだと。
もし、私が本当にそのせいで歪んでしまったのだとしたら。私はそれを「そんなことない」と否定することも、「その通りだ」と肯定することも、出来ない。
だって、私はもう既に完全に歪んでしまっているのだから。
普通の人間の持つ『正解』も『不正解』も、私には永遠にわからないから。
とにかく、私はそうやって他人に無差別に愛を求めてしまうが故に、その思いが通らないと酷く不安になってしまう。
昔の私は、その不安を取り除くために、「私を好きになってよ」「私を見てよ」と、誰彼構わず過剰に密着してしまっていた。
体を擦り寄せ、抱きついて、他人の体温を感じることでしか、自分の存在価値を確かめられなかった。
『それはダメだよ、一花』と。
みーくんに優しく、でもはっきりと教えられて、今ではほとんどその症状は出ないけれど。それでも時々、今日みたいに言い知れぬ不安に襲われると、発作的にみーくんの体を求めてしまうことがある。
私は、常識が欠如してる。
だけど、こんな壊れた私をみーくんは決して見捨てずに、『それも一花のアイデンティティだ』と丸ごと認めてくれて。徐々にではあるけれど、私を普通の女の子として大切に育て直してくれている。
本当に、感謝してる。
感謝してもしきれないほど、私はみーくんに心を、魂のすべてを奪われている。
そういえば最近、私は自分のもう一つの致命的な欠点に気付いてしまった。
私は、自分が喉から手が出るほど欲しいと思うものがあっても、他にもそれを欲しいという人がいたら、あっさりと譲ってしまうみたいだ。
人はそれを「一花ちゃんは優しいね」と美しい言葉で表現してくれるけれど、譲った後の私の心は、全然晴れやかじゃない。譲ったくせに、「いいなぁ」「本当は私が欲しかったのに」と、ドロドロとした醜い嫉妬に胸を焦がしたりする。
だからこれは、私にとっては明確な欠点だ。
直したいけど直せない、酷く矛盾を孕んだ、私の真っ黒な腹の中。
だってそうでしょう?
愛を求める私は、それが手に入らなかったら死ぬほど不安になるくせに。それを大切な他の人が「欲しい」といえば、自分の心を殺して簡単にあげちゃうんだから。
本当に面倒臭くて、醜い生き物だと思う。
だから。
ずっとずっと大好きなみーくんを、朱音ちゃんに譲っちゃったのも、私にとっては仕方のないことだった。
少し前に、朱音ちゃんから真剣な顔で相談された。
『瑞樹くんのこと、好きになっちゃった』
わかるよ、痛いほどわかる。
みーくんは超が付くほど優しくて、不器用で、私たちの汚い部分も全て理解して受け入れてくれて、家族の絆みたいなものを超えた、絶対的な存在だから。
雫ちゃんの件で恨まれてはいたけれど、今では和解して、あの大好きだったみーくんの笑顔が戻ってきた。
それで朱音ちゃんは、明確に気付いたみたいだった。
みーくんが大好きで、一生隣にいて欲しいって思ってることに。
ただの幼馴染の関係じゃ、もう嫌だってことに。
だから私は、笑って「応援する、協力する」って言っちゃった。
朱音ちゃんがみーくんを欲しそうだったから、あっさりと、あげることにしちゃった。
後悔は、してない。
これが井上一花だから。
私は、小学生の頃からずっとみーくんが好きだった。
中学生になって、雫ちゃんとみーくんが良い感じだったのを、ずっと陰から羨ましく思ってた。
でも、雫ちゃんも朱音ちゃんも、私より先に『みーくんが好き』だと表現したから、自分の感情を押し殺すことしかできない私はいつだって後回し。
それでいい。
それが、私だから。
私はみーくんの部屋から自室に戻ってきて、ドアを閉めると、大きなため息とともに真っ暗な自分のベッドに倒れ込んだ。
「……みーくんと、朝まで一緒に寝たかったなぁ……」
腕枕されていた部分の首筋だけが、やけに冷たく感じる。
シーツに顔を埋めると、さっきまで嗅いでいたみーくんの匂いはもうしない。
みーくんに優しく抱き締めてもらったし、少しの間だったけど、温かい腕枕もしてくれた。
今日見たネット小説のヒロインみたいに、私だってほんとは、あのまま……。
ううん。それだけで十分。
私は、朱音ちゃんの恋の応援をするって決めたんだから。
大好きなみーくんには、大好きな朱音ちゃんと幸せになってほしいから。
これ以上は、何も望まない。望んじゃいけない。
なのに。
「……なんで涙、出るんだろうなぁ……」
誰もいない冷たい部屋に、私の震える声が落ちる。
どれだけ自分に言い聞かせても、理屈で納得させても。
両目から溢れ出した熱い雫は、シーツに濃い染みを作って、いつまでも止まってはくれなかった。




