第12話 嫉妬(3)
放課後。
瑞樹は結衣との約束のために、待ち合わせ場所である駅前のショッピングモールに来ていた。
昨日も朱音と来たばかりだ。まさか二日連チャンでこの場所に足を運ぶことになるとは。
入り口付近の柱に寄りかかりながら、瑞樹は同じ高校の制服を着た生徒たちが続々とモールに吸い込まれていくのを、ぼんやりと目で追いかけていた。
モール内には大きめのフードコートがあり、そこで冷たい飲み物やフライドポテトを摘みながら、放課後の時間を潰して喋ったりするのが高校生たちの定番なのだ。
楽しそうに笑い合う彼らの姿を遠巻きに見つめながら、瑞樹はふと思う。
今思えば、瑞樹にはこういう場所で無防備に青春の時間を過ごすような普通の友達が一人もいない。復讐のことだけを考えて生きてきたから、そういう人間関係を自分から完全に切り捨てていたのだ。
(……一生、俺には縁のない場所だろうな)
そんな少しばかりの寂しさを抱えながら、瑞樹は賑やかなフードコートをガラス越しに見つめていた。
「……あのー」
すると、不意に隣から控えめな女性の声がした。
ふいっと声がした方を見てみると、見覚えのある制服を纏った長い髪の女の子が、ガチガチに緊張した面持ちで立っていた。
キリッとした目で、どこか気の強そうな雰囲気が出ていて、朱音と似たような空気感を持っている。朱音の圧倒的な美貌とまではいかないが、それでも十分に美人でスタイルも良く、クラスの一軍。カースト上位なんだろうなと一目で思わせる洗練された風貌だった。
見覚えのある制服だと思ったら、これは結衣と同じものだった。
「……えっと、俺?」
まさか、こんな場所で赤の他人の女子から自分に話しかけてくる子がいるとは思っておらず、瑞樹は自分の顔を指差して確かめるように聞いた。
女の子はコクリと頷き、上目遣いで潤んだ瞳で瑞樹を見上げてきた。
「名前っ……教えて、もらえませんか?」
「えっ……?」
「私っ……南那って、いいます……榊原南那」
榊原南那。
彼女は自分の名前をそう名乗ると、まるで獲物を逃さないように、ジッと瑞樹の目を真っ直ぐに見つめてきた。
『あなたの名前を教えてくれ』と、その瞳が雄弁に語っている。
「……古河瑞樹、です」
「古河くん……!」
南那は嬉しそうにパァッと表情を明るくすると、グッと一歩、瑞樹との距離を詰めて来た。
「あのっ! 古河くんって、東高の一年だよね? 私、谷高の一年なの」
東高とは瑞樹が通う宮の森東高校のことで、谷高とは隣町の大谷高校のことだ。結衣の通う高校も、この大谷高校。制服のデザインが可愛くて、女子に人気の高い高校だ。
それにしても、彼女は何故急に、見ず知らずの他校の生徒である俺に話し掛けてきたのか。
「えっと……?」
瑞樹が全く意図が読めずに小首を傾げて南那を見つめると、彼女は意を決したように、ゴクリと喉を鳴らした。
「あの……古河くんって、水橋さんと……どういう関係なの?」
「え、水橋……って結衣か?」
同じ高校、同じ学年なら、結衣の名前を知っていてもおかしくはない。でも、何故こんなピンポイントに結衣との関係を聞いてくるのだろうと、瑞樹は頭をフル回転させるが、すぐには答えは出なかった。
そんな瑞樹の困惑した様子を察してか、南那は「あっ」と慌てて付け足した。
「私、水橋さんと同じクラスなの。それで、二人がよく一緒に街を歩いてるのを見掛けてて……どういう関係なのかなーって、ずっと気になってて……」
「あー……」
確かに、結衣の家に行く時は結衣の住む街を歩くことになるし、駅前でも何度か待ち合わせをしている。だから、同じクラスの彼女に見られていても何らおかしくはない。
「……友達……だけど。それがどうかした?」
瑞樹が正直にそう答えると、南那は堰き止めていたものが溢れたように、花が咲いたような満面の笑顔を見せた。
「そ、そっか! 仲良さそうに歩いてたから、てっきり付き合ってるのかと……!」
「いや、そういう関係ではないな」
結衣のことは好きだけど、まだその思いをハッキリと伝えていないし、何より結衣に瑞樹を男として好きだという明確な気持ちがあるかどうかわからない。
だから、間違いなく今は『ただの特別な友達』だ。
南那はホッとしたように息を吐くと、スカートのポケットから自分のスマホを取り出し、恐る恐る、しかし期待に満ちた声で呟いた。
「じゃ、じゃあ……連絡先、交換、しない……?」
「いい、けど……」
――いや、いいのか?
さすがの他人の感情に鈍感と言われる瑞樹でも、この展開なら『自分とお近づきになりたい』という明確な好意の意思で彼女が言ってきているのがわかる。
(なんか、すごく悪いことをしてるような……)
そんな罪悪感を抱きながらも、「いいけど」と口走ってしまった手前、今更冷たく断ることも出来ず。瑞樹は流されるままに連絡先を交換してしまった。
南那は心底嬉しそうに画面を確認して笑うと、「じゃあね!」とぶんぶんと手を振って、モールの中へと去っていった。
見知らぬ女子からこんなにもストレートに好意を向けられたことがない瑞樹は、一人取り残されて激しく戸惑う。
遊が街中でよく他校の女子生徒から声を掛けられる姿をこれまでに何度も見てはいるが、いざ自分がそのナンパされる立場になると、どうしていいか全くわからず、流れに身を任せてしまった。
ハッキリと興味ないと断る遊は、すごい。
昔は『それくらい連絡先交換してやれば良いじゃないか、冷たい奴だな』なんて思っていたが。相手に全く応える気がないなら、変に期待させるより何倍も誠実でマシなのかもしれないと、今ならわかる。
「……やってしまった……」
瑞樹はガックリと肩を落とす。
彼女がもし何かしらの期待を瑞樹に寄せているのだとしたら、それに男として応えることなんて絶対に出来ないのだから。
「はぁ……」
瑞樹が自分の情けなさに大きくため息を吐いた時。
ドンっ! と、何かが背中に勢いよくぶつかってきた。
「ごめっ――」
と慌てて振り返ると、そこには腕を組み、頬を膨らませてジト目でこちらを睨みつける結衣がいた。
「誰よ、あの泥棒猫っ」
「ちっ、違うんだあれはっ! 誤解だ!」
「何が違うのよ鼻の下伸ばして! ほんとあなたって節操ないわね。離婚よ離婚!」
「ちょっと待ってくれ! 頼む、もう一度チャンスをっ!」
そして、しばらく無言で互いの目を見つめ合い、同時に二人は「ぶっ!」と噴き出した。
あははははっ! と、モールの入り口で二人して腹を抱えて笑い合う。
我ながら、結衣の無茶振りにノータイムでよく反応出来たと思う。
浮気現場に遭遇した妻と、あたふたと言い訳をする夫を、阿吽の呼吸で即興で演じ切った二人。
「瑞樹くん、さっきの演技とは思えない焦りようだったよ?」
ニヤニヤと笑いながら、結衣がツンと瑞樹の胸を人差し指で押す。
「ぐっ……」
焦ったのは間違いない。
南那と一緒にいたところを見られてたと思うと、なんだか浮気現場を本当に押さえられたような、謎の罪悪感を抱いてしまったのだ。
「……榊原南那ちゃんだったよね。私と同じクラスの子だよ」
「あ、ああ……そう言ってたな」
「で? 何話してたの? スマホも出して、コソコソと」
演技とは思えない、本物のジト目と疑いの眼差しで瑞樹をジッと見つめ上げてくる結衣。
(正直に『連絡先を交換した』と言うべきか。それとも、あらぬ疑いをかけられないように適当に誤魔化して黙っておくべきか……)
瑞樹が必死に脳内で言い訳を逡巡していると、結衣は「ふーん」と短く息を吐き、瑞樹の腕を強引に取って引っ張った。
「いいよ、別に。行こ」
「え、ああ……」
助かった。深く追求されなかったことに安堵しながら、瑞樹は結衣に引っ張られるままにモールの中へと足を踏み入れた。
しかし。
そうして結衣に無言のまま手を引かれて連れられた先は、どうしてか昨日、朱音と訪れ、瑞樹が地獄のような冷や汗をかいた、あのランジェリーショップの前だった。




