第12話 嫉妬(4)
女性ものの下着がズラリと並ぶランジェリーショップの前に強引に連れて来られ、瑞樹は額に冷や汗を浮かべて結衣に訊ねた。
「なぁ結衣? ……まさかとは思うが、俺に下着を選べとか言わないよな?」
「……」
ギロっと、結衣は無言で瑞樹を見つめると、瑞樹の手を強く握り、躊躇うことなく店内に入って行った。
「おい、結衣?」
スタスタと無言で歩き、『JKピックアップ!』と書かれたポップのある可愛らしいデザインのコーナーに連れて来られると、結衣は少し頬を赤らめて、瑞樹を見上げた。
「……何色が、好き?」
「えっと……」
単純に好きな色を聞かれているわけじゃないのは、鈍感な瑞樹でもすぐにわかった。
『何色の下着が好きか』、というド直球の質問だ。
「水色……かな」
「水色? 瑞樹くんに水色要素を感じたことないけど。前から好きだったの?」
「ああ、いや。……結衣に一番似合うのは、水色かなって」
結衣はジト目で、何か真意を探るように瑞樹の顔をじっと見つめると。
「……わかった」
とだけ言って、瑞樹の背中をポンと押した。
「え、なっ」
「店の外で、大人しく待ってて」
予想してないおつかい終了の展開に驚きながらも、針の筵のような気まずい空間から脱出出来たことにホッと胸を撫で下ろす瑞樹。
店の外のベンチでスマホをいじりながら十数分経過して、結衣が小さな紙袋を提げて出てきた。
「お待たせ」
「おう」
瑞樹と目が合うと、結衣はサッとその視線を逸らした。
(……様子がおかしい!)
さっきから、結衣の様子が明らかに何か変だ。
結衣はどちらかといえば、感情が表に出やすいわかりやすい性格だ。楽しければ大声で笑うし、悲しければ素直に泣く。そもそも彼女は、思ったことを隠さずに口にする子だから、余計にわかりやすい。
しかし今日の彼女は、なんとも分かり難い。
そういえば昨日、チャットで「怒ってる」と言っていた。
その原因は皆目見当も付かないが、もしその怒りがまだ尾を引いてるのだとしたら――。
「……結衣」
瑞樹は、一人でさっさと歩き出そうとした結衣の細い手首を掴んだ。
結衣は驚いたように振り返ると、すぐにジト目で瑞樹を射抜くように見つめ返してくる。
結衣は何も言わない。
ただただ、獲物を狩るライオンのようにジッと見つめてくる。
気まずい。
結衣との時間が気まずいのは、絶対に嫌だった。
「俺が何かして、結衣を怒らせてるのはわかる……だけど、なんで怒らせてるのか、理由がわからないんだ。俺は、結衣とはずっと仲良くしていたいから……その……理由を、教えてくれないか?」
「……怒ってない」
結衣は少し気まずそうに、サッと視線を横へ逸らした。
しかし、ここで引くわけにはいかない。
「昨日、チャットで怒ってるって言ったろ? それに、今日もちょっと気まずい。……教えてくれ。こーゆーの、俺らは素直に言い合える仲だと思ってたけど」
思ったことは、思ったまま伝える。
高校生という多感で少し大人に近づく時期に、そうやって思いの丈をありのまま他人に伝えるのは中々に難しいことだ。
勝手に相手の気持ちを察して、発してない言葉の裏を勝手に読み取って、勝手に勘違いを進める。
『あなたのそういうところは間違ってると思う』。そう伝えたとしたら、何故か『あなたは嫌い』と捻じ曲がって伝わってしまう。
人間関係なんて、そういうもんだ。
だけど、瑞樹と結衣の間ではその齟齬が起きない。ちゃんと気持ちと真意の擦り合わせが出来る。
だからこそ、瑞樹は結衣には本心を聞かせてほしかった。
「うん……そうだね、ごめん」
結衣はサッと頭を下げると、瑞樹の手を引いて場所を移した。
ランジェリーショップから十メートルくらい離れたところに、モール内に併設された賑やかなゲームセンターの入り口がある。
その入り口付近の、少し人通りの少ない壁際に連れて来られた。
「えっと、ゲーセン?」
瑞樹が訪ねると、結衣がランジェリーショップの方を指差す。
「昨日瑞樹くんと朱音さんが、仲良く下着を買いに行くとこがここから見えた」
「えっ……」
見られていたのだ。
確かに、誰かに見られる可能性は危惧していた。だけど、よりにもよって結衣に見られるとは。
「……朱音さんと、付き合ったの……?」
結衣は、不安そうに少し潤んだ瞳で瑞樹を見上げる。
「いやっ、朱音とはそんなんじゃない! 断じてない!」
「うん。瑞樹くんが前にそう言ってたから、そうだとは思ったんだけど。……みんなと和解? 出来たみたいだし、もしかしてそれで瑞樹くんが心変わりして、付き合うことになったのかなって……」
「違う!」
思わず、大きな声が出た。
そこは、ちゃんと強く否定したかった。
自分の気持ちを素直に伝えることはまだ出来ないけど、その勘違いだけは絶対に訂正したかった。
結衣は瑞樹の大きな声にビックリして肩を上げると、やがて心底安心したように、ふにゃりと微笑んだ。
「そっか」
結衣は瑞樹の右手を取ると、優しくその指を自分の指と絡めた。
そして、コトンと瑞樹の腕に体をくっつける。
「ごめんね、それが気になって、一人でモヤモヤして変な態度取っちゃった。……あと、南那ちゃんのことも……連絡先、交換したんだよね?」
「そう……だな。向こうから聞かれて、うまく断れなかった」
「まぁ……うん。それは仕方ないというか、付き合ってもない私がどうこう言えることじゃないから……ただ、それがちょっと嫌だったの」
キュッと、瑞樹の手を握る結衣の力が強くなった。
瑞樹は、ドクンと胸が鳴るのを感じた。
かなりしおらしい結衣。
そして今吐露されている言葉が、どれも嫉妬という強い感情で片付けられてしまいそうなことに、瑞樹は気付いた。
(友達相手でも、嫉妬はする……よな?)
自分の大切な友達が、急に現れた赤の他人に取られてしまうと、そう感じることはある。
そうか。だから結衣は昨日チャットで怒ってると言い、今日は今日で少し様子がおかしかったのだ。
瑞樹は無自覚に心配をかけたことを謝ろうと口を開きかけたが、それは結衣に首を振られて止められた。
「瑞樹くんが謝ることじゃないから。それは大丈夫。これは、ただの私の問題、だから」
「……わかった」
とは言ったが、まだ瑞樹の胸の奥はモヤモヤする。
瑞樹は結衣の手を引き、ゲームセンターに入った。早歩きでずらりと並ぶクレーンゲームの景品を見て回り、やがて一つの台の前でピタリと足を止める。
そこには、『あいシてるHOUSE』の主人公とヒロインの小さなアクリルキーホルダーが乱雑に積まれ、景品として入っていた。
瑞樹は財布から百円玉を取り出して入れ、アームを動かし、狙いを定めてゆっくりと下降させる。
そして、主人公のキーホルダーの隙間にアームをねじ込み、掴み、取り出し口に落とす。
一発ゲット。
「はい、これ」
なんでもない風を装って景品をゲットする瑞樹に、結衣は目を輝かす。
「ありがと……てか、すごいね、一発じゃん!」
完全にまぐれである。
もし取れなかったら、取れるまで何千円でも注ぎ込むつもりだった。
結衣とお互いに知ってるアニメで、景品としてあったのがこの『死家』だけだったので、なんとしても彼女にあげたかったのだ。
そして何より、その『死家』の主人公が、どことなく自分と似ていたのだ。勝手な思い込みで幻想のヒロインを作り出し、狂気に囚われていたその様なんて、まさにこの間までの瑞樹そのもの。
「お詫びとして……。結衣にそんな思いさせてるとは知らなくて」
瑞樹は照れ隠しに苦笑いする。
結衣はそんな瑞樹の顔を見て、ふふっと幸せそうに笑った。
「ありがと。……全部、どーでも良くなった!」
そして結衣は、いつものように瑞樹の腕にピタリとくっつく。
ふわりと香る結衣の匂いに、夏服の半袖になったことで生肌が直接触れ合う。
暑い。だけど、さっきまでの気まずい遠慮を感じたくっつきと違って、容赦ない好意の接触が、瑞樹にも不思議と心地良かった。
「行こっか」
「ああ」
結衣に手を引かれ、ゲームセンターを出ることに。
その時、瑞樹の視界に、ある一人の女の子が入った。
ゲームセンターの入り口から、友達と一緒に入ってくる榊原南那だ。
そしてその光景は結衣の目にも映っていたようで、焦ったようにバッと辺りを見回していた。
南那は友達と話していて、こちらにはまだ気付いていない。
(……隠れるか?)
いや待て、そんな必要あるのか?
別に結衣とは友達だと言ってあるし、ここで鉢合わせても何ら問題はないはずだ。
「瑞樹くん、こっち!」
「えっ」
結衣に突然腕を強く引かれ、近くにあった暗い大きな箱型の筐体に二人で飛び込んだ。
入った途端、目前の大きな液晶にグロテスクなゾンビが映し出され、不気味なBGMが鳴りだす。
「おい結衣、これ一人用だぞ! 狭い!」
「ご、ごめん! よく見てなかった……!」
暗い箱の中は一人用のガンシューティングゲームで、椅子と固定されたおもちゃの拳銃、そして液晶のゲーム画面があるだけだった。
通常は椅子に座り、拳銃で液晶に映し出されるゾンビを撃って得点を競うゲームなのだろう。
だけど。
椅子に強引に座らされた瑞樹の目には、液晶のゾンビなんて全く見えず、顔を真っ赤にさせた結衣の顔が薄らと見えるだけだった。
結衣が、瑞樹の太ももの上に、向かい合うようにして跨って座っている。
そりゃそうだ。一人用の狭いゲーム筐体の中に、高校生二人が入ったのだ。行き場をなくした二人目は、自然と収まりの良い場所に行き着くしかない。
互いの吐息が掛かるほどの超至近距離。
ゲーム筐体の外では、『使用中』の赤いライトが妖しく点灯した。




